第64話 スイートルーム

 今度はまともな女性コンシェルジュがついて部屋に案内されていた。コンシェルジュはエレベーターのボタン下にある蓋を鍵を使って、スイッチを操作する。


 通常はボタンを押しても、ランプが点灯しないが……。コンシェルジュが最上階の30と表示されたボタンを押すとランプが点灯していた。



 ポーン♪ ――――30階に到着しました。



「わあっ、こんな風になってるんだ!」

「ああ、小さいときに親に連れられてきたときに初めて知ったよ」

「なんか秘密の部屋って、感じがするね」


 まえを塞いでいたエレベーターのドアが開くと視界が途端に開ける。フロアすべてがスイートルームだったからだ。


 1泊100万円……。


 うん、安い!!!


 そう思えてしまう転生後の俺の狂った金銭感覚。


 安いと言っても提供されるサービスに対して、安いのであって、支払う金額そのものは決して安くない。まあ前世では一生ご縁がなかった場所ではあるが……。


「八乙女さま、なにかございましたら、私どもになんなりとお申しつけください」

「少ないですけど、こちらを……」

「ありがとうございます。ですがサービス料は宿泊代に含まれておりますので……」


「そうですね。ただホテルにサービス料は支払うことになるかもしれませんが、俺はあなたにサービス料を支払ってませんので、どうぞ」


「八乙女さまのご厚意、大変ありがたく存じます。ホテルはもちろんのこと、私個人からも誠心誠意努めてまいります」


 コンシェルジュは俺のチップというか、気持ちにいたく感激したらしく、半分涙目になってしまっていた。


 いや普通のことをしただけなんだけどな。


 コンシェルジュが俺と夕霧を交互に見て、「どうぞ、ごゆっくり」と深々と頭を下げたあと笑みがこぼれたのを見逃さなかった。



 グゥ~♪



 部屋でゆっくり過ごそうと思ったのだが、お腹が鳴り……、音を聴いた夕霧はくすくすと笑っていた。


「八乙女くんでもお腹がなったりするんだ」

「夕霧は俺のこと、超人とか思ってない? 俺だってフツーの人間だってば」



 グゥ~♪



「ひゃぁん……は、恥ずかしい……わたしも鳴っちゃった……えへへ」


 照れ笑いを浮かべる夕霧、俺の家で暮らすようになってから本当に笑顔が増えたような気がする。しかもその笑顔が抱きしめたくなるほどかわいいんだ。


「コンシェルジュ、食事を」

『かしこまりました』


 部屋に音声アシスト機能があり、コンシェルジュと呼びかけるだけで階下にいる彼ら、彼女らと回線がつながり、要望を言えばすぐに対応してるシステムになっている。


 しばらくしてエレベーターから蝶ネクタイにエプロンという出で立ちのコンシェルジュが食事を乗せたワゴンを押して出てくる。


 ダイニングテーブルにサッとテーブルクロスに燭台などを手際よくセットし、食器を並べてゆく。


 最後にバカラらしきワイングラスが置かれた。


 コポコポコポ~ッ♪


 栓を開けたコンシェルジュは俺たちのグラスに濃紫色の液体を注いでいった。


 2人でグラスを合わせ、


「「かんぱ~い!」」


 未成年なのでブドウジュースを飲んで大人の気分に浸っていた。


「ん~! おいしい~」


 鹿、猪、鴨などジビエ料理を堪能し、2人でソファーに座り、俺の両手を広げた長さよりも大きなテレビで映画を見ながらくつろいでいた。


 タイトルは『ローマの休日』。平凡な記者と身分を隠した王女さまのボーイミーツガール作品だ。


「なんだかさっきの遊園地でのことを思いだしちゃうね」

「ああ、俺もそう思った」


 ラストを見て俺は思った、俺と夕霧ももうすぐアン王女とジョーのように……。せっかく2人きりで過ごしているのにつまらないことを考えてしまった。


「夕霧、ちょっと気分を変えよう。見せたいものがあるんだ」

「う、うん……」


 ハンカチで目元を拭いていた俺は夕霧の手を取り、屋上へと通じる階段を昇る。ここのスイートルームの売りはらせん階段から屋上のペントハウスへ上がれることだ。


 運動会に使うようなテントくらいの大きさしかない空間だったが2人きりで過ごすにはちょうどいい広さだった。


 星空は都市部なので期待したほどじゃなかったが、四方を俺の身長より大きなガラス窓で囲まれ、地上30階のビルの屋上から見る夜景は周囲に高い建物がない分最高の眺望と言えた。


「きれい……」


 夕霧はペントハウスに置かれたソファーから立ち上がり、両手を祈るように合わせて感嘆の声をあげる。


 ホテルに到着したときはまだ明るかったのに外を見ると夜の帳が下りていて、市街地には無数の明かりが天の川のように広がっていた。


 夜景を見た夕霧は思い詰めたかのような表情を浮かべ胸が苦しそうに胸に手を置いて、俺に告げてくる。


「あの、そのプロデューサーさん! お願いがあります。今晩だけ……わたしの……恋人になってください!」

「うん、そのつもりでデートしてた」


「ちがうんです。そ、そのえっ、えっ、えっ……」

「“え“がどうしたの?」

「わたしに演技を教えてください! いっぱいいっぱいがんばりますから」


 夕霧の願いを聞いても驚きはしなかった。俺はだだうなずいて、夕霧の頬をなでて潤んだ彼女の瞳を見つめる。


 ん。


 夕霧が目を閉じたのに合わせて、月明かりのなか彼女に口づけしていた。


―――――――――――――――――――――――

明日はギシアンの予定です!!!

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