第63話 ホテル
証拠集めが済んで家に戻り、スタジオを覗くとレッスンを終えた夕霧が俺に手を振り駆け寄ってきた。
「お帰り八乙女くん……」
「ただいま、夕霧」
夕霧を担当する講師陣から軒並み高い評価を得られているというのに当の夕霧は浮かない顔をしている。なぜなんだろう? と思っていると彼女は口を開いた。
「講師の先生から『演技が上手くなりたかったら、恋をしなさい』と言われました……。八乙女くんはいっぱいモテるから、わたしみたいな恋愛経験のない子より詳しいんだと思います。わたしに教えてくれませんか?」
思わず自分に指を指して、夕霧に聞き返す。
「えっ? 俺に?」
「デビューしちゃったら、わたしは誰ともつき合えなくなっちゃいます……だから、いまなら……」
「あ、いや……俺も恋愛経験豊富とは決して言えないんだけど……」
前世から合わせても……後輩はあれはただの友だちみたいなものだったし。
俺が腕を組んでう~んと唸っていると夕霧はこちらの目を見て詰め寄ってきた。
「わたし……みんながかわいいとか言ってくれるけど、まだ信じられません。八乙女くんがわたしのこと、本当にかわいいと思ってくれてるなら、わたしに証をくださいっ!」
引っ込み思案な夕霧が俺に強く願いでてくる。こんなにも力強い彼女はゲーム内でも見たことない。
「証って、いったいなにを……?」
「私の初めての人になってください。わたし、がんばります。八乙女くんがわたしのためにたくさんのものをくれたから……」
潤んだ目で見つめてきたので、やっぱりあれなんだろうな……あれしかないよな。
違ったら、間抜けなので訊ねてみた。
「俺とデートする?」
「はい……」
良かった……いくらエロゲでもいきなり俺とえっちしたいなんて言い出さないよな。
ここしばらく夕霧はレッスン漬けだったので講師陣に頼んで全休にしてもらい、近場で夕霧とデートすることになったのだが……。
――――
俺たちは地元の遊園地、アミューズメントパーク渡鹿野を訪れていた。
「ど、どうかな?」
「おおっ! おおっ!」
夕霧は恥ずかしそうに上目づかいで俺に訊ねてくる。
えんじ色のカーディガンに地味シャツ、長い黒のスカートとお馴染みのスタイルから脱却しており、今日の夕霧はブルー系のパーカーにサマーニット、緩いプリーツの入ったキュロットで足元は大きめのスニーカーといった中性的なファッションでいつもとガラッと印象が違っていて新鮮だった。
「やっぱり私には似合わないのかなぁ……スタイリストさんが選んでくれたんだけど……」
「ううん、スゴくよく似合ってる! かっこよさのなかにあるかわいさっていうの? 俺は好き!」
夕霧はしょぼくれかけてしまいそうになっていたが、俺の答えを聞いてパーッと雲間から陽の光が照らしたように明るい笑顔になる。
垢抜けた夕霧と手をつないでパーク内を巡っていたんだけど……、
「あ、あの……八乙女くん……」
「うん、分かってる」
夕霧は怯えたように俺に身体を寄せてきた。これがお化け屋敷なら、美味しいシチュエーションではあるのだが……。
ぜんぜんっ楽しめないぃぃっ!
「そこぉ!」
俺が植え込みを指差すと人影がぴょこんと頭を引っ込めた。だが植え込みには長く美しい銀髪が残っており、植え込みの裏に回って彼女に訊ねる。
「今日は家で女子会の予定じゃなかったの?」
「私は若葉ではありません。人違いです」
しゃがんで黒いフードをかぶり俺から顔を背けるが、フードからは銀髪が見えており人違いというのは無理がありすぎた。
さらに建物の陰には萌香がいる。
「はあ……」
「大丈夫? 八乙女くん。どこかで休む?」
「ごめんごめん、大丈夫だから」
俺は思わず、せっかくのデートが監視つきということで、ため息が出てしまっていた。
「あれ、ボン太くんだよね。懐かしい」
――――『できたかな』のパクリキャラだよね?
ぶんぶんぶん。
――――ドッポさんはいないの?
ぶんぶんぶん。
夕霧が指差した先には黄色い帽子をかぶった着ぐるみ、APWのマスコットキャラのドン太くんがおり、その周りを囲んでいた子どもから質問攻めに遭って首を横に振っていた。
俺はもの凄く嫌な予感がしたので、夕霧に声をかけた。
「ごめん、夕霧。ちょっと走るぞ」
「えっ!? ……うん」
彼女の手を取り、走り出すとさっきまで小さな子どもと握手していたボン太くんが仕事そっちのけで俺たちを追いかけてくる。
夕霧といっしょだと追いつかれてしまう。
くっ、着ぐるみを着込んで、化け物じみたこの走力……中の人は菜々緒に違いない!!!
くそっ! 奥の手を使うしかねえ!
「夕霧、ごめん。奥の手を使うしかなさそうだ」
「う、うん!」
俺と夕霧は手を離して別々の方向へ逃げるとドン太くんはどっちを追うか首を左右に振って迷ったあと、ターゲットを俺に定めて追跡を再開していた。
ボン太くんの追跡を振り切ったら、すぐさま男子トイレに駆け込んでいた。
彼女たちが俺たちを尾行してくるであろうことは予想できていたので、バッグから着替えを取り出して、変装して外に出る。
夕霧も今ごろ、着替えている頃だろう。
俺と夕霧は予約していたホテルで落ち合っていた。
「なんだか『逃亡中』みたいで楽しかったね」
「そう言ってもらえると助かるよ……」
作戦は功を奏し、ハンターたちの姿は見えなかったのだが……。
えっちな展開にはならないと思うが、せめて俺にできることと言えば2人で窓の外から夜景を見て、良い気分に浸ってもらおうと考えた。
そもそもラブホなんかは当然未成年だから入ることはできない。そういや後輩と飲み会のあと電車がなくなったから、ノリでラブホテルに泊まったことを思い出す。
まあ俺がソファーに寝て、な~んにもロマンスらしいことはなかったんだけどな。
俺たちが来たのは都市型のラグジュアリーホテル。
「予約していた八乙女です」
就職仕立てって感じの若いコンシェルジュが俺たちを見た瞬間、眉根を寄せて訝しんだ。
「ちょっとイタズラは止めて欲しいですね。グランエンパイアホテル渡鹿野はキミらみたいな冷やかしが来れるところじゃないんですよ。だいたい、最安値の部屋でいくらすると思ってんの? 5万だよ? ゴ・マ・ン! 2人で10万だからね」
「悪戯じゃなく本当に泊まりに来たんで」
「ああ、あれか! シングルに2人で泊まろうとか考えてんの? 浅はかだねー、でも無理だから。学校でそういうことも教えてやらなきゃ、ホント馬鹿ばっかで困るよなぁー」
大丈夫だろうか?
いまどきお客に対してこんな舐めた口の聞き方をして……。客側が悪いってこともしばしば見られるが、俺はなにもこの若い受付係につっかかったわけじゃないのに。
「あのすみません。でしたら支配人の浅川さんを呼んでもらえませんか?」
「なんでおまえみたいなガキがうちの支配人の名前を知ってんだよ。ああ、ネットかなんかで拾ってきたんだろ。浅川の名前を出しゃ、安くで泊まれるとか思ってさぁ」
「ではこれでは?」
俺はブランドものではないが皮製の財布からカードを取り出して、若いコンシェルジュへ手渡したのだが……、
「おー、スゴいスゴい。最近の高校生はこんなことでまで知ってんのか。でも甘かったな。高校生がブラックカードなんか持てるわけねーだろ。せめてプラチナカードにしとけよ、はっはっはっ!」
調べりゃ使えるかどうかすぐ分かるというのに俺にブラックカードをせせら笑いながら投げ返してきた。
俺がカードを受け取ったことで若いコンシェルジュは、俺が万策尽きたとか思い込んだのか、にた~っと醜悪な笑みを浮かべていたが俺は淡々とスマホを取り出して電話する。
「残念でしたぁ、浅川はお休みでーす。冷やかしならとっとと帰って……」
それから1分もしないうちにエレベーターが1階まで降りてきて、身体にぴったりフィットしたスーツにシルバーグレイの髪色の壮年の男性が俺の姿を確認した瞬間飛んできた。
「浅川支配人がなぜここにっ!?」
若いコンシェルジュの嘘が露見してしまう。
「お坊ちゃま! 善行お坊ちゃま、いらしてくれるならなぜもっと早くご連絡をしてくださらなかったのですか! 従業員総出でお迎え……」
俺が若いコンシェルジュに視線を移すと支配人は事情を察し、言いかけたところで口を噤んだ。
「あ、どうもお久しぶりです。忍んで利用しようと思ってたんですけど、俺たち予約してきたのに宿泊を断られてしまいました」
「なんですと!?」
支配人は仏のように、にこにこして手を上下に合わせて揉んでいたが、俺の言葉を聞いた瞬間若いコンシェルジュを鬼のような形相で睨みつけた。
さすがに夕霧とえっちなことをするから、ラブホ替わりに宿泊させてもらうなんて口が裂けても言えない。
支配人の視線が若いコンシェルジュに移った途端俺たちを舐め腐っていた若いコンシェルジュは腐ったなすびみたいに青い顔をしていた。
「あ、いや……支配人……これは冷やかし客を懲らしめようと思っただけで、悪気はなにも……」
「言い訳はいい。おまえは離島のホテルの切り盛りをするほうが良いみたいだ」
「い、いやだぁ! あんな遠いところいぎだぐないぃぃぃ……」
「なにを言ってる。沖ノ鷺島もうちの立派な宿泊施設だ。誰か連れて行ってくれ、ここで騒がれたらお客さまにご迷惑がかかる」
浅川支配人は近くにいた従業員に命じて、若いコンシェルジュをバックルームへと連れて行かせた。
一方俺たちはVIPルームへ案内されていた。
「私どもの従業員が大株主であらせられる善行お坊ちゃまに大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありませんでしたーーーッ!!!」
「いえ構いません。上に立って監督する立場は分かってますんで……」
「本来なら優待券でお泊まりいただけるというのにお代を頂戴するなんて恐悦至極! この浅川、善行お坊ちゃまに一生頭が上がりません」
いやそんな大げさ過ぎないか?
大の大人に頭を下げさせるのは気が引けたので声をかけた。
「そんな頭を上げてください……」
「お詫びにスイートルーム無料宿泊券をお渡しいたしますので、どうか穏便に……」
えっと……スイートルームに泊まるつもりできたら、また宿泊券渡されてスイートルームに泊まれるとか無限ループになったりしないよね?
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明日はえちえち警報がでますので、各員全裸待機でおねしゃすwww もちろん運営さまに叱られない健全なお話ですよ!
【お知らせ】
新人賞に前作を応募する改稿作業のため、スモウちゃんのざまぁが済めばしばらく休載しようと思います。ご評価が4000越えてたら、急ぎで改稿作業を済ませるので応援お願いしまーす!
ありがたいことに過去一フォローご評価いただいたんだけど、悲しいかな無風なのでこちらも小学館ラノベ大賞に応募して様子見です。
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