第62話 不倫の証拠

「あ、ありがとうございます、おばさま……」

「あ~ん、かわいい! かわいい!」


 かわいいもの好きの母さんは夕霧を抱きしめ、頬ずりしていた。


「うちは善行しかいなくても寂しかったのよ。広いお屋敷に家族は3人だけ。だけど若葉や心愛ちゃんに檸檬ちゃん……それにみゆきちゃん! み~んなが来てくれて、とっても賑やかで毎日が楽しいの。みんな私の娘や妹で家族なんだから、遠慮せずなんでも言ってね」


 母さんは結構な名家の出なのだがゲーム内ではそのことを鼻にかけてしまい、本当は若葉をかわがってあげたいのに、彼女とすれ違いが生じてしまっていた。


 しかし俺はお互いの本音を知っていたので、仲を取り持つと本当の母娘以上の関係を築けている。元々かわいいものに目がなく、ずっと女の子の子どもが欲しいと思ってたらしいことも手伝っているけど。


「もうお母さん、夕霧さんが困惑してますよ」

「あら、ごめんね恵麻ちゃん。じゃあ、若葉ちゃんをギュッとしてあげますね」

「へっ!?」


「う~ん、ホントに若葉ちゃんはお人形さんみたいにかわいい! あ~ん、私の娘になってくれてうれしいわぁ~! もう離さないからっ、ちゅっ」

「そんな恥ずかしい、ほっぺたにキスなんて……お母さん、お母さん、お母さ~ん!」


 このあと若葉は母さんからいっぱい溺愛された。



――――八乙女家内のスタジオ。


 うちは使用人の人たちが俺たち家族を楽しませるために季節の変わり目に寸劇を演じ、その稽古のためのスタジオと小劇場が屋敷内にある。


「あえいうえおあお♪ かけきくけこかこ♪ させしすせそさそ♪」


 学校の教室くらいの広さのスタジオで、夕霧が端に立つボイストレーナーに向かって、滑舌のトーニングをしていた。


 トレーナーさんは指導力こそスゴいものの、メガネをかけて神経質で厳しいことで有名だった。だから俺は邪魔になると思って、スタジオの外の窓から様子を窺っていたんだけど、彼女は額に手を当ててスタジオから出てきてしまう。


「なんということでしょう……」

「なにか夕霧がまずかったですか?」


 出るなり深いため息をついたので、夕霧がなにかまずかったのか気になり、俺は彼女に訊ねた。


「いえいえ、マズいどころではありません。善行お坊ちゃんはどうしてあんな子を見つけてこれるのですか!?」

「そ、そんな……箸にも棒にもかからなかったんですね。俺の見立ては見当外れだったと……」


 夕霧のポテンシャルはスゴいと思ったんだが、プロの目から見たら、ダメらしいのだが彼女に真実を打ち明けにくい……。


「違います! 夕霧さんは100年にひとりの逸材です。1000人、いいえ1万人にレッスンしてきた私が言うのですから、間違いありません。善行お坊ちゃんの見立ては素晴らしいとしか。私もスカウトの目が欲しいです」


 夕霧は俺の見立てた通り、ギフテッドだった。


 ゲームでそのことが明言された箇所はなかったと思うが、ちらほらとそれらしき描写は見られていたから……。


 俺とトレーナーが話をしていると夕霧は気になったのか、スタジオから出てきてトレーナーに訊ねていた。


「トレーナー、さっきの感じで良かったでしょうか?」


 トレーナーは夕霧の手を取り、大きく首を縦に振って、うんうんと笑顔で頷いていた。俺と夕霧の目が合うと彼女からあいさつをしてくれる。


「お、おはよう八乙女くん」

「うん、おはよう夕霧。朝早くからお疲れさま」


 言葉を口に出すとき、スムーズに発音できなかったりすることを吃音って言うのだけど、それがギフテッド持ちの最たる例だ。それもレッスンにより克服しつつある。


 ただしゲームのなかで雅人や日下部は夕霧の真の才能に気づかず、いたずらに彼女を食い物にするだけだったが。



 本当は夕霧が蛹から蝶になっていく過程をずっと見守っていたかったが、そうも言ってられなかった。


 もし夕霧が大成して毒親から、その成果を搾り取ってきたりしないよう、楔を打てる準備をする。


 最近外壁を塗り直したばかりのとあるマンションの一室のインターホンが鳴ると慌てたのかすぐに住人が部屋のドアを勢いよく開けていた。


『ああっ、快人さんっ! 待ってたぁん』

『仕事の合間を縫って、会いにきたよ』


 顎髭を生やしてサングラスしたイケオジが、こっちまで匂ってきそうな厚化粧して若作りした茶髪ゆるふわパーマのかかった中年女と逢瀬を迎えていた。


 イケオジが中年女の顎クイすると女は生娘みたいに頬を赤らめている。半開きのドアの前で中年同士が舌を入れ、濃厚なキスをしていた……。


 俺はマンションから少し離れたうちのグループ会社のビルから2人を監視し、カメラで決定的瞬間を収めていた。


 なんだろうか、親世代のラブシーンを見せつけられるのは正直SAN値を削られそうな気分になるが、きちんと動かぬ証拠を集めておかないと夕霧を守ることができない。


 周防が仄めかしていた通り、夕霧の母親の樹莉亜と雅人の父親の快人は不倫していたのだ。夕霧がいなくなったことで堂々と男を部屋に連れ込む。


 事前に仕掛けておいた盗聴器からは獣のような喘ぎ声が聞こえてきて、俺のSAN値はゼロになってしまうが、これも夕霧をしあわせにするためだと我慢した。


―――――――――――――――――――――――

毒親ざまぁの準備が整ったwww 不倫、浮気、ダメ絶対!!! 善行もそうだって? いや善行はまだ誰ともつき合ってないからね。そろそろ夕霧編の終わりと周防のわからせざまぁですよ!

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