第44話 家柄
旦那さんの姿はゲーム内のスチルで朧気ながらも見覚えがあった。部屋のなかへ入っていってしまった旦那さんと浮気相手だったが、ドアのそばに寄り、聞き耳を立てると女の子の喘ぎ声が聞こえてきていた。
玄関開けたら、即えっち!
先生にとったら、マジで笑えない冗談だろう。普段なら他人の色っぽい逢瀬に興奮を覚えてしまうところだが、先生の想いを考えると1ミリも高揚しなかった。
先生は聞きたくも見たくもないと耳に手を当て、音と声を遮断していた。
先生の手を引き、浮気相手のマンションから引き上げてきた。また公園に戻り、先生と語らい始める。
「彼はね、私と結婚するまえから彼女とつき合っていたの……。だからむしろ私があの人たちにとってお邪魔虫……」
先生と結婚するまえからつき合っていても不倫や浮気になるんだろうか? やっぱりなるよな!
「それでも俺は旦那さんはきちんとけじめをつけるべきだと思います!」
「そうかもしれないね」
先生は公園を照らす遠くの電灯を見上げて、答えた。
「彼は私の父の取引相手で、その関係で結婚したの……。父が半ば強引に結婚を進めてね」
「それじゃ、先生も旦那さんもしあわせになれないじゃないですか!」
「うん……私は彼が彼女と関係していると知って、別れてほしいとお願いしたんだけど、彼は首を縦に振らなかった。それどころか、父との取引を止めると言い出して……彼は私と結婚したいんじゃなく、私の家柄と結婚したかったの」
なんかやるせないなぁ~と思っていると、先生はおもむろに立ち上がり、悲しそうな笑顔で俺に告げる。
「八乙女くんが私の手を握って彼の下から、連れ出してくれたこと、うれしかった」
俺みたいなガキでも、クズ旦那と毒親から救い出すための駆け落ちのように感じてくれたんだろうか?
なら答えは一つ!
「俺はもっと先生を笑顔にしたい、しあわせにしたい!」
「えっ!? 八乙女くん、それって、どういう……」
「お父さんと旦那さんに人の気持ちを考えろ、って反省をしてもらおうと思います」
「あの人たちが私の言うことなんて聞くわけが……」
「大丈夫! 俺に任せてください」
――――自宅。
「ふ~ん、旧華族一条家ねえ……」
確か先生の実家は両親の散財で没落してしまったんだったけか。それで成金セレブの旦那さんが家に援助する代わりに先生を嫁がせた。
なるほど先生が結婚したあと、旦那さんの会社の
主要取引銀行が地銀から、周防グループのすおう銀行に変更になってるな。
婿養子として一条の名を大いに利用し、旦那さんの会社は急成長って寸法かぁ。
「兄さん、なにを見られてるんですか?」
「ああ、一条先生のお父さんと旦那さんの経営する会社について調べてた」
集中しすぎて、若葉が部屋に入ってきてたことに気づかなかった。俺がうちの系列の信用調査会社にアクセスして、タブレットで調べものをしていると若葉は気になったのか、メイド服姿でコーヒーとスフレパンケーキをトレーに乗せて持ってきてくれていた。
「若葉、お願いなんだけど、いま両手がふさがってるから食べさせてほしいんだけどなぁ~」
「そ、そんなの手を休めながらすれば、いいじゃないですか。なんで私が……」
と言いつつ、スフレパンケーキをつんつんとフォークでつつく若葉だったが、俺はもっとかわいい彼女の仕草が見たくて、ちょっと煽ってみた。
「だよな。じゃあ、黒瀬にお願いしよ……」
「ダメです。彼女はいま勉強しているんです! もちろん檸檬ちゃんもです。兄さんが2人の邪魔をしてどうするんですか! 私が2人の代わりに仕方なく食べさせてあげます。だから口をさっさと開けてください」
若葉は食い気味に言葉を重ねてきて、俺に最後まで言わせてくれなかったが、適当なサイズにフォークで切り分けて、俺の口へと運んでくれていた。
――――あ~ん♪
ふわっとした食感で甘さが口のなかで溶ける。まるで夢のなかで若葉とえっちなことをしたときくらい甘い!
俺はしあわせ者だなぁ。
黒瀬姉妹が家で住み込みでアルバイトしてくれてるおかげで俺の大好きな若葉から食べさてもらえてるのだから。
「やっぱり若葉から食べさせてもらうのは最高だよ。パンケーキがいつもより何倍もおいしく感じる」
「そんなわけありません。ちょっと失敗して焦げちゃったり、固いところもありますから」
「若葉の手作りだったのか。道理でうまいわけだ。わざわざ俺のために作ってくれてありがとう」
「に、に、に、兄さんのはついでです! これはただの家庭科の課題です!」
若葉は俺が手作りお菓子をほめたことで顔を真っ赤にしてしまい、テンパったことでばくばくと残りのスフレパンケーキをすべて平らげてしまう。
「あ……若葉、それ俺が使ったフォークなんだけど……」
「はうんっ!?」
いま気づいたのか、若葉はフォークを咥えたまま固まっていた。
「兄ひゃんの唾液のついらフォークを咥えてしまうにゃんて、しゃいあくれすう……」
だが食器を片付けるとフォークを口入れたまま、若葉は捨て台詞を吐いて俺の部屋を出ていってしまった。
ガチャ!
「お~い、若葉! フォーク咥えたまま歩くと喉に刺さって……」
「はぁ、はぁ……ちゅぱぁぁ、れろれろぉぉ……はぁぁん、兄しゃんの唾液つきフォーク、おいしいれすぅぅ」
若葉に気をつけるように伝えようと部屋の外に出るとドアのそばで瞳孔にハートマークを浮かべたようにしながら、フォークをぺろぺろしている若葉と目が合ってしまった。
「「……」」
もの凄~く気まずい空気が俺たちの間に流れる。
「に、兄さんはいじわるですぅぅ~!!!」
あ、行ってしまった。
いたたまれなくなったのか、若葉は俺のまえから走り去っていた。
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次回、先生の恩返し♡
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