第43話 家庭事情

 薄暗いなか、潤んだ瞳で見つめてくる先生に、身体が冷えないように俺は両肩がすっぽり収まるような大きなタオルをかけるとその隣に座った。


「俺みたいなガキでよければ、話聞きますよ」


 俺は先生の手元にそっとハンカチ差し出すと、それに気づいた先生は俺のハンカチを手に取り涙を拭う。


「ありがとう……八乙女くんはやさしいね」


 涙を拭い落ち着いた先生はゆっくりと俺の胸元に身を委ねてきて、驚いた。服に触れるだけで伝わる先生の肌の冷たさ。


 泳いでいたんじゃない。


 もしかしたら入水じゅすいを図ろうとして水に浸かっていたのかもと思うだけで、いたたまれなくなって先生の肩を抱き寄せた。俺の仕草に呼応するかのように先生は俺の腕に手を重ねていた。


 先生は俺に身を委ね、俺は先生の肩を抱く……こうしているだけで、なんだか先生と本当の恋人になったような気がしていたが、さらにその想いが強くなってしまうようなことを言ってくる。


「八乙女くんはもし結婚相手が決められていたら、どう思う? 受け入れる? それとも抗う?」

「どうでしょう……相手次第かな」


 ゲーム内の善行が飛び降りずにいたなら、親に言われるまま、許婚の周防との結婚を渋々受け入れていたと思う。どちらにせよ、善行は若葉としあわせになれる可能性は薄かったんだ……。


 だが俺はきっぱり断った。


 そういやゲーム内で雅人と不倫関係になってしまった先生がピロートークで家庭の事情で結婚させられたとか、詳しくはないがさらっとだけど語っていたような気がする。


 先生も俺というか善行みたいに許婚がいたのか……。


「そう……だったら、その人が他の人を好きだったりしたら、どう?」


 ん? それって、絶対にしあわせになれないパターンだよな。


 たとえお見合いでも次第に惹かれ合ってしあわせに暮らしてる夫婦もいる。だけどゲーム内で雅人と不倫してしまったことや、いまの先生の様子から見ても彼女のつらい状況に変化はなさそうだ。


 割と面食いの周防はゲーム内で雅人に惹かれていったからなぁ。自分の醜さは棚に上げて、他人の美醜にはうるさいのが、印象に残ってる。


 正直言って、いまの周防の容姿は悪くないどころか、他のヒロインたちと一歩も劣ってないし、かわいいのは間違いない。


 だが、それ以上にヤバい雰囲気がし過ぎて、近づくな! と俺のセンサーがびんびんに反応してしまってる。


「たぶん、無理だと思います」

「そっか……やっぱりそうだよね。実はね昨日『キミを愛することはない』って、夫から言われたの……」


 えっと、異世界恋愛のテンプレか?


 俺は少しでも先生に元気を出して欲しくて、冗談めかした口調で言っていた。


「結婚しましょう!」

「えっ!? 教え子の八乙女くんと教師の私が結婚……」

「ダメですかぁ……なら駆け落ちしましょう!」

「ええっ!? 若い八乙女くんと私が……?」


「あはは、やっぱダメですよね。俺なんかとじゃ……だったらデートしませんか?」


 譲歩的要請法ドア・イン・ザ・フェイスって方法でよくセールスのとき使われる方法だ。


 雅人も自覚してるのか、無自覚なのかは分からなかったが、『セックスしてくれ~』がダメなら、『舐めてくれ~』、それもダメなら『おパンツ見せて!』と多いに活用していた。


 雅人に見せたヒロインはおパンツが濡れてしまい、結局ヤられてしまうだけど……。


「それくらいなら、大丈夫だよね……あの人もしてることだし……」



 陽はすっかり沈んでしまっており、デートと言ってもコンビニでそれぞれドリンクを買って、夜の公園のベンチで話すような他愛のないものだ。


 だが人目を自然と引いてしまう。


 コンビニから公園まで歩くだけでも、帰宅するサラリーマンから男子学生が先生を見て、「エロッ!」と小声でつぶやいたり、通り過ぎると前のめりになったり……。


 コンビニ店員は俺たちをチラチラと見て、『こいつら、いまからヤるんだ』みたいな目線で、どういう関係か疑っているようだった。もちろん避妊具ゴムなんてものを買ってないのにだ。


 それもそのはず、先生はチューブトップのニットにジーンズ生地のホットパンツと扇情的な格好をしていたから。しかも外国人モデルが着てるよりも、もっと格好よく、エロく、何よりも彼女に似合っていた。


 人目を避けるために薄暗く人気のないベンチを選び2人で座る。


「村井くんが私に隠れて、加藤くん、吉村くんに酷いことをしていただなんて、本当に教師失格ね……」

「先生は悪くありません。そもそも村井の奴……先輩が悪いんですよ」


 それでもなにか事故でもあれば、監督不行き届きと先生が処分を受けてしまうのだから、たまったものじゃないだろう。


「もう村井先輩も反省したようだし、二度と2人、いや水泳部員をいじめたりはしないと思います」

「うん、根は悪い子じゃなさそうだしね。それにしても八乙女くんがあんなに速くて、かっこいいだなんて、先生、びっくりしちゃった」


 俺に向かって、てへっとかわいくはにかむ先生を見て、ドキッとした。愛嬌を持つ女の人はいくつになってもかわいいのだから。


「でもなんで辞めちゃったの? キミならオリンピックで金メダルも夢じゃないと先生は思うんだけどなぁ~」


「親の財力のおかげで強くなれたとか言われ続けたので辞めちゃいました。その程度の批判で辞めちゃうくらいだから、水泳はそこまで好きじゃなかったのかも……」


「競技じゃなくてもいいの……。私は八乙女くんに泳いで楽しんでもらえたら、って思う。だから部活とか関係なく、来てほしい……」


 俺は入部するつもりはなかったが、先生も俺を無理に誘うつもりもないらしい。


 先生は俺に慰めてほしいのか、目を瞑る。


 でもここで先生とキスするってことは……。


 俺がするかしまいか迷っていると先生は俺の胸にすがりつぶやいた。


「いまだけ、甘えさせてください……」


 もう先生は生徒の俺にまで助けを求めてしまうほど限界が来てるんだ。俺以外に先生を救える者はいない。


 その覚悟として……。



 ――――ん。



 先生と俺は暗がりのベンチで唇を重ねた。


「んん……」


 漏れる先生の甘い吐息……柔らかい先生の柔らかで艶めかしい唇に触れた瞬間、教師と生徒、人妻といけないことをしているという背徳感がより俺を高揚させてしまっていた。



 デート後、先生の住むマンションまで送ったのだが、もう夕飯支度を済ませておかないといけないような時間なのに家には誰もいないようだった。


「ありがとう、八乙女くん。今日はとっても楽しかった」

「先生……まだ悩みの原因を解消してないですよ」

「う、うん……」


 俺が介入すべき範囲を逸脱しているのかもしれないが、先生の沈んだ表情を見るともう放っておけなかった。



 2人で先生の旦那さんの下へ向かう。


「あの人なの……」


 先生といっしょに仕事帰りの旦那さんの跡をこっそりつけると、旦那さんはとあるマンションへ入っていった。 


 ドアを開けると大学生くらいのギャルっぽい女の子が出てきて、旦那さんと熱い抱擁を交わす。


 ――――ああん、慶一郎! 待ってたぁ。


 ――――遅れて、ごめん。仕事が忙しくて。


 ――――奥さんが離してくれなかったんでしょ?


 ――――あいつはただのお飾りだよ。


 旦那さんはギャルの顎を指でクイとあげると誰かに見られていてもおかしくないところで平然とギャルと口づけしていたのだ。


―――――――――――――――――――――――

W不倫か!? でも先に先生を追い詰めていたのは旦那さんと先生の毒親……。暴れん坊善行の再臨をお望みの読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。いっぱいもらえると善行の暴れん棒が先生の心のなかへ介入しちゃうかもwww

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る