第42話 全裸土下座【ざまぁ】

――――勝負当日。


 元許婚の周防沙織が俺のところに現れて、一週間経った。結局あの日、彼女はぷりぷり怒ってクラスから出て行ってしまった。な~んか揶揄からかうとすぐに怒っちゃうところなんかはあの子そっくりなんだよなぁ。



 勝負の行方を見守るためにプールに行くと……、


「す、周防……」

「善行の負けっぷりを楽しみに来たんどすけど、なんで水着やあらへんの?」


 どこで情報を聞きつけたのか分からないが、周防は俺が村井に負けると思い、わざわざ高みの見物に来たらしい。


「そりゃ、俺は泳がないからな」

「は?」


 周防はぽかんと口を開けて、拍子が抜けたような顔をしていたが、いまはのんびり彼女の相手をしている暇がなく加藤たちのところへ向かう。


 だが……。


 すでにウエットスーツタイプの水着に着替えた村井は腰に手を置いて、尊大に胸を張って俺に言い放つ。


「おまえらとの格の違いって奴を見せてやろう」

「はいはい、そういうことは勝ってから言ってくれ」


 そんな物まで持ち出してくるとはなぁ。


 村井の競泳水着を見れば、その尊大な態度になるのも頷けた。



 レイズ・レーサー。



 つなぎ目のない構造に加えて、強力な締め付けにより、数々の競技大会で着た者に勝利を与えてきたが、あまりの強さに着用禁止に至った水着。


「せこいなんて言うなよ。これは公式試合じゃねえ! 言わばただの野試合だ」


 俺がまじまじ村井を観察していたことに気づき、村井はチート水着の着用を正当化する発言をしていた。


「そこまで本気だったなんてな。これは面白くなりそうだ」

「ふっ、負け惜しみを……。いまなら衆人環視のなか裸でおれに土下座すりゃ許してやるぞ、んんどうだぁ?」


「遠慮しておく」


 恥の上塗りにならなきゃいいんだけどな。


 完全に加藤たちに勝った気でいる村井だったが、はっきり言って、その程度で勝てると思ってるなら『スクダイ』のバグ技の凄まじさを舐めすぎだ。


 負けフラグを立てまくる村井の残念さにいたたまれなくなった俺は加藤と吉村が準備運動しているプールサイドへ立ち寄っていた。

 

「「ふーっ、ふーっ……」」


 2人の様子を見ると目が血走り、背中から黒いオーラがもやのように立ちこめている。


「八乙女くん、ぼくもう女の子に触れられただけでイッてしまいそうだよ」

「おれもだ……」


 俺の言いつけを守り、先生はもちろんのこと女子部員が水着という実に羨ましい環境にいるにも拘らず、オナ禁をやり抜いたことは賞賛に値する。


「大丈夫だ。今日村井に勝てば、2人には彼女ぐらい簡単にできるだろう。ゴールには裸の女の子たちが2人を待ってると思うんだ」

「うぉぉぉぉーーーーー! やってやるぜ!」

「ぼくに彼女が、ぼくに彼女が……がんばる!」


 俺の催眠術のような示唆と……、打ち合わせておいた女子部員たちが2人に「がんばって~」と手を振って応援してくれたことに、2人のテンションはマックスに達していた。


「Take your marks」


 ピィィィッ♪


 スタートの合図で3人並んで飛び出したのだが、独りだけ遅れている奴がいた。


 村井だ……。


 そりゃ、バグ技チートに、万全を期すために短期とはいえ寺井コーチの指導を受けた2人にレイズ・レーサーを着たぐらいの村井に勝てるわけがなかった。


 黄色いタッチ板に触れ、水面から顔を上げた加藤と吉村は電光掲示のタイマーを見てガッツポーズしながら勝利をよろこんでいた。


「やったぁ! 自己ベスト更新だっ!」

「おれも! あらら? 村井先輩はどこかな?」


 試合を見ていた女子部員たちがひそひそと話している内容を拾う。


 ――――村井くん、自己ベスト出してるのに後輩くんたちに負けてるのウケる。


 ――――なんかさ、あいつ先生やあたしら見る目、キモくない?


 ――――それそれ! こっち見んなって感じ。


 タッチの差というレベルでなく、2、3秒は遅れてゴールした村井だったが、プールから上がりうなだれて、プールサイドに戻ってきた村井は加藤たちに男子更衣室に呼び出されて……、


「うっわ、散々いじめてきたくせに遅っ!!!」

「偉そうなこと言って、ホントは大したことなかったんだ~」


 2人から正座させられていた。


 もちろん全裸で。


 あの着にくい、脱ぎにくいレイズ・レーサーをひんいたことからも加藤と吉村の鬱憤うっぷんは相当なものだ。


「なんで、ぼくたちなら勝てるとか思ったの? ねえねえ、ちゃんと答えてよ」

「粗ちん過ぎて、マジ草生えるって」


 高校生なのに短小包茎のこどもちんち○を加藤にスマホで撮影され、吉村からプールスティックと呼ばれるスポンジの棒でいじられてしまっていた。


「すまない、おれが2人を見くびっていた」


 それでもなんとか威厳を保とうとする村井だったが、俺が助けなければ死んでいたかもしれない加藤たちの怒りは収まらない。


「いや、言葉づかい違くない? おれたちはあんたに殺されかけたんだけどなぁ~」

「やっぱり態度で示して欲しいよね」


 観念したのか村井は2人に向かって、土下座していた。


「す、すみまぜんでしたぁぁーーーーっ!」



 この日、完全に人権を失った村井。



 いま思い出したのだが、村井はスポーツ推薦で入学しており、学費は免除されてるんだった。


 あーあ、転校もできないし、辞めるに辞めらんない状況になっちゃったけど、どーすんのよ、これ。


『はっはっはっ! 下級国民のおまえが俺に勝てるとでも思ったかぁ? 俺の家にはプールがあるうえにぃぃ、数々のオリンピック選手を育て上げた寺井コーチの薫陶を受けたんだよぉ!!! 分かったのなら上級国民の俺のまえでは道を開けろ』


 てな具合にマウント取るべきだったのかなぁ?


 金持ちだから、速くなれたってのは間違いない。



 勝負の翌日、水泳部の部室で俺は加藤たち4人をまえにして、告げられていた。

 

「ありがとな、八乙女。この恩は一生忘れない」

「八乙女くんのおかげで彼女ができたんだ。本当にありがとう」


 加藤と吉村は、村井より速いことを証明し、それぞれ水泳部の女子から告白されたらしい。


 2人の首に腕をかけて、耳元を俺の口元に寄せて、つぶやく。


「ヤるときはちゃんと避妊しろよ」

「はは、大丈夫だ。ちゃんと避妊してヤった」

「ぼ、ぼくも~」

「なんだ、そっちも早くなったのかよ! んじゃ、おしあわせにな!」


 しあわせそうな4人を見て、一条先生を救うついでにだが、加藤と吉村を助けられて良かったとしみじみ思っていると、勝負のあとで部活が休みのプールサイドのベンチにひとりたたずんでいる先生をみつけた。


 気になってプールサイドに行くと、先生はベンチに膝を抱えており、さっきまで泳いでいたのか、ぽたぽたと水滴が垂れている。


「先生? どうしたんですか」

「あ、八乙女くん……」


 俺がそばに寄ったことで顔を上げた先生だったが、先生の目元は赤く腫れていた。


―――――――――――――――――――――――

美人な人妻女教師の一条先生が泣いています。慰めますか?


→ はい

  いいえ


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