第59話 煽りプレイ

「みんな~、いまから学級委員を決めましょうね」


 一条先生がクラスのみんなに向けて微笑んで語りかけたときだった。



 ――――キャァァァァッ!!!



 ホームルームでやさしい先生の笑顔に男女問わず癒されるひとときをぶち壊すような叫び声が廊下から響いてくる。


「てめえら、一歩も近づくんじゃねえぞ! 一歩でも近づいたら、せっかくキレイになった夕霧の顔に傷がついちまうんだからなぁ!」


 俺が先生に目配せすると彼女は「うん」とうなずいたので、教室の窓を開けて廊下を確認すると日下部が夕霧の首元にナイフを当てていた。


 ――――なあ、止めろよな。日下部……。


 先生たちが日下部を説得しようとすると教師に向かって、ナイフを突きつけた。


「うるせえ! おれはてめえらみてえな先公が大きらいなんだよ! 近寄んじゃねえぞ」


 ここまで馬鹿だったとは思わなかった。


「くそったれ! 雅人の野郎、しくりやがって。おれひとりでやんなくならなきゃいけなくなっちまったじゃねえか」


 日下部がひとりでいるということは、雅人は打ち合わせ通り秋月先生に成敗されたに違いなさそうだ。


「先生、ちょっと行ってきます」

「……気をつけてね……」

「若葉たちを頼みます」


 先生は「ええ」とうなずき、伏し目がちに俺の行動を容認する。だが若葉はじっと俺を見つめて、立ちすくんでいた。


「兄さん……」

「大丈夫、俺を信じろ」

「信じてます、信じてますが……」


 ふっと俺に近づいた若葉の良い香りが鼻腔をくすぐったかと思うと若葉は俺の頬にキスしていた。


「若葉!?」


 慌てて若葉を見ると、彼女は頬を赤く染めて俺から目を逸らしてしまっていた。黒瀬と萌香も俺の下へ駆け寄るが俺と若葉の仲を見て、唇を噛み締めている。


「若葉さんも早く避難を」

「はい、先生」


 迫る危険にクラスメートたちは俺のアドバイスに従い先生の誘導で椅子を階段替わりに窓から植え込みの間を抜け校庭へと退避していて、最後になった若葉を呼んでいた。


 『スクダイ』でもこれに似た状況があって、生徒たちが先生の指導に従い、マニュアル通りに廊下から避難したら、学校に侵入してきた暴漢に遭遇し刺されたなんてことがあったから。


「必ず無事帰ってきてください。それと夕霧さんを……」

「ああ! また若葉にほっぺたにチューしてもらうためにも戻ってくるよ」

「はい……無事戻ってきたら、何度でも……」


 若葉たちと別れ、シーンとなった廊下に出るとちょうど日下部と夕霧がいた。


「八乙女くん!」

「大丈夫だ、夕霧! すぐにクズ下部から救い出してやる」


 信頼を寄せてくれているのか、夕霧はこんな状況にも拘らず、固いながらも俺に笑顔を見せてくれていた。


「うん! いつも八乙女くんはわたしを助けてくれる。信じてるから!」


 夕霧の笑顔を見た日下部はムカついたのか、夕霧の声を遮るように割って入ってくる。


「よぉ、八乙女! いくらチート持ちかってくらい喧嘩が強いおまえでもこの状況は覆せねえだろ。安心しろ、夕霧を殺したりするつもりはねえ。ちょっとおれと楽しんでもらうだけだ」

「俺は夕霧と話してたんだがな……」


「うるせえ! ぶっ殺すぞ、こらぁ!」

「はあ……日下部、おまえこんなことして、ただで済むと思ってんのか? はっきり言って退学どころじゃ済まねえよ。今すぐ夕霧を解放してくれるなら、悪いようにはしない」


「は? なんだよ、その上から目線の言い草は! おまえはいつもおれらみたいなのを見下してきたんだろうが!」


 本当にため息の出る奴だ。


 善行から金をせびったりしていたくせに、立場が逆転した途端に被害者面をする。


「そうだ、いいことを思いついた。八乙女、おまえここで裸で俺に土下座しろ。そうしたら、夕霧を返してやってもいいぞぉ~」

「八乙女くん、ダメだよっ! そんなことしてもぜったいに離してくれない!」


「夕霧、待たせて済まない」

「わたしは大丈夫だから……」


 俺が謝罪すると夕霧は頬を染めて照れているようだった。


 これじゃまるで、デートの待ち合わせ時間に遅れてきて謝罪する俺に対して、不問だとはにかんだみたい。


 それをそばで見ていたクズ下部はブチ切れた。


「てめえら、なにおれを差し置いてイチャついてやがんだ。舐めてんじゃねえぞ、ゴラァ!」

「俺はおまえが本当に約束を守る奴なら、夕霧のためによろこんで一肌でも二肌でも脱いでやる。俺は脱いでもスゴいぞ」


 俺のひとことで夕霧の頬がぽっと赤くなった。


「誰が野郎の裸なんかよろこぶか! だったら、先公たちが集まってくるまえに八乙女に良いもんを見せてやろう。ここで夕霧がおれに寝取られるってのはどうだ? なあ傑作だろ?」


「まったくセンスの欠片もない冗談だ。茶番は終わりにしよう」


 この状況……日下部の愚行には驚かされたが、俺に焦るところはない。元来の厨二病気質で学校にテロリストが侵入してくるんじゃないか、って思い日々鍛錬してきたんだからなぁ。


 心の一方で日下部を仕留めたいところだが、奴は俺を恐れてか、一定の距離を取る。雅人か、周防か……どちらかの入れ知恵なのかもしれない。


 俺は日下部に気取られないよう、静かに息を吸い込み構えた。


 スタンスは肩幅より狭め、目いっぱい突き出した左手に、右手は肘が90度以上曲がるぐらいに引ききって耐える。


 俺の構えを見た日下部は顎を上げて爆笑していた。


「ははは、馬鹿かおまえは! 頭でもおかしくなったのか、んな弓道のエアプなんかしてよぉ!」

「日下部は、中島敦って小説家を知ってるか?」

「誰だよ、それ! んな奴知るかよ」

「なら安心だな」


 夕霧が両指を合わせて祈るようなポーズを取るなか、俺は秘奥義アルティメットスキル不射之射インビジブルアロー“を炸裂させる。


 日下部の言う通り、エアプなのにヒュンッ♪ と鋭い音を立てて空気が切り裂かれ……、ナイフを持つほうの肩にあたる。


「ぐぁぁぁ! な、な、な、なんだ、いまの衝撃と痛みは……なっ!? なにかおれに刺さってやがる……」


 ナイフを持つ手が下がったのを見て俺は、第2射を放った。手の甲を捉えて見えない矢が刺さり、日下部は思わずナイフを床に落としてしまっていた。


―――――――――――――――――――――――

ナメプだめ、ゼッタイw

善行の勝ちが確定したところで、お訊ねします。もうすぐ2章も終わり、ということで飛び降りた善行を登場させた方がいいという読者さまはフォロー、ご評価をお願いいたします。もうお済みの方はコメントでも構いません。作者に是非お教えください。


※ちなみに不射之射は中島敦『名人伝』からです。

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