第23話 予行演習

 緑色の看板のチェーンのカフェに入り、注文していると、その裏でこそこそ3人組が入店していたのを俺は見逃さなかった。


 彼女たちを見て、軽く頭痛がしたので額に手を置き無言でいると店員さんが声をかけてくる。


「お客さま? どうなさいました?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 俺の答えに店員さんはにっこり笑うと「ご注文はなにになさいますか?」と訊ねてきたので、レディファーストってわけでもないけど、黒瀬に手を差し出して先を譲ると彼女は俺の顔色をうかがいながら遠慮がちに答えた。


「ストロベリーフラペチーノを……」

「もっと頼んでいいよ。おごるからさ」

「でも……」

「じゃあ、2人で半分こってのはどう?」

「それなら」


 黒瀬がようやく納得してくれたので、俺は“今日のコーヒー“を選んだ。


「すみません、スプーンをもらえますか?」


 2人でシェア割って半分こにしても充分すぎる大きなクッキーを頼んで、黒瀬には先に行ってもらい席を確保してもらおうとしていたのだが、そこへお邪魔虫が入りこむ。


「キミ、かわいいね! 女子大生かな? 大人びてて、めちゃくちゃオレ好み!」

「止めてください! 彼氏と来てるんです」

「そんなキミをひとりにするような彼氏は放っておいて、オレと遊びに行こうって」


 茶髪で女の子と遊ぶことしか考えてなさそうなチャラい男が黒瀬の行く手を阻んでいたので、店員さんにひとことかけ、ドリンクを載せたトレーをそのままに黒瀬の下へ向かっていた。


 黒瀬と入れ替わるように俺がナンパ男の前に出ると男は俺をにらんですごんでくる。


「誰だよ、テメーは!」


「俺? 俺は彼女のレンタル彼氏だよ。最近彼女につきまとうストーカーがいるって聞いてさ、ボディガード代わりに、って頼まれたんだよ。ストーカーってあんた? だったらストーカー被害にってるって警察に来てもらうけど」


 黒瀬は俺の言葉に一瞬驚いていたが、目配せすると彼女こくりと頷いていた。


「ちがっ、俺はただナンパしようと……」


 ナンパ男に店にいたお客の視線が集まり、いたたまれなくなった男は慌てて、俺たちから離れていった。


 さすがに大勢の人たちがいるなかで心の一方を使うと騒然になって、みんな喫茶どころじゃなくなるだろうしな。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 配役は逆になってしまったけど、荒事にならずに追い返せてよかった。結局席を確保してもらおうとしたけど黒瀬は俺のそばを離れることなく、いっしょにドリンクのトレーを取りにいくことになっていた。


「八乙女くん」


 席に座るなり、黒瀬はガバッと立ち上がり俺を問い詰めたそうな目で見てくる。穏やかでない彼女に俺は微笑みながら、あるものを渡していた。


「はい、スプーン」

「ありがとう……」


 フラペチーノのクリームやイチゴペーストが食べにくいかと思って、店員さんに用意してもらったスプーンを黒瀬に渡すと表情が和らいで、照れている。


「それにしても美人ってのはたいへんだね。あんな変な虫が寄ってくるんだから」

「あ、うん……やっぱりメイクするとね……」


 メイクしなくても原田や雅人みたいなのが寄ってくるのだから、たまらないだろう。


 スプーンをクリームの上でパスタを巻き取るようにくるくる回す黒瀬だったが、問い詰めるような剣幕は消え、眉尻を下げ落ち着いた表情で訊ねてくる。


「ねえ、どうして八乙女くんはこんなことするの?」

「こんなことって、デート日をぜんぶ予約したことかな?」


「というよりレンカノを頼んだこと。デートの練習とか言ってたけど別に女の子にモテないから、とかじゃ無さそうだし。むしろ場馴れし過ぎてる」


 黒瀬がクリームを掬ったスプーンを口に入れながら、顔をあげると遠くに座っていた3人組が一斉に黒瀬から視線を外していた。


 学校にスパイ科目があるなら尾行0点だな……。


「ここあちゃんというより、黒瀬とデートしたいって理由じゃダメかな? 学校でフツーに申しこんでもすぐに却下されそうだったしさ」

「えっ!? 確かにそうだけど……」


 答えたあと黒瀬は頬を赤く染めながら、フラペチーノをスプーンで何度もつついて、照れているようだった。


 例の3人組に視線を移すと、いつも会うなり言い争ってるはずなのに、今日に限ってやけに静かで統制が取れている。やはり俺が黒瀬とデートしてることがよほど気になるらしい。


 萌香はもう若葉をいじめたりしないだろうけど、菜々緒には厳しく言ってある。もし若葉をいじめたりしたら、一生口聞いてやんないって。それだけで半泣きになって、「師匠ぉ、それだけはご勘弁を~!」と菜々緒は半泣きで懇願してた。


 そんなことを思っているとナンパ男は店の出口付近に座っていた若葉たちに気づいた。まあ次から次へと声をかける節操のなさに呆れてしまう。


「ねえ、キミたちかわいいね! オレとオールで遊ばない?」

「ああ、いまから私がおまえと遊んでやろう。ちょっと店の外に出ようか」


 菜々緒に任せておけば、並みの男なんて相手にならないし、むしろあのナンパ男は目をつけた相手が悪過ぎた。


 ようやく落ち着いて、“今日のコーヒー“に口をつける。


 美味過ぎず、不味過ぎず……至ってフツー。


 こういうのでいいんだよ、こういうので。


 中学のときのことだ。父さんから後学のためだと美味いコーヒーがあるからと飲まされたことがあった。


『善行、どうだ? 美味いか?』

『ああ、飲みやすいし、香りもフルーティな感じで悪くない。これはなんていう豆?』

『コピ・ルアクだ。そうかそうか気に入ってもらえてよかった』


 父さんは俺に気に入ってもらえたことがよほどうれしかったのか、何度も頷いており飲み干した俺のカップを見て、おかわりがいるかどうか訊ねてくるので、いると答えるとコーヒーマイスターの資格を持つ執事に父さんと俺のカップへ注がせていた。


 俺が香りを楽しんだあと、多めに口に含んだときだった。


『あ、ちなみにコピ・ルアクはジャコウネコが食べた豆から作る。つまり糞だな』


 ブハァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!


 口に含んだコーヒーすべてを父さんに向かって、吹き出してしまう。


 う○こコーヒー……。


 父さんは『こらこら、高いんだぞ』と冷静に俺をたしなめ、執事に顔をハンカチで拭いてもらっていた。それ以来俺は家で出されるコーヒーを飲むのが怖くて、仕方ない。


 ジャコウネココーヒーにトラウマを植え付けられた俺がフツーのコーヒーを安心して飲んでる横で黒瀬は袋に入ったクッキーをバッグにしまいこんでいた。


 それについて、なにも見なかったことにする。


 彼女の妹にあげるためで、持ち帰ることを恥じてほしくないからだ。


「場馴れしてるように思えるのは、若葉といっしょに出かけることが多いからだよ。今日はさ、妹の若葉にプレゼントするものをいっしょに選んで欲しいだけど、いいかな?」


 黒瀬が飲み終わるのに合わせて、声をかけると彼女は頷いた。立ち上がろうとしたときに、黒瀬が俺を静止した。


「あ、ちょっと待って。ほっぺたについてる」


 クッキーの食べカスがついていて、それを摘まんだ黒瀬は俺の食べカスを口に含んで「美味しいね」と微笑んでいた。


 なんなんだろう、このうれし恥ずかしの感覚は。


 ゲーム内の黒瀬を見る限りそこまでのことはしていなかった。ドキドキを抑えるために、これはレンカノの惚れさせテクニックなのだと言い聞かせるが、ちょっと俺の理性に対する破壊力が凄まじい……。


「いでででっ!」


「貴様! 私に気安く触れていいのは師匠だけということを理解してるんだろうな。本来ならば、ここで貴様の粗末なものを切り落として、家系を断絶させてやるところだが、今日はそれどころではない。警察へ突き出すくらいで勘弁してやる」


 俺たちが飲み終えて、店の外に出ると菜々緒がさっきのナンパ男を地面に倒し、腕を極めていた。


 やっぱ、つええな、菜々緒は。


「黒瀬、ぜったいあっちを向いちゃだめだ」

「えっ、でも知り合いなんじゃ……」


 気に留める黒瀬だったが彼女の手を引き、まるで監視つきのご令嬢をさらうかのようして、うまく菜々緒たちを巻いた。


 若葉が心配になる気持ちは分からなくもない。だけど黒瀬姉妹が原田と雅人の性奴隷オナホにされる可能性があると彼女たちに説明しても、理解はできないだろう。


 萌香や菜々緒は置いておくにしても、若葉に焦燥感を抱かせるのは心苦しいが、他のヒロインたちをぜったいに好きになってしまわないよう、若葉に誓いたい。


―――――――――――――――――――――――

愛の逃避行(?)をくり広げる善行、無事黒瀬の好感度を上げ、姉妹丼を達成……ちがったクソ野郎たちをざまぁして、救う活躍にご期待ください。

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