第3話 カンスト

「ステータスオープン!」


 パチン♪


 俺はドアを開けて、若葉と目があった瞬間指を鳴らしながら、詠唱していた。


「はぁ……兄さんは顔を洗って目が覚めても、頭の中は覚醒されてないんですね。もう、そのまま異世界へでも転生してもらったほうが幸せになれるんじゃないですか」

「いや俺はもう……」


 思わず、もう転生してるとか口が滑りそうになるが、これ以上おかしなことをのたまうとガチで心配され、閉鎖病棟のある病院へ連れていかれそうなのでこらえた。


 完全にギャグが滑ったように部屋のなかにもかかわらずビューッと極北の空気が流れ、若葉は冷たいジト目で俺を見ている。


 おかしい……。


 ステータスが開示されずにただ俺は指パッチンした腕を上げたまま若葉からさげすまされてしまった。やっぱり他人のステータスはのぞけないのかと思ったのだが、固有スキルのことを思い出し早速試してみた。


 固有スキル展開!!!



【B80 W57 H76】



 なんだろ? この数値。


 って、若葉のスリーサイズじゃん!!!


 なぜかスリーサイズが分かってしまった……。さすがにロリ巨乳とはいかないらしいが、これはこれでいいかもしれない。


 若葉のスリーサイズが分かったことに自然と口角が広がり、彼女の胸元に目がいくと、


「ど、どこを見てるんですか、兄さんのえっち! いやらしい目で見ないでください」


 両腕で覆い、成長著しい乙女の胸元を隠した。


「ごめん……若葉がかわいかったもんでつい」

「か、か、かわいい!? わ、私がですか!? に、兄さんは目まで悪くなったんですかっ?」

「目はちゃんと見えてるよ。それに若葉だったら、目が悪くても輝いて見えるし」


「そんな見え透いた嘘に私はだまされません……私が、か、かわいいだなんて……地味ですし……」


 白い若葉の肌が顔だけでなく耳までも赤くなってしまい、彼女は両手で顔を隠して、湯だったかのようにのぼせてしまっている。


 この世界じゃ、若葉は地味なのかっ!?


 そんなわけあるかい!!! 銀髪碧眼という日本人離れした見目に加え、若葉のステータスは100前後のものが多いのだが、容姿は突出して、800というとんでもない数値を叩き出してしまっていた。


 なのに奥ゆかしさというか、この自己評価の低さよ……。


 やっぱり前の家で継母ままははたちにいじめられた影響が大きいんだろう。いまの俺にできることは目いっぱい若葉を誉めて甘えさせてあげることぐらいだ。


 俺は豚足で若葉の頭を撫でようとするが、足がすくんだ。いや、手か……。


 豚足に頭を撫でられてもうれしくないよな。


 すっと俺は手を引っ込める。


 俺が異世界恋愛のスパダリ並みの容姿と能力があれば……。ぐっと奥歯を噛みしめて、いまの突き出ただらしのない腹を恨んだ。


 その代わりに若葉を誉めることに徹する。


「嘘なんか言ってないって。俺が若葉に嘘ついたことあった? ないだろ、つまり俺の言ってることは真実で若葉は世界一かわいいってことだ」

「は……はわわわわ……」


 さっきまで悪態にも似た蔑みはどこへやら。若葉は俺の言葉に混乱してしまい、ぐる目になりまるでめまいでも起こしたかのようにふらふらと上半身を揺らしてしまっている。そんな混乱状態の若葉もとてもかわいい。


「も、もう兄さんのことなんて、知りません! 勝手に嘘ばっかりついて……死ねばいいんです」


 混乱は極致へと達したのか、いたたまれなくなった若葉は捨て台詞を吐いて、俺の部屋を出ていこうとするが……。



 ゴンッ!



 部屋のドアを開け忘れのか、若葉は「いったーーーい!」と叫ぶと、おでこをぶつけて頭を抱えており、俺が近づこうとすると慌てて出ていってしまった。


 俺は頭をかきながら、若葉のステータスの備考欄に書かれてあったことを思い出す。


【兄さんがじっと私の胸元を見つめてた……やっぱりもうブラジャーをしたほうがいいのかな? すごく変な兄さん……だけど私を励まそうと必死なのかもしれない。変だけど、父の家にいるよりずっとここは居心地がいい】


 まるで心の声のようだった。



 俺はその日以来、修行に明け暮れる。



――――5年後。


 バシャーーーーーッ!


 5Kmを泳ぎきり、梯子はしごの手すりを掴むと若葉が俺を哀れんだ目で見てくるのは昔とちっとも変わらない。だが彼女の手にはバスタオルが用意されており、自宅のプールから上がると手渡された。


「また兄さんは無駄なことをして……」

「無駄かぁー、若葉はいつになく辛辣だなぁ……。俺はさ、若葉に無駄に頑張るとこを見てもらいたいんだよ」


「私なんかが見てもまったく変わり映えしませんよ……」


 毎日顔を突き合わせていれば変化は微々たるもんだし、分からないのかもな。


 ただ過去の写真を見れば一目瞭然だし、なんせステータス的には一桁二桁のころと違い、大幅にアップしていた。


 それもこれも若葉のおかげとしか言いようがない。


「どうしてそんな無意味なことを続けるんですか? これ以上ご自分の生き恥を晒しても仕方ありませんよ」


「理由? そりゃー、若葉に俺を見てもらいたいからかな。若葉にトレーニングしてるとこを見られるとホントに捗るんだよ。若葉が見てくれてる、頑張ろってね!」


「わ、私なんかに見られたら、やる気なんて起きないと思います……。兄さんはおかしいですよ。来月には兄さんと一緒に学校に通うと考えただけで虫酸が走ります」

「じゃあ、別々に登校する?」

「えっ!?」


 売り言葉に買い言葉ではないが、何気なく吐いた言葉に若葉の顔色はいまにも倒れそうくらい蒼白に変わってしまう。


「冗談だって、若葉が嫌がっても俺は若葉と登校したい」


「し、仕方ありません。えっちな兄さんを野放しにすると女の子がセクハラされちゃいそうですし、八乙女家から性犯罪者を出さないように、変態シスコンの兄を監視するのも妹の役目です。それに兄さんにはつまらない男たちが寄ってこないよう虫除けになってもらいますから」


 言ってることが、めちゃくちゃだ……。


 だが俺が若葉のことが心配なのは事実。


 中学の卒業式のあと、若葉は多くの男子から第2ボタンを受け取って欲しいと申し込まれたがすべて断り、無理やり渡そうとしてきた髪を染めたやんちゃそうな男子のボタンは川に投げ捨てしまっていた。


 ちょっとしたトラブルになりかけたが、俺が若葉をかばうとすごすごとやんちゃ男子は舌打ちして消えてしまう。


 若葉はすっかり高嶺の花と化していた。


 一方の俺はというと面と向かって渡してくる女子の申し出はすべて断っていたが、どうしても俺のいない隙にカバンに手紙を入れられてしまっていた。どうしようか思案している内に再びカバンを開けると手紙はなぜかすべてなくなっていた。


 犯人の目星はついておりメイドさんにそれらしいものがないか、調べるようお願いしていたら、若葉の部屋のゴミ袋のなかに引きちぎられたラブレターと思しき紙くずが大量に見つかったとの報告を受けた。



 ツンデレと罵倒が加速する若葉を愛でながら、過ごした中学時代。高校入学前の春休みにラストスパートかけ、なんとか間に合う。


 くっくっくっ……ついにこの日が来てしまった。


 ちょっとやり過ぎてしまったか? そんな疑問が湧きつつも俺はゲーム知識を生かし、尚且つ八乙女家の財力に任せて裏ワザ的なことも行いつつ鍛錬を重ねてきた結果、高校入学前にすべてのステータスをカンストさせてしまっていたのだ。


 ゲーム内のチュートリアルでの解説ではカンストの999は、運動ならメジャーリーガーの大島昇平ばりの身体能力、勉強なら若くして竜王、名人となった藤木康太にも匹敵する明晰さを示すくらいのものらしい。


 すべては義妹の若葉を守るために。


 俺が決意を新たにしていると若葉から声がかかる。


「兄さん、先生が来たみたいなんですが、今日は……」

「あら~、お久しぶり! って、あなた誰!?」


 黒髪のポニーテールに袴……いかにも剣道少女といった感じの年上の女が現れた。女の名前は榊原菜々緒さかきばらななお。見た目ははつらつとした美少女であるが、お世辞にも性格は良いとは言えない。


 強くなりたいと願った太ましい善行にいたぶるだけの指導をしてろくな稽古をつけず、さんざんこけにしてくれた上に、雅人に身体を賭けて勝負を挑んで負け、性処理オナホ扱いで雅人のいいなりになり、生徒会長という立場を利用して陰で若葉をいじめていた。


「俺だよ、俺。善行だ。なあ俺の中学卒業の記念にひと勝負お願いできないかな?」


「えっ!? あなたが善行? いったいどんなやせ薬を使ったのか知らないけど、やせたくらいで私に勝てると思っているなら、思い上がりも甚だしいわ。いいわ、その勝負受けてあげましょう。ここであなたのその思い上がりをへし折ってあげます」


 高飛車な菜々緒はビシッと竹刀の先を俺に向けてきていた。


―――――――――――――――――――――――

恋愛シミュレーションだとなぜか主人公の友人や妹がヒロインのデータを持ってることが多いんですよね。キミら探偵か? って、ぐらいにデータを把握してますし……。ということでデータ収集スキルと最強ステータスで本来のクズ主人公をざまぁしていきますよ。期待値込みでフォロー、ご評価いただけるとありがたいです。


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