第36話 思わせ振り

――――【善行目線】


 手を取り一条先生を引き起こした俺だったが、先生は忘れ物をしたと職員室へ戻っていってしまった。


 若葉はすでに着席しており、その周りには男子たちが取り囲み彼女をお姫さま扱いしているが、ガン無視していた。


 ――――ああっ! 若葉さまっ!


 ――――僕は0.1秒も見られたぞ!


 ――――宝石のような瞳、ゾクゾクするっ!


 だが氷のように冷たい目で若葉に一瞥された男子たちはブルッと身を震わす。もうクラスの男子たちは若葉の下僕……いやM男と化していたと言っていい。


 見慣れた光景に日常を感じながら、教室に入るとおしゃべりしたり、授業の準備をしたりしていた女子たちが、俺の姿を見つけた瞬間に一斉に席から立ち上がる。


 駆け寄ってきた彼女たちに俺は教室のドアのそばでなかに入らせないかの如く取り囲まれてしまった。


「えっと……俺、なんか悪いことしちゃった?」

「あの八乙女くん、これ受け取って欲しいの……」

「あっ!? 抜け駆けは抜きよ~!」

「私が先なんだから!」


 なにかの順番か、取り決めがあったのか知るよしもないが、女の子たちは互いに言い争いを始めてしまう。


「兄さん、なにやってるんですか。早く座らないと先生が来ちゃいます」

「あ、ああ……助かった」


 そこへ若葉がやってきて俺の袖を引いて、混乱を切り抜ける。俺を席に座らせた若葉はどこか安堵したような表情を浮かべていた。


 着席し、教科書やノートを机のなかへ入れようとしたときだった。バサバサバサッとなにかが机のなかからこぼれ落ちてしまう。


 床に落ちたたくさんの封筒。


 まさか……プロスポーツ選手予備軍か、アイドル並みの容姿のみに許される大量のラブレター!?


 びっくりしながらも急いでかき集めて、机のなかに押し込んでいると、


「みんな~、おはよう! いまから、ショートホームルーム始めるわよ~」


 一条先生が教室に入ってきて、色っぽい声であいさつしたあと、言い争ってる女子たちや若葉に集っている男子たちを諭して、着席を促すとみんな素直に従っていた。


「今日はかなしいお知らせがあります。保健体育の原田先生がご病気を理由に退職されちゃいました。それに稲垣雅人くんが体調不良で一週間ほど休むと保護者さんから連絡がありました。みんなも体調に気をつけて学んでいきましょうね~」


 原田の退職と聞いて、クラスメートたちは一条先生の手前抑えていたようだが、机の下でこっそり拳を握りしめ喜んでいるようだった。


 一条先生は原田のことを病気で退職、と説明していたが理事長が手を回して、学校の不名誉を回避したっぽい。女狐と呼ばれるだけあり、食えない人だ。


 ショートホームルームが終わり、一条先生が教室を出たのだが、そのとき放課後のことが気になって先生をずっと見ていたら、先生は振り向き俺にウィンクして、ドキリとする。


 一限目の授業が終わったあと、大量の封筒をブレザー、ズボン、シャツのポケットに無理やりつっこんで、中身をこっそり確認しようと教室を出ようしていると臨検に拿捕された。


 目ざとくポケットからはみ出したピンク色にハートマークのシールの貼られた封筒を見つけた若葉は驚いている。


「兄さん、なにを……っ!? ラブレター!?」

「ち、違う、ラブレターを装った不幸の手紙なんだよ!」

「ですよね! 兄さんにラブレターを渡して私から寝取ろうするなんて許せないですから」


「えっ!?」


 若葉は俺の言い訳に同調してしまい、一瞬本音が漏れ開いた口を手で押さえて、しまったみたいな表情をしたが、すぐに平静を取り戻し、キリッとした顔つきで俺に言った。


「私がすべて処分しておきますので、直ぐに渡してください」

「いや、それだとお断りの返事すら……」


「大丈夫です、どうせすべて嘘告に決まっています。まったく……自分がモテるとか思ってる兄さんは自意識過剰にもほどがありますよ」


「そっか、若葉がそこまで言うなら仕方ない! 俺はモテないし、若葉にガチ告白でもしよっか! いや告白をすっとばして、プロポーズでもいいかも」


「ななななななななっ!? 本気ですか!? に、兄さんは騙されそうになって、頭でもおかしくなったんですか!? 妹に告白やプロポーズするなんて、おかしいですよ……」


 俺から顔を背けてしまうが、うなじなど露出した肌から分かる通り若葉は真っ赤になって、ふるふると悶えているようだった。



 その隙に俺は教室を出て、人気のない廊下の袋小路で封筒を開ける。幸いカミソリなどの刃物が入ってないことに安堵していたのだが……。


【原田を追い出してくれて、ありがとう。キミのことが好きになってしまいました】


【八乙女くんの彼女にしてください】


【えっちしてください】


【セフレでかまいません】


 若葉たちの目を盗んで、放課後までの休憩をすべて使い、目を通した数十通の手紙の内容はほとんどそんな感じだった。


 さすがエロゲ。


 メインヒロインでなくとも、セクハラされていた原田を追い出したことで俺の株が上がって、発情してしまうなんて……。


 今日の授業のすべてを終えると俺は若葉に伝える。


「ごめん、若葉。今日は先生から呼び出されちゃった……。だからみんなと先に帰っててくれないか?」


「私も行きます。兄さんが大人の色香に惑わされ……、一条先生に破廉恥な真似をして退学でもしたら、八乙女家の恥ですから!」


 若葉のホーミングを避けるために俺はチャフを撒いていた。


「こ、これは!?」


 わらわらと撒かれるチャフに若葉は血相を変えて、しゃがんで拾い始めていた。


 そう俺が撒いたチャフはラブレター。


 若葉が手紙のひとつを拾いあげ、その内容に便せんを強く握って眉間を寄せながら読んでいる間に、職員室へと急いだ。


 職員室に入ると一条先生の姿はなく、一年の他のクラス先生が生徒指導室へ来て欲しいとの伝言を預かっていた。


「失礼しま~す」


 それに従い生徒指導室に入ると、俺は驚いた。


「なっ!?」

「いらっしゃい、八乙女くん」


 先生はふくよかな胸元を強調するかの如く縦のラインの入ったノースリーブのニットに脚線美が際立たせるタイトなミニスカに着替えていたのだから。


 パイプ椅子に少し斜めに腰掛け、エロスを醸し出す脚を組んで座る先生に俺は思わず、息を飲んだ。


 くらっと色香に惑わされそうになるが、俺は雅人のようなことにはならない、そう心に誓うため、奴が先生にした仕打ちを思い出していた。



――――【回想】


『ぼくはちゃんと先生の誘いを断ったのに、先生がぼくをレイプしたんですーーーーーっ!』


 一条先生の妊娠が発覚し、校長先生たちの聞き取り調査の際に雅人が第一声に発した言葉がそれだった。普段は“オレ“って言ってるくせに品行方正をアピるために“ぼく“に変える辺り、手がこんでいてムカついたのを覚えている。


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伸びなかったら5万字で終わろうと思っていましたが作者の予想を覆して、6000名を越える読者さまにフォローしていただきました。評価もたくさんしてもらって感謝の言葉もありません。


ただ書籍化作品を出すということを考えると書き続けることがいいのか、新作を書いた方がいいのか、心に迷いがあります。続けたとしても、女性向けの賢いヒロインコンテストで脱糞を描写したことでそこそこのポイントだったのに落とされたことから、ラブコメでケ○アナ、う○ことか書いてたら、編集さまに選んでいただくのは難しいんじゃないかと思っています。


関係ねえ! 応援してやるから書き続けろ! という読者さまはフォロー、ご評価いただけるとありがたいです。理想は書籍化されて、カクヨムでも連載を続けると読者さまも作者もにっこりなんですけどね。とりあえず先生編が終わるまでは頑張ります!

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