第56話 シンデレラ

 俺の目のまえには異様な光景が広がっていた。


 義妹、クラスメート、未来の後輩、担任の先生、あとついでに幼馴染と先輩……。


 みんなメイド服に着替えているとか、あり得ないだろ!!!


 驚いている俺に、中腰になり指を指してくるツインテールのメイドがいた。


 萌香だ。


「善行! ちょっと最近つき合い悪過ぎない? 私がLINE送っても既読スルーするとか。せめて写真にひとことくらい反応しなさいよ……さびしいじゃん」


 萌香がぷんぷんと頬を膨らませて怒ってきたが、その怒りもトーンダウンして、伏し目がちになってしまう。


「いや、ごめん……でもあの写真はマズいから」


 ちゃんと反応はしてる。主に下半身だけど。


「萌香のようなお子さまでは師匠は落とせんぞ。やはり私のようにセクシーな大人にならなければなぁ!」

「はぁ、パイセンのどこがセクシーなんだか……」


「あらあら、2人ともみっともない言い争いは止めましょうね。2人ともかわいいんだから、スマイル、スマイル、ふふっ」

「せ、先生……」

「あうう、先生にはセクシーでは敵わん……」


 俺にエロ画像を勝手に送ってくる痴女2人が醜い言い争いをしていたのだが、このなかで最もセクシーさを誇る一条先生の谷間に埋もれるおっぱいハグを食らい、2人は負けを悟り沈黙した。



 どうしてこうなった!?



 みんながメイド服になってしまった理由は些細なことからだった。さっぱりしてお風呂から上がってきた夕霧は若葉のメイド服をじーっと見ていた。


「あ、あの……どうして、メイド服なんですか?」

「このほうが動きやすいからですね」


 夕霧がおどおどと若葉に理由を訊ねたのだが、お互いにコミュ障気味ですぐに会話が途切れてしまう。女の子同士ならみんなすぐに打ち解けるというものでもないらしい……。


 会話のチェーンが切れて困った夕霧は俺に助けを求めてきた。


「わたしも……若葉さんみたいにコスプレでメイド服を着てみたい……」

「ああ、そんなのお安いご用だよ」


 夕霧は小さな子どもがおねだりするように俺の袖を掴んできたので、二つ返事で了承する。


「わあぁーーーい!!! 若葉さんといっしょ!」

「これはコスプレではなく私の普段着なんですが」


 メイドさんに持ってきてもらい、メイド服に着替えた夕霧は若葉の手を取り、うれしがった。若葉は夕霧にもどうやらツンデレを発揮してしまったらしく、戸惑いながらも夕霧から憧れみたいに思われて、頬を染めながら満更でもないらしい。


 そのあとは黒瀬姉妹が部屋を訪れて、檸檬ちゃんが夕霧に気づいた。


「あっ、新しいお姉ちゃんが増えてる! かっわいい!!!」

「えっ!? えっ!? わ、わ、わたしのこと?」

「うんうん、メイド服も似合ってるし、アイドルみたいに綺麗な目してる」


 コミュ力お化けの檸檬ちゃんはぐいぐい夕霧をほめちぎり、


「あ、ありがとう。わ、わたし、夕霧恵麻っていいます」

「黒瀬檸檬だよ。お姉ちゃんといっしょに善行お兄ちゃんと若葉お姉ちゃんにお世話になってるの」


 固い表情だった夕霧はすっかり檸檬ちゃんにほだされ、笑顔になっていた。人たらしの能力を遺憾なく発揮した檸檬ちゃんは俺の耳元でささやく。


「お兄ちゃんも隅に置けないね」

「檸檬ちゃん……どこでそんな言葉を……?」

「もちろん、家庭教師さんだよ~、うふふ」


 檸檬ちゃんの肩をとんとんと指で触れた黒瀬は檸檬ちゃんに目配せする。


「着替えてくるね」

「私も私も~!」


 といった具合で俺の部屋に訪れてきたみんなは、連鎖的にうちにあるお仕着せを借りて、メイドコスパみたいになってしまったのだ。



 ドレッサーの椅子に座らされ、まな板の上の鯉って感じで緊張からか、夕霧はぷるぷると震えている。それもそのはずで、女優やグラドルと言っても普通に頷かれてしまうような美女、美少女に彼女は囲まれていたのだから……。


「みんな、夕霧で遊ぶなよ……」

「大丈夫、夕霧さんはもっとかわいくなるはずよ」


 大人の一条先生がいてくれて良かった。俺もさすがに女の子のメイクやスタイリストのようなことはできない。


「さあ、兄さんは外で待っててください」

「あ、ああ……」


 俺と入れ替わるように片手に道具を抱えたメイドさんたちが頭を下げて部屋へ入っていった。彼女たちは若葉や母さんの担当メイドでメイクアップアーティストや美容師資格を持っている。


 みんな俺の部屋でヒロインたちと夕霧をかわいくしようと奮闘してくれてるのだ。


 1時間ほどして俺はなかに呼ばれた。


「や、八乙女くんっ!? は、恥ずかしいです……」


 俺が夕霧のまえに行くと彼女はもの凄い勢いで両手で顔を覆う。そんな夕霧に対して先生が後ろから両肩に手を置いて、彼女を諭した。


「大丈夫、もう夕霧さんはどこに出ても恥ずかしくない女の子になったのよ」


 「自信を持ってください」「私がかわいいって思うんだから、間違いない」「お姉ちゃん、美人だよ!」とみんなから励まされ、夕霧は立ち上がり若葉に支えられながらこちらに向かって歩いてくるのだが、手は顔を覆ったままだ。


「ほら八乙女くんに見せてあげて」

「は、はい……」


 先生に促され、夕霧は固く閉ざされた手をゆっくりと離してゆく。


 長くぼさぼさだった黒髪は派手になり過ぎない程度の茶髪へ染められ、ミディアムに切りそろえられていた。


 ついに閉ざされていたヴェールが取り払われ、


「ど、どうかな……」

「驚いたよ……マジ、シンデレラかと思った」


 横髪に手をやり、俺を見たり視線を外したりして恥ずかしそうにしながら、夕霧は変化した容姿を訊ねてきていた。


 なんだろう……この水着を着終え試着室のカーテンを開けて、似合ってるか訊ねてこられるかのような素晴らしい気恥ずかしさは!


 愛らしい垂れ気味のまぶたに引かれたアイラインによりキリっとした印象を与えており、パウダータイプのチークがナチュラルにまぶせられ、痩せ型の夕霧の頬をふっくらとした印象に変え健康的に魅せていた。


 もともとポテンシャルの塊みたいな夕霧はうちの優秀なメイドスタッフにより原石から光輝くダイヤモンドへ変貌を遂げたかのよう。


「そ、そんな、そんなぁぁぁ……わたしがシンデレラみたいだなんて……八乙女くんはお世辞が過ぎて照るよぉぉ……」


「ううん、誰からも愛されるようなかわいさだから! もう夕霧を見ても地味だとかネガティブなことを言う奴はいないって俺は断言できる!」

「わたしは誰からもじゃなくて、八乙女くんだけに――――」


「よかったわね~! 夕霧さん、私も心配してたのよ。でもなにもできなくて、ごめんなさい」

「せんせぃ、そんな……」


 俺の部屋にいたヒロインたちからほめられる夕霧だったが、なにか言おうとして途切れてしまった。またあとで訊いておこう。


 それにしてもなんと尊い光景なんだろうか。ヒロインたちが雅人を含むクズ男の餌食になり、不幸を迎えるエロゲのなかで、やさしい世界を垣間見たことで俺は希望が湧いてきた。


 これで次のフェーズに移行できる!


 こんなにもかわいい夕霧の自己肯定感を皆無にした毒親へ凸するまえに俺は学校へ電話を入れておいた。


「いつもお世話になってます、八乙女善行です」

『や、や、八乙女さまのお坊ちゃん! どうされましたか? 私どもに何か不手際などございましたでしょうか!?』


「あ、いえ、学校の不手際などではないんですが、とある生徒の校則違反というより不法行為かな? そちらを目撃してしまいまして、ご対応願いたいんです」

『不法行為と申しますと?』


「喫煙です」

『なんと!? 我が校の生徒にそのような不届き者がいるとは。すぐ対処します! その生徒の名前は?』


「日下部祐司です。ただし、証拠となるタバコは持ち歩いておらず、廃部になったラグビー部の部室に隠してあるんで調査願います」


 槍沢理事長に日下部の校則違反を告げ口しておいた。精々、停学程度だろうがこの事実を知ってるのは雅人だけ。俺はゲームをしていたから、知ってるけどね。


 2人が仲違いするのが楽しみでならないよ。


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さあ、ざまぁのはじまりですw クソ対クズのゴミ捨て場決戦にご期待の読者さまはぜひフォロー、ご評価お願いいたしますね。

彼シャツモダニアの破壊力がスゴくてモダエルニャァになった作者からでした。

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