第39話 パワハラパイセン

 ――――先生、ミーティングお願いしまーす!


「はーい!」


 体験入部みたいな感じで、一条先生からやさしく手取り足取り泳ぎ方を教えてもらえる夢のようなひとときは、女子部員たちから先生が呼ばれてしまったことで終わりを告げてしまう。


「ごめんね、八乙女くん……。またミーティングが終わったら練習しましょうね」

「いえ、またよろしくお願いします」


 先生は人魚のように美しい泳ぎで、俺を魅了したかと思うとプール端の梯子はしごをあがる際にむっちりとした太ももを惜しげもなく披露しつつ、女子部員たちの下へと向かう。


 プールサイドをゆっくり歩きながら、先生は水泳キャップを外すと首を振って、髪が吸った水分を振り払った。


 パシャと跳ねた水しぶきが降り注ぐ陽の光に反射して、水も滴るいい女なんて表現は霞んでしまう。さしずめ、一条先生は足を生やしてもらった人魚姫といった美しさだった。



 俺がしあわせに浸っていたのにぶち壊す不粋な奴がいた。


「オラァァーーッ! そこなに勝手に頭上げてんだよ、2分くれえしっかり水に浸けとけやぁぁ!」

「おぼ……おぼれるぅぅ……た、たしけてぇ」


 ――――あっぷ、あっぷ……ぶくぶくぶく……。


 先生がいなくなった途端村井がさっきの新入部員たちの頭を押さえて無理やり水に浸けてしまう。2人は手足をじたばたさせたあと、力なく水面に浮いて明らかに溺れていた。


 くそっ、村井の人生なんてどうでもいいが事故でも起こりゃ、責任はぜんぶ一条先生に行ってしまう!


 プールの縁で四つん這いになり、嬉々として新入部員いじめを行っている村井の下へ、俺は駆け寄っていた。


「うおっと! 足が滑ったぁぁっ!!!」


 プールサイドを走るのは厳禁であるが、俺はわざと走り、滑ったふりをして四つん這いになっている村井に低空ドロップキックをお見舞いしていた。


「のわぁぁっ!?」



 バッシャーーーーーーーーーーーーーーン!!!



 突き出た村井のしりに俺の低空ドロップキックはクリーンヒットし、村井は漫画のように四つん這いの姿勢のまま、プールへ吹っ飛ぶ。


 ――――うおっぷ、あばばばば……。


 村井は突然の不意打ちに顔を水に浸けたまま、無様な犬掻きをして、悶えていた。俺はその間にも溺れていた2人をプールから引き上げ、横向けに寝かせる。


 2人の顔色を見る限り、そこまで酷くはなさそうだったが、ぽんぽんと背中を叩いて、飲み込んだ水を吐かせているときだった。


「あら!? まあたいへん!!!」


 ミーティングを終えた一条先生と女子部員たちが俺が新入部員2人を看護してるのを見つけ、来てくれた。


 俺が事情を説明しようとすると村井は行方をどこかへくらませてしまっていたが、溺れていた2人はケホッ、ケホッと咳き込み水を吐き出すと意識を取り戻す。


「ああ、良かったわ」

「「はあ、はあ……」」


 回復したものの、2人はぐったりして村井にいじめられていたことを話せそうになかったが、2人の様子を見た先生たちは目を丸くしていた。


「すごいわ、ちゃんと回復体位にさせているなんて……。八乙女くんって、もしかして泳ぎ慣れてるの?」

「あ、いや救急救命の基本を習っただけなんで」


「そんな謙遜しなくてもいいのよ、なかなか出来ることじゃないわ」


 先生や女子部員から感心され、「いや~、それほどでも」みたいに照れてしまう。


 そのあと、まだぐったりしていた新入部員を心配していた先生たちは水着から着替えていた。


「ごめんなさい、八乙女くん。私は彼らを念のため病院に連れて行ってくるわ。また今度、いっしょに泳ぎましょう」

「いえ、こちらこそ先生に泳ぎ方を教われて楽しかったです」


「ふふっ、八乙女くんはやさしいのね。私も女子高生時代に戻れたら、キミに告白してたかも」

「先生はJKよりもかわいいですよ」

「ありがとう、お世辞でもうれしい」


 先生は大人の余裕さを見せていていたが、いつもおっとりした先生がなぜか、勢いよく振り返った。


「きゃっ!?」


 しかし先生は女子部員たちの持ってきたAEDを入れていた箱があることを忘れて、踏んでしまい後ろへ倒れそうになったところを俺は抱きかかえる。


「先生、大丈夫ですか?」

「う、うん……」


 抱えた先生は思いのほか軽かったが、ぷにぷにしていて俺の腕に吸いついてくるような不思議な肌触りをしていた。


 それにさっきまで大人の余裕はなくなり、ウブなJKみたいに顔を赤らめ、恥ずかしそうに俺から目線を逸らす。


 だが……。


 グッと手に力が入り、なにか決意したように俺と目線を合わせ、俺たちは見つめ合う。先生はゆっくりと目を閉じてしまい……。


 なっ!?


 これって、キスしろって言ってるんだよな?


 俺が逡巡していると、後ろから声がかかる。


「先生! 渡鹿野総合病院が診てくれるみたいです」

「あ、うん……すぐ行くね」


 女子部員たちが先生を呼んだことで俺たちはなにごともなかったように離れた。先生って既婚者だよな……。


【ああ、八乙女くんが私のなかに入ってくるぅぅ】

 

 マジか……。


 もしやと思い、固有スキルパパラッチで探ると俺は先生の好感度を上げすぎてしまったらしい。


 キスしたらやっぱり不倫になるのか?


 俺は着替え終え、学校を出ようとしたときだった。


「さっきはよくもやってくれやがったな! それにおれのみゆきに手を出すんじゃねえ!」


 校門の裏に隠れていた村井が俺に声をかけてきていた。



――――渡鹿野総合病院【雅人目線】


 重傷患者のオレを蔑んだ目で見下す周防は気遣うどころかいきなり毒を吐いた。


「なに、のんびり寝てはんの?」

「馬鹿野郎! これがのんびり寝てるように見えるのかよ」

「ザコのくせして私に口答えしはんの? ならええわ。駄犬には教育が必要やね」


「ちょ、おま……なにすんだよ!? 止めろって! なあ、聞いてんのかよぉぉ」


 周防はバッグのなかから、女の華奢な身体と不釣り合いな物をおもむろに取り出してオレに見せつける。


「これはなんに使うもんやろうね?」

「んなもん……決まって――――」


 周防はニチャァァと粘着質な笑みを浮かべて、オレが答える暇を与えない。



 ドッ!



「うんぐぅぅっ!?」


 見せたかと思うと周防は笑いながら、取り出したものを手から離して、オレの腹のうえに落としていた。しかもカーテンで仕切られた他の患者たちに聞こえないのようにオレの口を手で塞ぐという用意周到さを持って……。


 周防が落としたのは5キロと表記されたダンベル……。


「ダメな子はちゃんと教育せなあきまへん、くひひひひっ」


 オレが鈍痛により青色吐息になりながらも周防を睨みつけると、しれっと言いやがった。さらに落としたダンベルをぐりぐりとオレの腹に押しつける。


「んぐぅぅぅ!?」

「飴と鞭ですやん。ちゃんときばってがんばってもろて、善行の周りにおる女の子を寝取ってくれなあきまへんえ」

「はあ、はあ……がんばるもなにもねえ! オレはヤりてえ女とヤるだけだ!」


「あはははっ! なにかっこつけてはんの? クソザコのくせに。もっとうちが鍛えてあげますわ」


 華奢な片腕でダンベルを軽々と上げた周防は一気にオレの腹の上にダンベルを勢いよく落とした。


「や、止め……んぐんぐぅぅ!? ぅぅぅっ!!」


 こ、殺されるぅぅ……。


 オレの口を暗殺者のように素早くふさぎ、助けを呼ばせない。しかもいつの間にかナースコールのスイッチはベッドの下に転がっている。


 オレが周防のサイコパスっぷりに恐怖を覚え、死を覚悟したときだった。


「稲垣く~ん、いる?」


 あの声は!?


 担任のみゆきだ!


 オレは天使か、女神が助けに来たのだと一縷の望みを抱いたのだが……。


「あきまへんえ。雅人はんはしっかりうちが鍛えて、女を寝取れるようになってからやからね」


 オレの口を持ってきていたガムテで手際よくふさぎ、暴れさせないように結束バンドで手足を縛り終えると周防は、カーテンの向こうに行ってみゆきにあいさつしていた。


「せんせ、どうも。見舞いに来てもろて悪いんですけど、雅人はんはいま寝てはるみたいなんです」

「あら、あなたは4組の周防さんね」

「はい、うちのこと覚えてくれはるんですね、うれしいわ~」


 周防とみゆきは取り留めのない日常会話を交わしたあと、


「じゃあ、稲垣くんが寝てるなら起こしちゃ悪いわね。お邪魔虫は消えようと思うの、うふふ」

「いやですわ~、せんせ。うちらそんな関係じゃないんですよ、おほほほほ」


 周防はみゆきをオレに会わせずに帰してしまう。良家のお嬢さまといった外面スマイルでオレの下に戻ってきた周防だったのだが、すぐにニチャァァと醜悪な笑みを浮かべており……。


 オレは絶望した。


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先生とアバンチュールしろって読者さまはフォローを、先生と不倫してもいいよという読者さまはご評価いただけるとありがたいですw

地雷系ヤミ子の沙織に捕まった雅人の生死はいかに!?


何気に転生前の作品を投稿しています。

『幼馴染に振られたら、超人気アイドルのセンターしてる双子の妹が義理だと知った誕生日に告ってきた』

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垢BANされてなかったら、もしや……ということでスニーカー大賞へ応募しています。見ていただけるとうれしいです。

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