第5話 両片想い

――――【若葉目線】


「若葉、手伝わなくていいよ。漏らしたのは菜々緒なんだから」

「でも……」


 よほど兄さんが怖かったのか、おしっこを漏らしてしまった菜々緒先輩は兄さんに動画を撮られながら、道場の床を涙ながらに雑巾で拭いていた。


「ひっぐ……ひっぐ……善行にいいようにやられるなんて……」


 まだ兄さんにあしらわれたことを根に持っていそうな菜々緒先輩、だけど兄さんは先輩から酷い目に遭わされていたのに彼女を気づかうような言葉をかける。


「菜々緒は着替え持ってきてんのか?」

「持ってきてない……なにせ、善行相手に汗すらかかずにあしらえると思ってたから……」

「汗どころか、おしっこ漏らしてりゃ世話ねえな。あんま相手を侮り過ぎんのも良くないぞ」


「うん、わかった」


 兄さんにいいようにやられてしまい、菜々緒先輩は幼児退行とまで言ってしまうと言い過ぎだけど、怖いくらい兄さんに素直に心を開くようになっていた。


「若葉ごめん、菜々緒に着替えを貸してやってくれるかな?」

「はい、構いませんけど……」


 私は涙目で兄さんをすがるように見つめる菜々緒先輩が普段気丈に振る舞ってるギャップと相まってかわいく思えてしまうと同時に、兄さんに優しくされる彼女にいてしまう。



――――お風呂場。


 まだ涙目な菜々緒先輩を伴い、屋敷のメイドさんに彼女を任せる。


「菜々緒先輩をお風呂にご案内願います」

「かしこまりました、若葉お嬢さま」


 養子に入った当初はもらわれ子ということもあり、メイドさんたちは私のことを見下していたけど、兄さんが猛抗議して「私に対する態度を改めない者は解雇する」と宣言して以来、彼女たちは私を敬うようになっていてくれた。


「ごめんなさい、こちらをお願いします」

「す、すまない……粗相そそうをしてしまって」

「いえいえ、構いませんよ」


 ビニール袋に入ったびちゃびちゃになってしまった袴と胴着。そちらをランドリー専門のメイドさんに預ける。先輩は恥じ入るようにメイドさんに謝罪していた。


 気丈に見えた先輩だけど意外打たれ弱いんだと思った。弱ってるところに兄さんが優しい言葉をかけたら……飴と鞭で先輩はコロッと兄さんに転んでしまうとか、心がさわつき不安が横切ってしまう。



 先輩をメイドさんたちに任すと兄さんが脱衣場の前で立っていて、私に声をかけてくれた。


「ありがとう、若葉」

「いえ、構いません。あのくらいのことなら」

「それよりも若葉、大丈夫か?」


「問題ありませんから……顔を近づけないでください……兄さんにべたべたされると気持ちが悪いです……」


 手が当たったのは、わざとじゃないんだろうけど菜々緒先輩は私たち兄妹につらく当たることが多く、兄さんが私の腫れた頬を心配してくれていた。


 でも世界でいちばん格好よくなった兄さんに見つめられると恥ずかしくなって、照れ隠しで悪態をついてしまう。


 そんな自分がキライでしょうがない。


 兄さんは妹だから、もらわれ子が哀れだから、私のことを心配してくれているだけ……、本当は私のことなんて好きでもなんでもないのかもしれない。


 だけどいつも微笑んでいて、私がいくら悪態をついたり、蔑んだ言葉を投げかけても怒ることのなかった温厚な兄さんが私のために女の子に手をあげようとするくらい怒ってくれるなんて……信じられなかった。


 以前は菜々緒先輩の言いなりで彼女にしごかれ、いつも青色吐息。あるときなんて、「豚の善行っ、稽古を終わって欲しくば、ブヒーって鳴いてみろ」と言われ、優しいだけで泣く泣く豚の鳴き声を出して従っているプライドの欠片もないような人だったのに。



 兄さんと一度別れて、部屋に籠もると私は兄さん好き好きモードになっていた。


 いつも兄さんと顔を合わせていて、よけいなことだけは言えるのに肝心な想いはなにひとつ伝えることができず、もどかしくてたまらない。


 私みたいな暗くて冴えないもらわれ子が兄さんに好きって言ったら、ぜったい戸惑うよね……。


 そう思いながら兄さんに似せて作ったぬいぐるみを強く掴んだ。さすがに等身大とまではいかないけれど、抱き枕としてはちょうどいいサイズ。兄さんにぶつけられない激しい感情を私はぬいぐるみにぶつけていた。


 ああ……ごめんなさい……兄さん。兄さんを前にすると恥ずかしさのあまり素直になれなくて、照れ隠しであんな悪態をついてしまう。私……かわいくなんてないのに、かわいい、かわいいと兄さんから連呼されたら勘違いしてしまいそう。


 それにあのすっかり逞しくなられた身体を見るたびに私の心と身体が火照ってしまって、どうしようもなくなっちゃう。


「あっ、あっ、あふうーーーん!!!」


 ぬ、ぬいぐるみの手を下半身に押し当てただけで、こんなにも興奮しちゃうなんて……。


 頭を撫で撫でしてもらって、おっぱいも大事なところも触れて欲しい。


 兄さんが恋しくて、寂しくて、身体から漏れた手にべっとりとついた私の涙。もし兄さんに直接触れられたら、私……どうなってしまうんだろう。


 いいえ、流れに任せればいいのよ。


 もう中学生も卒業したのです。


 私の初めてを兄さんにもらってほしくて、枕を作りました!


 YES、NO枕に似たものです。私が欲しいものはお店には売っていませんので、作らないとなりませんでした。でも兄さんとの熱い一夜のことを妄想しながら、作る作業は胸がドキドキしてきて下半身に疼きを感じて慰めながらでしたが、とても捗りました。


 私の大事なところみたいなピンク色の生地に、兄さんにもらわれて、破瓜で流れたような真っ赤なハートマーク……その真ん中にYESというワッペン。


 もちろん両面ともYESです!!!


 兄さんが私の部屋を訪れ、さまざまシチュエーションで求められるままに……。や、やだぁ……手が勝手に……だ、だめぇ、に、兄さん……そんな触れちゃらめぇぇーーーーッ!


 はぁ、はぁ、ベッドでぐったりしていたら、アンティーク時計にふと目がいくと、30分も経っていた。



 そろそろ先輩がお風呂から上がられる頃。下着が湿ってしまい、気持ちが良くないので彼女と交代でお風呂に浸かろうと思っていたら……。


「なっ!?」

「し、師匠ぉぉ……、だ、ダメな私にお稽古をつけてくださぁぁぁい」

「なにを言ってるんだよ、菜々緒!」


「あっついぃぃ……ほら早く早く。師匠のクーラーの効いたお部屋でぇぇ、二人っきりで秘密の特訓しましょ」


 まさか、そんな!?


 あの兄さんをウジ虫のように毛嫌いしていた菜々緒先輩が浴衣を羽織り、まだ髪も下ろしたままで乾いてもいないのに兄さんの前でわざとらしく胸元を開き、スリットからすらりとした足を見せ、いやらしくすり寄り甘えた声で誘惑していたのです。


 なんてことなの!?


 兄さんを指導というより、いじめていた菜々緒先輩があんな猫みたいに従順になってしまうなんて……。


―――――――――――――――――――――――

だ、大丈夫だよね? おしっこですよ、おしっこ。ちょっと滑り気があるかもしれませんけど。善行、入学前から先輩で卒業か!? 良かったら、フォロー、ご評価お願いいたします。

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