第6話 だいたいは戻れないモノだ

人の姿になったのは失敗だった。

いや

問題が早目に分かったと言う点では良かったのだ。

結論から言うと人の姿だと人間なのだ。


そらそうだ・・・言い方を変えよう。


人の姿だと悪魔の力がほぼ使えないのだ。

翼が無いので飛べない。

あの圧倒的な身体能力、腕力、脚力、聴覚、視覚などなど

人間の領域を遥かに上回る悪魔の能力が軒並み普通の人間レベルになる。

心細い事この上ない。


道中の合間に試しにハンスと軽く組手をしてみたが軽くのされた。

倒される際、地面に転がってる石のせいで怪我までした。

悪魔状態では考えられない防御力の低さだ。


あまりの痛みに激昂した俺は即座に悪魔化して反撃に移ろうとし

ヴィータに聖刻で止められた。

これはヴィータに感謝だ。

悪魔の力ではハンスなど軽く八つ裂きにしてしまう。


この事件で発覚した問題点とは

一つは痛み、恐らく恐怖などでも人間化が自動で解除されてしまう点。

これが街中などで発動するのはいただけない。

もう一つは、悪魔から人間には意志で実行出来るが

その逆が出来無かったのだ。


恐らく悪魔の姿を俺自身が正確にイメージ出来ていない為だ。

この体になって間もない上、真ともに鏡を見た事も無い。

つか、鏡が無い。

俺が俺の姿をイメージ出来ないのだ。


自動発動に頼り、痛み、恐怖などの生命危機を一々自発的に行うのは

非効率もいい所だ。

そもそも自発的にした場合、心の対処が先に出来ているので

発動するかどうかも怪しい。

更に人間状態で受けた傷は悪魔化した後も傷として残っているのだ。


戦闘面以外でも問題は多い。

食事、排泄、呼吸など人並に必要だし、なにしろ疲労も凄い

宮本たけしは工場勤めで肉体労働者だが長時間移動は慣れていない

歩きっぱなしはキツい、更に日差しがヤバい。

冷房が完備された工場内だったので日光に耐性が無い。


移動で真っ先にバテた。

10歳程度の女の子より体力が無いなんて

プライドが許さないので頑張ろうとしたのだが

無いものは無いのだ。

恐らく熱中症と日射病が併発したのであろう。


ぶっ倒れてしまった。


木陰で休ませてもらっている間に聞こえたハンスとヴィータの会話から

分かったのだがヴィータは人間状態がデフォ。

つまり俺で言う悪魔状態なので外見とは違う身体能力を有しているらしい。

先に知っていれば無理しなかったのに、頑張って損した。

ただ、悪魔状態の俺とは違い、かなり人間に近い性能らしい

食事その他が必要だそうだ。


体感して理解した、悪魔は生き物では無い。

この星の生命の理

産まれ、食い、成長し、生殖し、老いて死ぬ。

そういう環から外れたモノだ。

肉体はあるが肉や骨で出来ているのではない。

恐らく正体は魔力とか、妖力とか、そんな感じのエネルギー体で

それが、土くれ等を縫い合わせて形をなしているだけ

形を変えるが新陳代謝ではない。

血も流れていない。

呼吸はするが、肺は機能していない。

肺では無いかもしれない。

空気を貯め、また出す為だけの袋的なモノは入っているっぽい。

酸素を必要とする細胞は無いのだ。

じゃなんで呼吸するのか

恐らく発声の為だ。

会話用に空気と声帯が必要で人のそれを模しているのだ。


なので麻痺などの神経性の毒は効かないと思われる。

酸、腐食系の毒は物理攻撃として効くかもしれない。


対人コミュニケーション以外のメリットが人間状態に存在しない

むしろ危険性の方が高い。

自由意志で人から悪魔に即座に変身出来る様になる。

これは必須だ。

更に欲を言えば、人間状態でも悪魔の能力を使用出来様にならないだろうか。

それが出来れば超人の誕生だ。


休んでいる間にそう考えを纏めた。

早速やってみよう

即実行だ。


倒れていてもイメージは出来る。頭の中で悪魔の姿を

力強くイメージする。


そこで思いついた。掛け声だ。

大学時代に太郎と話した、魔法の呪文に関する考察を思い出した。

声や音に意味があるのでなく脳内に展開されるイメージに意味があるのだ。

これを確固たるモノにするため言葉を利用していると言う推論。

言葉に頼らず、また言葉にするより速く脳内にイメージを構築出来れば

無詠唱の魔法が可能になるという理屈。


何かのアイテムでもいい。光るペンみたいなのとか

赤い変な眼鏡とか、ソレを使えばソノ姿になる。

これを強烈にイメージ出来ればイイという事だ。

ポ-ズでもいいのか。

風車の付いたベルトが無いが、あの一連の動きは出来る。


これだ。


俺は倒れた状態のまま鼻の穴を極限まで開き

あの腕の動きを再現し、掛け声を掛けた。


「変っ 身!! トゥ!!」


しばらく待っても何も起こらない。

ひばりだろうか。遠くでのどかな鳥の鳴き声が聞こえる。


失敗した。


変わらなかった。


ハンスとヴィータが何事かと

こちらを心配そうに見ている。

いや

冷たい視線かもしれない。

が。怖くて見れない。

やめて見ないで。


「既に変身しておるじゃろが」


ヴィータが普通にそう言った。

そうですよね。

俺の場合は人間が変身状態ですもんね。


 恥ずかしさに悶え転がりまわる俺を見て

何がしたかったのか察したであろうヴィータが聖刻を使った。


「人化解除」


その瞬間で俺は悪魔になった。

転げ回るとハンスやヴィータを押しつぶしてしまいそうで

危険なので即座に回転を止め正座する俺。


「それって・・・自発的に出来ますかね」


「聖刻で出来る事は何でも可能じゃ、逆に言えば不可能な事は

聖刻を用いても出来ん。能力の限界値を超えさせる術ではない」


来いと言ったらワープしてくるチート能力では無いようだ。

回数制限も無い。

ちなみに人化しても聖刻は消えずに残っている。

なぜかハンスが聖刻を羨ましがっているようだが

ヴィータはハンスに刻む気は無いようだ。


結局

変身は俺の勘違いだった。

悪魔の姿が真の姿なのでイメージは必要無かった。

ただ掛け声はいいアイデアだったので

「人化」「開放」で人と悪魔を自在に切り替える事が

夕方頃には可能になった。

冗談で「蒸着!!」と言ってみたら

そこいら辺の金属粒子が表面にコーティングされ

何やら経験値高目で逃げ足の速そうな悪魔になった。

薄い皮膜なので防御力も期待できず

動くとパリパリ音がしてボロボロ剥がれ落ちるし

光が反射するので無駄に目立つと


デメリットばかりだった。


若さってなんだ。


ヴァータは腹を抱えて笑ってくれたので、

それだけは

・・・まぁ良かったのかな。



出展

蒸着:振り向かない事さ

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