第50話 良い隠れ場所

ステンドグラスを通して差し込む

鮮やかな色彩とは正反対に

濁った色の皮膚を持つ者が四肢を鎖に繋がれていた。


それは明らかに人間では無い。

頭には山羊の様な角を生やし

背には蝙蝠の様な翼

猿の様な下半身そして尻尾。


悪魔であった。


その悪魔は鎖に繋がれるがまま

ぐったりとしていた。

身じろぎもせず

ただ繋がれていた。

死んでいるのでは無い

それは聞こえてくる声で分かった。


泣いている悪魔。

その原因と思われる死体が

彼の足元にいくつか転がっている。


訂正しよう。

一つはまだ息があった。


「ア・・・アモン・・・。」


身じろぎもしなかった悪魔は

弾かれた様に顔を上げた。


「ナナイ!」


ナナイと呼ばれた者。

恐らく女性であろう。

はっきり判別出来ない程

酷い暴力が施されてしまっていた。


「さ・・・最後に、もう一度

抱いて欲し・・・かっ・・・」


最後の方は聞き取れなかった。

息絶えたのだ。


ナナイの死にアモンは吠える。

鎖を引き千切らんと必死にもがいたが

彼の皮膚が破けていくだけだった。


正面の扉が開いた。

一人の男がゆっくりとアモンの前まで

歩み寄って来た。


その男の手には、60cm程度の

長さの何かを持っていた。


入って来た男を見ると

アモンは怒りをぶつけた。


「ヨハン!テメェ裏切ったな」


ヨハンと呼ばれたその男は

豪華な聖職者の衣装を身にまとった

大男で年齢はその服装には

似つかわしくない程、若かった。


ヨハンは繋がれたアモンを

ニヤニヤと見ている。

その醜悪極まる表情もまた

衣装とは似合っていなかった。


「裏切った?そいつは違うな

俺ぁ最初っから神側だぜぇ」


アモンは悔しさに満ちた表情になった。

彼の顔にも酷い暴力の跡が見て取れた。

しかし、その超絶美形なイケメンマスクは

そんな状態でも美しさを損なっていなかった。


「良い隠れ場所って・・・教会本部じゃねぇか」


いかなる悪魔もそこでは無力になる。

下等な悪魔ならば、居るだけで崩壊してしまうだろう。


「ああ、良い場所だよ。俺・の・な」


高らかに笑いだすヨハン。

敗北に項垂れるアモン。


「・・・ババァルは・・・

ババァルは、どこだ・・・

どこに連れて行った」


「ババァル?ああ、一部でよけりゃ

ここにいるぜぇーーアハハハハハ」


ヨハンが手に持っていた長い物

それは女性の腕だった。


細く白い美しい腕

白魚のような指。

アモンはそれを見間違える事は無い

間違いなくババァルの腕だ。


教会本部内の拷問部屋

二人の男の

狂った様に響く絶叫、

狂った様に響く笑い声が

これから始まる惨劇の

開始のファンファーレだ。



「なんて事になったらどうする?」




良い隠れ場所まで移動する最中ヒマだったので

予想される最悪の事態を

小説調に皆に語って聞かせたのだが


大不評だった。


「兄貴、俺はそんなに信用無いのか・・・」


「俺はどうなったんすか」


「わわ私がいつお前に抱かれたというのだ!」


「俺はどうなったんすか」2


「影の中でも、対象がどこに移動中か

把握出来るでござるよ。教会に入る前に

対処するでござる。」


「俺はどうなったんすか」3


「腕は右ですか左ですか?それ以外は

どこに行ったのでしょう。不安ですわ」


「俺はどうなったんすか」4


「兄貴、後、教会に拷問部屋なんて無ぇから」


「俺はどうなったんすか」5


「誰が超絶美形だ。よくそんな事が言える。

オリジナルのアモンでもそこまで恥知らずでは無かったぞ」


「俺はどうなったんすか」6


俺はクレームの嵐が聞こえない様に耳を

塞いで、早く着かないかなと思っていた。


俺の想定した最悪の事態になる事は無く

無事に安全な隠れ場所付近に到達した。

もう出ても大丈夫とヨハンの言葉に

建物到着目前で俺達はチャッキーの影から外に出た。


そこは聖都から少し外れた所で

治安も悪そうなスラム街だった。


「ここだ、拷問部屋じゃ無いから安心してくれ」


そう言ってヨハンは厳重なダイアル式の

鍵が付いた金属製の扉を開けると

そこはアジトとか秘密基地とか

表現して良い様な建物だった。


「うわっすっげぇ」


開口一番、チャッキーは声を出す。

俺も口笛を一つ吹いてしまった。

武器だらけだった。

拷問部屋とさして変わらない

物騒な部屋だ。


「素敵ですわね」


どこが

こういうのにトキメくのは男子ですよ。


「教会にも部屋はあるんだが

こういうのは置いておけなくてな」


何種類もの武器防具が所狭しと

ズラリとディスプレイされいる。

年代も種類も様々だ。

秘蔵のコレクションなのか


ヨハンに聞いて見た所

9大司教の「武」とは言ってみれば

軍事顧問で戦争の指揮はもちろん

兵の雇用・訓練・武装の選定まで

何でもやっていたそうだ。

そんな関係で自然と集まった

お試しサンプル軍団が、

このコレクション達だそうだ。


「拷問部屋の方が刃物が少ないんじゃないか」


嫌味に嫌味を返す俺だが

ヨハンは「違ぇ無ぇ」と一笑した。


「兄貴、ここへ寝かしてやってくれ」


質素なソファーへ俺を誘導するヨハン。

俺は抱きかかえていたゲカイを

そこへそっと寝かしてやる。


ソファーと対面に椅子がいくつか有り

間に低いテーブルを挟んでいた。

各自、適当に椅子に座る。


「どうだ様子は」


無事なのは俺の様子から察している様だ

ヨハンは俺にそう聞いて来た。


「問題無い、じきに目を覚ますだろ」


ゲカイはスヤスヤと寝ている。

まだ女性として主張を始めたばかりの

慎ましい胸が呼吸に合わせて

ゆっくりと上下している。


「こんな女の子が序列6位とはね」


あまりにカワイイので

つい頭を撫でてしまう。

そのほっこり感を打ち破る様に

ナナイとダークが驚く。


「何だと!」


「これが・・・ゲカイ殿でござるか」


二人にはあくまで俺の予想だと言った。

そう言えば名乗ってもいないし

本人に確認もしていないのだ。


「拙者が不覚と取ったゲカイをも討たれるとは

流石アモン殿ででござる」


そう感心するダークだが俺は

ダークに謝罪した。


「いや、ダークに偉そうに言ったが

俺も話し掛けられるまで全く気が付かなかった。」


「フッ、それで一位とはお笑ああああー」


ナナイは丁度、隣だったので頭を

思いっきり鷲掴みした。


「フム、こちらの感知系をも解除してしまう

程の力と推察するでござる。正直、嫉妬」


ダークは気配を消す為に修練を

かなり積んでいるそうだ。

それが特殊能力ひとつで簡単に上回って

しまうのだから努力が空しくなるそうだ。

スマン

俺もいい加減チートだ。

修練と呼べる程の努力はしていない。


「起きたら聞いて見るか、それより・・・」


俺は転移してきた理由を聞いた。

返事は予想通りだった。


「アモン殿の予想通りの事態だったでござる」


昨日の別れの際、俺はダークにいくつか助言を与えていたのだ。


「オーベルが死んだ振り作戦を申し出てきたでござるよ」


死んだ振り作戦

ババァルは悪魔へのエネルギー供給を

全停止が可能だ。

聖都でのバーストの必須である魔王死亡。

殺害に失敗しても、魔都で全停止を行い、

聖都の悪魔に殺害が実行されたと

思い込ませバーストを引き起こす事が可能だ。


「それだ、何故逃げる必要があるのだ

私には良い作戦だと思えるが・・・」


ナナイには助言していないのだ。


「そいつを説明する前にオーベルについて

言っておこうか。」


俺は皆に説明を始めた。


魔神13将序列5位「計のオーベル」

アモンサイクロペディアでは

最も多くの事が記載されていた魔神である。

いわゆる参謀で、自らは戦わない

それが彼の戦い方だ。

魔界においてもアモンには表立って

協力してはいない。

保守派から排除されてしまえば

役に立てないからと言う理由で

表向きは保守派だが影でアモンに

協力しているという立場だった。


これが曲者である。

アモンの改革が成功すれば

参謀・功労者として取り立ててもらい

失敗すれば、そのまま何食わぬ顔で

保守派に居残る事が出来る。


どっちが勝っても良いのだ。


「・・・まぁ賢いよな」


ヨハンは口では褒めているが顔は怒っていた。


「キッタネェやつだぜ」


チャッキーは怒りを露骨にした。


「気に食わん。敵でも味方でもゴメンだ」


「同意でござる」


魔神二人も同意見だ。

俺とババァルは普通の顔をしている。

ババァルはどうだか知らないが

俺は個人的には有りだと思っている。


会社でもいる太鼓持ち。

彼等を影でよく批判している連中が多いが

俺はそうは思わない。

力の無い者

仕事が出来ない

役職に就いていない

そう言った者が生き残って行くための

一つの手段だ。

好き嫌いはもちろん個人の自由だが

生きる為の戦い方として

そういう手段も有るのだ。

恐らくオーベルも戦闘力は最低の方なのだろう

だから策に依っているのだ。


「でだ、そのオーベルが考えそうな事なんだが」


表立って協力していない。

今回の魔王殺害も人間の手で行おうとしていた。

彼または配下は手を下していない。

いくらでもすっとぼける事が可能だ。

ナナイなどは、そうに決まっていると

激昂していたが、確たる証拠が無ければ

どうにも出来ない。


「死んだ振り作戦の実行がそのまま魔王暗殺コースだ」


そう言った俺に驚くナナイ。


「何だと?!」


「お隠れ頂いてと、そそのかし暗殺する

元々、魔力は全停止する予定だ。

供給が停止しても保守派は誰も騒がないだろ

ああ作戦が始まったのねと思うだけだ

絶好の殺害チャンスだよ」


「確かに・・・」


頷くナナイ。


「昨日の別れの際にその事をアモン殿に聞いていた

拙者は言われた通り姫様を避難させたのでござる」


「良くやったダーク」


俺はダークを褒めるが

ダークは言われた通りにしたまでと謙遜した。

感心した目で俺を見ているナナイ


ああ

止めて

ゴメン

うそなんだ

魔王殺害なんてしないかも

確信なんか無い

ただバーストを引き起こされたくないが為に

そう言えば、ババァルの保身第一の君達は

保護の為、必ず避難すると思って

それだけの為にでっち上げた

うそなんだ


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る