第2話 ある程度っていつ

外は夜明け前だった。

肌に伝わるひんやりと湿度を感じさせるこの空気が

夕方では無いと言っている。


多分だけど


先程まで居た洞窟は結構大きな

岩山の内部だった。


飛び出した入り口は山の中腹部辺り

今、居る場所からも小さくだが

目視が出来る。

2~3Kmは離れていると思う。


その入り口から追手が出て来ないのを

確認すると俺は赤子をゆっくりと

足元に下ろす。

バランスを崩さない様に布を摘まむ位置に

注意しながらだ。


赤子は無事な様子、

とういかスーッスーッと寝息を立てている。


「大物だな。さすが人類の希望・・・まぁ俺は人類じゃないんだけどね」


そう俺はアークエンジェル。

偉大なる神の使徒、人類の導き手。


しかし湖に写るその姿は、

先ほどまで一緒に居た悪魔軍団と酷似している。

というか一緒だ。

体型やサイズ、各部位に微妙な差はあるが

誰が見ても同じ種族と判断するだろう。


「どうしてこうなった。」


一時的に避難したのは岩山の

近くにあった湖のほとりだった。

近場で目立った場所が、

ここだけだったので飛んで来てしまったが

逃げるとしたら良くない選択だったのかもしれない。


もう一度山の中腹を注視し

改めて追手が来ていないのを確認する。

大丈夫のようだ。

とりあえず落ち着いて考えよう。


 俺は天使の上位種・アークエンジェンルで

ゲームをスタートしたはずなのだ。


大学時代の友人「佐々木太郎」から

届いたメールが全ての始まりだ。


卒業後、大手のゲームソフト会社に入った太郎

新社会人1~2年ぐらいは

ちょくちょく会って飲みに行ったり

遊んだりしたのだが

いつの間にか疎遠になっていった。


お互いもう27歳だ。


新人だった頃とは違い

仕事でも責任やら部下やらと

望まぬオプションが追加され

難易度は上がるのにトシのせいでHPが

下がっているというハードモードに突入する時期だ。


友人とはいえ、会う用事が無いのでは

疎遠になっていくのもしょうがない。


まぁ良くあるパターンだ。


俺は避けていたワケではない。

希望通りの就職が出来

やりたい事を仕事にできた太郎と違い

俺「宮本たけし」は、しがない工場勤め

内心ひがんだり、妬んだりしていたが

態度には出さない様に極力気を使っていたので

まぁ大丈夫だと思っている。

・・・バレてないよな。


それにメールを開くのをためらってるのは

ソレのせいだけじゃない。

タイトルが・・・

なんというかイヤな予感がしたのだ。


【お待たせしました。】


待ってねぇよ。

なに?

何か頼んだっけ??


えー、でも最後に会ったのだって数年前だろ

少なくとも一年以上は経ってるハズ

なのに、お待たせって・・・


結婚か?!

ついに小梅とゴールインか。

そう思いついて

もっとメールを開きたく無くなった。


大学3年の時

俺は小梅にフラれているのだ。

しかも、そのことがSNSで

あっという間に仲間に広まった。

正直、当時は自殺まで考えたものだ。


しかし、その事件がキッカケで

太郎と小梅は付き合いだしたのだ、

俺に気を使ったのか太郎は尽力して


「宮本は二人をくっつけるために泣いた赤鬼作戦に出た」


という

でっちあげを仲間に広めた。

どんなストーリーだったのか

当時の記憶は曖昧で思い出せないが

まぁ俺の自殺を食い止めて

くれたのは間違いない。


「ホントもう俺って鈍感すぎだよね。たけしには頭が上がらないよ」


そんな太郎のセリフを仲間も本当に信じたのか

そうした方が丸く収まると騙されてくれたのか

今となっては分からない

とういか知りたくもない。


そんな過去があるのだ。


その後、仲間達とも三人ででも

遊んだりは出来た。

当時は表にこそ出さなかった

俺は内心面白くなかった。

だが、今になって思えば

あのままボッチになるより

遥かにマシな青春を送れたのは間違い無い。


二人には感謝するべきなのだ。


そう思っていた。

いや

そう思い込もうとしていたのだ。

メールで動揺するのは

俺の中でまだその事が

消化しきれてないからだろう。


我ながら自分の矮小さに笑えてくる。


いつまでもPCの前で

固まっていても仕方がない。

どうせ見ないワケにはいかないのだ。

俺は意を決してメールを開いた。


内容は想像とは違った。

結婚では無く、

約束した俺たちの理想のゲーム

それが完成間近でテストプレイの

被験者にならないかという

お誘いだった。


俺たちの理想のゲーム・・・。

ナニそれ

なんだっけ?


確かに大学時代にゲームの話は

いつもしていたが約束なんてしたっけか?

思い出せんが

太郎がそう言うなら間違い無いだろう

うん


指定されたテストの日時は日曜日で休み

とりあえず予定もないので参加の旨を返信した。


そして当日、俺は太郎の会社の開発センターに赴き

受付でメールに添付されていたQRコードを提示し

案内されるまま会議室っぽい部屋で待機していた。


既に何人か座っており、ペアになっている。

ペアの片割れはみんなIDカード的なモノを

首から下げて、ノートパソコン開いて

何やら説明している風だった。


説明を受けている方がテスターだと思われる。

ゲームの中でこいつらとも会う事になるのだろうか。


「おおーたけしー久しぶりー」


部屋に入ってくるなり速攻俺を発見した太郎は

両手を広げ小走りにこちらにやって来る。


「おおー太郎、元気そうだなー相変わらずチャラいなぁ」


嘘では無い。

太郎は大学時代もチャラかったが

社会人になってからも普通のスーツは着ていなかった。

妙にパンツが細かったり

生地が麻とかだったり。

普通の量販店では売っていない

オシャレな感じを好んで着ていたのだ。


今も変わってない。

うん・・・チャラいよ太郎。


挨拶ハグが終わると太郎は隣に座り

理想のゲーム作りの歴史を

聞いてもいないのに語りだした。


俺は大げさに相槌を打ちながら

太郎の話から得たキーワードを頼りに

脳細胞のメモリーをCPUフルスピードで

検索し「理想のゲーム」を思い出そうと頑張った。

頑張ったんだよ。


無駄だった。

仕方がないので適当に話を合わせよう。


ゲームの仕様はこうだ。

感覚を完全に置き換える。

いわゆるフルダイブ型と言われるタイプの

インターフェイスを使用するタイプだ。


舞台は、これまた定番の魔法有り

異種族有りのありきたりな

中世ヨーロッパ風の世界で

神と悪魔が地上の覇権を掛けて

人間を自分達のサイドに従属させようと

しているという設定。

審判の日というリミットまでに

どちらの陣営が数が多いかで勝敗が決する。


プレイヤーはその戦争に加担するもよし

我、関せずと魚釣りだけしたりもよしと

自由だそうだが

積極的に戦争に参加した方が面白いに決まっている。


ここで俺は気になるポイントを太郎に質問していく。


「痛みとかどーすんの。」


フルダイブなので感覚も有るのだ。


「触覚までで制限。例えば腕を落とされると

切られた先は感覚なし切断部を軽く握られている程度かな」


俺は安堵した。


「でないとプレイできんわな」


「その辺りの感想も大事なんでね、終了後も協力よろしくね」


我慢強い人の大丈夫と

俺みたいな痛がりの大丈夫では

かなり差がありそうだ。


他にも気になった点

俺は太郎に質問していった。


「捨てアカで登録だけ大量して勝ちを狙うズルは?」


「キャラ毎にマイナンバーを紐づけしようと思う」


メールに持参してくださいと書かれたモノの中に

マイナンバーがあったのはその為か。


他にも気なった点は幾つも有ったが

全て事前対策が施されてあった。

まぁ俺が思いつく程度の問題だ

予想出来ないワケないか


色々と質問した後

キャラメイクに入る事になった。

太郎はノートPCを取り出し

俺からマイナンバーの書かれた用紙やら

クレジットカードを受け取ると

初期設定の作業を始めた。


俺はその間、誓約書?

事故の際には訴えませんよーみたいな書類に

言われるがままサインをしていた。


そうこうしている内にキャラメイクの

画面になったらしい。


「お待たせー。はい、どうぞ」


太郎はそう言うと

ノートパソコンを俺の方にずらす。

画面を見て俺は感心する。

もう写真並みにリアルなデフォルトキャラが

ゆっくりと回転している。


「すげぇなコレ」


「だろ。種族、性別の順で選んでね。あ、予定している製品版と違って

今回は上位種も最初から作れる様になってるからね。」


基本種族で、ある一定のレベルまで上げると

より強力な上位種に転生が可能になるそうだ。

もちろん上位種でキャラメイクを始める俺。


「たけしはやっぱり天使族選ぶねー」


ウンウンと頷きながら太郎は

俺の肩越しに画面を覗き込んでいた。


言ってろ。

俺は中二病だが黒い系は苦手なのだ


悪はやっぱり悪だし


善行は正々堂々と行い

キッチリ賞賛されるべきなのだ。


数十分後、キャラは出来上がった。

金髪、碧眼、細マッチョの中背

正義感溢れるイケメン。

背中の3対6枚の猛禽類の翼は

もちろん白色一択だ。

もうね

五人いたら間違いなく真ん中の

赤を担当するタイプ。

皮肉とか言わなさそう。

カレーばっかり食わなさそう。


一仕事終え満足感に浸る俺の

後ろで太郎はクスクス笑っている。

ほっとけや

好きなモンは好きなんだ。


ノートパソコンを俺から取り戻すと

データを移し替えているのであろう

短い作業の後

USBメモリを引っこ抜き太郎は言った。


「じゃあタンクルームに行こいうか。荷物も持って行ってね」


太郎の後に続きエレベータで地下まで下りる。

上の階が一般のオフィス風だったのに対し

地下室は正に研究所のソレだった。


なに

生物兵器でも作ってんのかって感じ。


少し廊下を進むと

とある一室の前で首から下げたカードを

ノブ付近のセンサーにかざす。

赤いLEDの光が緑に変わり

開錠の金属音が小さく聞こえた。


部屋は意外に狭くせいぜい六畳間程度だろう。

ど真ん中にSF映画でよく見る

冷凍睡眠装置みたいなカプセルがどーんと置かれ

配線やらパイプやらが壁際の装置に伸びている。


「一人用のポッド・・・か」


俺は声色を低音に振り

そう言った。


「脱出用じゃないんだけどね」


太郎は笑いながら答えて

この怪しげなカプセル。

アイソレーションタンクとかいう物の説明を始めた。


説明を受けながら俺は言われるままに

渡されたパンツ

自転車競技とかで履いてそうなのに着替える。


ぬるま湯位の温度の液体・・・

というよりスライムみたいな物体で満たされた。

カプセル内に仰向けで転がる。

濡れる様な感触はない

尻が沈み込んだが仰向けになると

丁度、体の半分位で浮いてる。


「コレうつ伏せになったら窒息しね?」


俺は頭に浮かんだ不安を口にする。


「・・・寝返りやってみて」


俺は寝返りを試みたが・・・・・

笑ってしまった。


「あ、できない!何コレ?えーなんで」


寝返りに必要な動作が全て空振る。

スライム液がある一定以上の圧を

受け止めてくれないのだ。


「あー淵を掴むの無しね」


じたばたもがく俺は液体でなく

カプセルという固体に足掛かりを求めたのだ。


うつ伏せになるには

最初からその姿勢になるように入る必要がある。

プレイ中にひっくり返る事はなさそうで安心する。


「心拍その他を機械が見てるから、一定値超えたら自動排出されるから安心して」


体術を駆使し寝返りを成功させようと

もがく俺に太郎はそう言った。


「諦めろって・・・貼るから大人しくしろよ」


意地でも寝返ってやろうと無駄な行為を続行する

俺を太郎は窘めコードが繋がったシールを

俺の体に貼っていく。


先ほど言った機械が見る

心拍その他のセンサーと思われる。


一か所貼る度に


「あっ・・?」とか「イヤぁ」とか言う俺。


我ながらキモいがお約束は大事だ。


相手にしたら負けなので

無言で作業を続ける太郎。


「しかし、こんなバカでかいカプセルを買わないとプレイ出来ないんじゃあ・・・」


作業しながら俺の疑問に答える太郎。

他のインターフェイスでもテストするらしい

他にも何人か居たしな


「これが一番精度が高いんだけどね。一般家庭に普及は無理だね」


「だな、宅急便の兄ちゃんもコレは怒るだろう」


カプセルのフタが閉まっていく。

準備が終わった様だ

さぁいざ異世界へ。


フタが閉まる寸前、太郎は言った。


「じゃ後は現地で」


「えっお前もやるの?」


フタが閉まってしまい

俺への返事は聞くことが出来なかった。


カプセル内は暗くなり五感は次第に薄れていく

目を開けているのか閉じているのか

立っているのか寝ているのか

どっちが上で下なのか

分からなくなっていく。


「これはちょっと怖いぞ・・・。」


閉所恐怖症なら暴れるぞ。

視界にぼんやりと浮かんだ輪郭が収束していき

太郎の会社のロゴマークが3Dで浮かぶ

それが霧のように散ると

同じような演出でゲームタイトルが現れた。


God Or Demon




出展


カレーばっかり:キレンジャーです。実はそんなに食って無い


一人用のポッド:ブロリーのセリフ


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