第3話 メニューが無い店とゲームなんて

湖面に写る自分の姿を改めて凝視する。

何度見ても同じ、変わってるハズは無いのに未練たらたらだ。


そこには醜い悪魔が居る。


「やめた・・・これじゃテンション上がんないわ。モチベ保てないわ」


何かの手違いかバグなのかは知らないが

ちゃんと天使で始め直そう。

俺はログアウトをする事にした。


「ええと・・・まず目をつぶって」


俺は太郎の説明を思い出す。

本来なら視界の端に半透明なアイコンが

常に表示されているハズなのだが

・・・それが無い。


最小化で見えない状態になってしまっているのだ。

そいつを復活させるには目を閉じた状態になると

視界の右下にアイコンが表示されるので

その辺りをフリックすると表示状態に復帰

メニューその他の画面が視界に表示されるとの事だった。

ハズだ


俺は瞳閉じて、会いたいのに会えない。J-POP状態になる。

ついでなので

背中の翼も広げてみた。


しばらく待っても真っ暗なままだ。

首を上下左右に動かしたりして

何か視界に引っかからないか試してみたが変化は無い。

見えなくてもアイコンはあるのかも知れないので

蚊でも払うような仕草で、右前あたりで手をヒラヒラさせてみる。


「これ、傍から見たら相当間抜けだぞ。」


しばらくチャレンジするがアイコンは表示される事は無かった。

他に何か方法が無かったか思い出そうと考え込むが

自発的には無い

メッセージなどが飛んでくればその表示は強制的に

表示されるはずだが、自分からは先ほどの操作でメニューを開かないと

何も出来ない。


「・・・メッセージ!!」


ダメ元で俺は発声してみた。

凛々しさを感じさせる低音気味の声でだ。


「セバスか・・・どうだ何か分かったか」


そこまでやったが、残念ながらメニューは表示されなかった。

ここで一つの仮説が思い浮かんだが、最悪の可能性なので考えないコトにした。

これはゲームで、ここは電脳空間なのだ。それ以外無いのだ。


「そもそもスタート地点からしておかしかったよな。」


太郎の話では各種族ごとの初期村、宿屋とか武器屋とか基本的な施設、

将来的には自宅も購入出来る様なる村に【始まりの広場】なる場所があり

(死に戻りもデフォルトで同じ場所)そこからスタート。

チュートリアルをしてくれるNPCが気さくに話しかけてくるハズだったのだ。


どうしたものかと、途方に暮れていると背後に気配を感じる。


脱出の時の飛行もそうだったが、この悪魔の身体能力はまるで今まで

その体で生きてきたかの如く違和感なく使用できている。

視覚外の物体感知も大体の大きさ形、どう動いているのかを

ハッキリと認識出来ている。

人の時とは確実に違う。


今の俺は【完全膝カックン耐性】を持っていると言える。


脱出から今まで洞窟の入り口には常に注意を払っている。

追手が出てきている様子は無い。


俺は湖側から接近者の方向、森側に振り返り、目を凝らす。

この悪魔の目は高性能だ。

仕組みは分からないが距離や障害物関係無しに対象を捉える事が出来た。


「男か・・・。」


そろそろ美少女が出てきて欲しいという俺の期待は裏切られた。

しかし、赤子を押し付ける事は出来そうだ。

接近者の服装は洞窟の司教のそれと酷似している。

縁取りの刺繍などが無いのと

・・・ミトラって言うんだっけ

上向いた嘴みたいな縦に長い帽子も長さが大分控え目だ。


思えばあの司教はかなり地位の高いやつだったのだと思う。

ビンの中身を飲み干して復活した司教は俺たちの脱出のために

何やら魔法を使い悪魔共の足止めに尽力した。


さっさと飛んで逃げたので

あの後どうなったのか分からない。

今も魔法で踏ん張っているのかもしれないが

多勢に無勢、時間の問題だろう。


司教の頑張りを無駄にしないためにも赤子をお仲間に渡してしまい

このお使いクエストはクリアって事で。


俺は寝息を立てている赤子の傍に腰を下ろして接近者が到着するのを待つ。


しばらく待っていると、そいつは茂みをかき分けて現れた。

服のせいで肥満度は分からないが、デブではない。

スラっとした長身で帽子を含めると2mいくんじゃあないかな。

しわの無い顔は若く、年齢は20~30代といった感じか。

目は開いているのか判断に迷う、いわゆる糸目なので瞳の色は無い分からない

少し受け口気味でアゴ族だ。

有名なプロレスラーを族長とするあのアゴ族の一員だ


間違いない。


「こんにちわー」


俺は出来る限りの最高笑顔で話しかける。

時間的には、おはようございますと言うべきなのだろうが

なんとなく

おはようございますは知り合いに向ける挨拶な自己解釈なので

初対面ではこんにちわを使ってしまった。

そもそも見知らぬ人に話しかける事自体、俺にとっては難易度が高い

人見知りというワケでは無いつもりだが、得意分野でもない。

だから工場勤めを選んだのだ。

営業とか絶対無理なのだ。


ここで言語について自覚した。


独り言は日本語で声になっていた。

日本語で考え日本語を話そうとして日本語が口から出る。

普通の状態だった。

しかし、今話しかけた「こんにちわ」は明らかに日本語では無かった。

日本語で考え日本語を話そうとして聞いたことも無い言語で発音している。


思えば洞窟内での会話もそうだった。

あの司教の言語は発音では知らない言語だが脳内では日本語で理解出来た。

なので今の俺の挨拶も相手には正しく理解されているハズだが

そんな事を確認出来る事態では無くなってしまった。


神父は俺の方を見るや否や、眼球がこぼれ落ちるのではないかと

心配したくなる程、カッと目を見開き絶叫したのだ。


「ピギャァアアアアアアアアアア!!!!悪魔だぁーーーー!!」


ちなみに瞳の色はブラウンだった。

神父は今来た道を脱兎のごとく戻っていく。

凄いスピードだ。


「やれやれ・・・でもまぁ・・・そうだよな」


気持ちの準備も無く、いきなり悪魔に挨拶された反応としては

あれで当然だとは思うが、こっちとしては少し傷つく。

礼には礼を返せよ。


「よっこいしょ」


神父には悪いが逃がすワケにはいかない。

俺は背の翼を展開し軽く飛翔すると、全力疾走中の神父に

あっという間に追いつき、襟首を掴んで持ち上げるとホバリング

そのまま地上50cmくらいに滞空する。


「あははははぅひっ・・・ひっ神よおお神よぉおお」


逃げられないと覚悟したのか神父はひたすら祈り始める。

ブルブル震えている。


「落ち着いてからでいいからさぁ、ちょっと話聞いてもらえない?」


返事は無く、だた神よ神よとブツブツ繰り返し必死に祈り続ける神父。

仕方がないので俺はそのまま落ち着くまでしばらく滞空を続ける。


しかし不快感が凄い

祈りって俺にとっては攻撃になるのか?


何分か経ち少し冷静さを取り戻した神父。

身の安全を保障すると何度も説得して

やっと話をする事になった。


ゆっくりと地面に下りると神父を開放する。

腰を抜かしているのか神父はそのまま座り込んでしまった。


「はい、こんにちわ・・・えっと」


宮本と名乗るのは変だ。悪魔軍団に言われた名前を思い出す。


「アモンと言います。見た目は悪魔ですが中身は人間だと思ってください」


「はい・・・あああの私はハンスです。見た目も中身も聖職者です」


さて、コイツから情報を取れるだけ取った後は

赤子を面倒みてもらわなくてはならない。

俺は慎重にゆっくりと洞窟内から今までの出来事を説明し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る