第57話 勇者登場

「それでは皆様御機嫌よう」


ババァルはゲカイ以外の魔神を連れて転移していった。


人間三人は深いため息をついた。

ヨハンはかなり参っている。


「しかし、まぁなんだ。こんなに

頻繁に魔王が現れるのに隠れ家って・・・。」


「いや、それは俺のせいだ。

ババァルは俺を指標に転移している

俺が居なければ聖属性の緩和が出来ないから

俺の居ない時には来れない安心しろ」


て、言ってる今も転移してきてもおかしくないが


「何か額がヒリヒリすんですけど」


「私もです。なんでしょうね」


チャッキーとハンスは額を気にしている。

落書きを消すのに実は結構手間取った。


「向こうがソノ気だったらウチら

全員皆殺しだったんすよね」


チャッキーも参っている。

時間停止に対する防御が一切無い

生殺与奪を完全に相手に握られているのだ

戦闘面に関しての事だけにキているようだ。


魔王以下魔神2名が乱入

捕えていた魔神が2名

一応協力してくれているが

本来は敵の魔神1名

で、俺だ。

人間3:7悪魔

この状況で安心出来る人間などいないだろう


「全部・・・兄貴のお陰だな」


力無さげにヨハンが呟く

お陰かもしれないが

完全に俺が巻き込んでいるとも言える。


「ていうか、俺のせいだな」


責めてもいいんじゃないかな。


「いいえ全てはアモン様のお力」


うーんゲカイちゃん

ここは人間慰めようよ。


「ですね。撤退もアモンさんの提案では」


打合せ通りにババァルは威厳たっぷりに

魔神達に撤退を指示したのだが

ハンスが鋭いのかババァルの演技が大根なのか

あるいはその両方か。


「いやぁアレは意外だったなぁ」


うーん、俺も大根だな。


「ま、兄貴がそう言うならそう言う事で

こっちとしては願ったり叶ったりだ

正直この二日間、頑張ってみたものの

途方に暮れていたのが正直な感想だぜ」


ヨハンが珍しく弱気だ。


「そんなに数いるのか」


「居ない場所は教会内だけだぜ」


「被害無しに戦闘出来るシチュエーションも

そう都合良く無いっす」


見つけても手が出せないのか


「まぁこれからは数が減るハズだから

それから再開する方が無駄が無いんでないか」


頷くヨハンとチャッキー。


「それにしても偽の俺が死んだ日が

何の因果か俺が生まれ変わった日と同じとはね」


「それでパウル様は武が空位だと・・・。」


ヨハンもハンスも感慨深気だ。


「女神に祭り上げられている人はどうなるっすか」


これだな。

悪魔共には放置でいいと言ったが

人間サイドとしてはそれは可哀想だ。

特に正義の人チャッキー君としては

救い出したいトコロだろう


「教会が保護している内は安全だが・・・。」


続く言葉を察したハンスが俺に続けて言った。


「騙したとして処刑も有りうるかと」


知ってはいたが

実際目の前でその悲劇の寸前まで見ていた。

現に俺が茶番を強行しなければ行われていた。

あの場所の空気をハンスは肌で知っているのだ。

そして俺が強行しなければ

処刑を善しとしていたかも知れない


この事を酷くハンスは後悔している。

と、ヴィータから聞いた事がある。

そんなんで敏感になっているのだ。


「その前に勇者を連れ来るから安心しろ

間に合わないば場合は・・・ゲカイ」


「ハイ」


「処刑前にその娘の存在の認識を解除して連れ出せ」


「・・・教会内には入れません」


あ、そうか


「処刑は教会では行いません

処刑場まで連行する間がチャンスです」


そうなのハンス君。


「だ、やれるな」


「ハイ、必ずや」


言ったものの自信は無さげな様子だ。

ここは嘘でいいだろ


「安心しろ、必ず間に合わせる」


勇者本人はもちろん捜索隊すら

どこに居るか分からないんですけどね


「ハイ」


ああ

信じ切った目で俺を見ているゲカイちゃん。

裏切れない

裏切りたくない

頑張れ俺。


その日は隠れ家で過ごし

翌朝、ハンスを乗せ俺はベレンに向かった。

領主とパウルを抱き込むのだが

例によって

なぜか例によってまた

戦闘を目撃してしまう。


なんで飛行中にいつもと思ったが

戦闘は毎日どこかで行われていて

空からの視点だと地上より

遥かに広い範囲で索敵が可能だからなんだと思う。


「ハンス君。ちょっと寄り道だ」


「何事ですかへーっくしょい」


「戦闘だ。悪魔が馬車を襲撃している」


「へーっくしょん」


その、くしゃみは了解って意味でいいのか

まぁどっちにしても行くんだけどね


森の中、行き止まりに追い詰められた

状態に馬車はなっている。

数名の下級悪魔が取り囲み

護衛と思わしき戦士は既に地に伏していた。

馬車から剣を持った物が

覚悟を決めて飛び出して来る。


俺とハンスはその時に悪魔達の背後に着陸した。

バリエアの時と同じ要領で半人化翼無しだ。


「なんだ男か」


剣を持って飛び出してきた者は男性。

まだ若い元の世界で高校生位じゃないか

金髪にマント、高そうな衣装。

王子様って感じ

いいかどうでも


「おい、念のため聞くが馬車の中に美女はいないか」


俺は悪魔の背後から馬車の上の王子様に声を掛ける。


「い・・・いませんが」


律儀に答える王子様。

残念だ。


「そうか、じゃあな頑張れよ」


俺は踵を返して立ち去ろうとする。


「アモンさん・・・。」


呆れるハンス。


「こっ・・・ここには居ませんが私には姉がおります。」


馬鹿野郎

そう言う事は早く言え。


「やるぞハンス」


俺は背中の創業祭を引き抜く。


「は・・・はい」


戦闘は10秒程度で終了した。

6体の下級悪魔の魔核は全て俺が切断した。

うん、昨日より剣技が体に馴染んでいる感じだ。


「ほぇー」


慣性を無視した俺の動きに

王子は信じられない物を見たといった表情だ。

人間離れしている

つか

人間じゃないからな

ハンスは倒れた戦士兼御者の手当てをしている。


その時、背中にプレッシャーを感じた。

脳内アラームが響く。

完全膝カックン耐性も物体を感知するが

索敵を逃れてここまで接近したって事か何者だ。

俺は振り返りデビルアイでその人物を捉える

同時に俺もデビルアイ・・・じゃないな

力の根源は異なるが同様の効果の走査を受ける。


「セドリーック!!離れて」


その人物は跳躍する。

こちらも人間離れした体術だ。

緑色の髪が後方に流れ

必死の形相だが美人だ。

瞬エッダちゃんかと思ったが別人だ。

なんというか失礼な言い方をすると

エッダちゃんをフォトショで美人に

加工したような感じだ。


「そいつは悪魔よ!!」


信じられない距離を跳躍する。

振りかぶる剣が

これがヤバい

銀色に輝いて

空気だけでは飽き足らず

空間も因果律もその軌道上にあるモノ

形が有ろうが無かろうが

関係無しに全部切り裂いている。

凶悪なレベルの聖属性だ。


エッダちゃんの槍と同等

いやそれ以上なのか

使い手の差か

とにかくヤバい

アレに斬られたら

然さしもの俺も冗談では済まない。

斬られた部分は力が通わなくなり崩壊する。

人間状態で斬られた方がまだ望みがある。


「っ待って、その人は」


気づいたハンスがそう叫ぶ。

以上の事実からこの人物が特定された。

こいつ勇者だ。

ガバガバだ。

この状況における

最適解は・・・斬られよう


これまでの戦闘で最も難易度の高いミッションだ。

死なないように斬られる。


跳躍を含めた剣の軌道を完全解析

人間の反射速度内で致命傷を避けて斬られる。

直前までは半人化で動きを補正

刃が体に入る、その時に完全人化

悪魔状態で受けたらヤバいが

悪魔状態で解析しなければ

致命傷間違いなしだ。

ズバー!!


「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!゛」


上手くいったかな

人間状態だと良く分からんが傷口が熱い

派手に血が噴き出す

きゃー

俺はもんどりうって倒れる。


「ガバガバ何て事を!その人は助けてくれた」


「騙されないで、こいつはあく・・・」


赤い血

勇者の剣を伝って

俺の血がポタリポタリと地面に落ちる。


「・・・え????うそ!!」


ガバガバが俺を見ている。

例の勇者アイで再確認しているのだろう

人間状態なので判断できんが

そうしているハズだ。

俺は叫ぶ。

ここは練習の成果の発揮どころだ。


「俺゛ば助゛げだだげな゛の゛に゛

どう゛じでぞん゛な゛

酷゛い゛ごどずる゛ん゛だよ゛!」


もう苦しむ苦しむ

元気じゃねぇかって位、苦しむ。


カラーン


ガバガバは俺の血が自分の手まで伝わって来た

タイミングで剣を落とす。

眼球が凄い速度で上下左右に動く

いいですね


「うそ・・確かに悪魔だった悪魔だったのよ」


ワナワナと震え耳を塞ぐ様な仕草になる。

先程の勇ましさの欠片も無い

ようし

とどめだー


「ぞう゛言っで何人殺じだーぁ゛ぁ゛

ごの゛人殺じがーぁ゛ぁ゛」


どですか藤原先生


「いやぁあああああ!」


今だ!!

ここが試すチャンスだ


俺は今まで自分に施された聖刻を解析し続けてきた

解除は出来ないが仕組みは知りたかった

同様の術が俺にも使えないかと

密かに研究を続けていた。

解析の結果、これは複数は不可能だ

一対一の術だ。

使う相手は厳選しないといけない

それが勇者なら願ってもない

ヴィータが俺にしたように

自分を滅する事が可能な相手が望ましい


俺は半人化し

俺への警戒。敵意が完全に消え

贖罪も辞さない罪悪感に捕らわれた

弱り切った勇者の心に聖刻

この場合は魔刻になるのか

を、付着した血液を媒介して打ち込む。


成功かどうかは知らない

気づかれる前に完全人化して

苦しむ演技を・・・

つか

ホントに苦しいや

ハンス速く助けて。

ハンスが倒れた俺の元へ駆け寄って来る。


「アモンさん!」


「早く治療して」


ここで小声になるハンス。


「大丈夫なんですか。崩壊しませんか」


「以前、ヴィータにもやってもらった事がある。

人間状態ならOKだ。」


ハンスは素早く圧縮言語での治療呪文に入る。

効果はすぐさま現れ、見る見る痛みが引いて行く

おぉありがとうハンス君。


「やるな。ヴィータ並みだぞ」


治療が終了し、額の汗を拭うハンス。


「いえいえとんでもない」


さて勇者は

どうなったかなと

ふと見れば

何あれ

何かリア充カップルが抱き合ってんですけど


「あぁセドリック。私どうしよう」


「大丈夫だよガバガバ。私の家の力で

人一人の死体ぐらい隠密に片づける

君の経歴にキズなんてつけさせるものか」


「あぁセドリック」


「ガバガバ」


何コレ

昼の一時ですか

つか王子様更新セドリックくん

恩人を隠密に始末するとか


気に入ったぞ


「おいハンスあれ焼き払っていいか」


つかハンス君や。

ガバガバ恋人じゃなかったのか

片思いなのか

どっちにしても酷い光景になるな

焼き払いをお願いされたらどうしよう


「まぁまぁ」


予想外にハンス君はニコニコしてる。

なんか保護者の視点だな。


「セドリック!」


「ガバガバ!」


俺は落ちたガバガバの剣を拾い上げ

キレイに血を拭いてやる。

そのついでに解析だ。

横を向き、ガバガバ側は人間のまま

陰の方を半人化させて片目デビルアイで解析を始めた。


刀身の解析は不完全だが

エッダちゃんの槍と同様の技術で

作成されている事は特定できた。

これも家に伝わる家宝とやらなのだろう。


「あ・・・これは大変失礼を・・・。」


正気に戻ったのか

セドリックがガバガバの抱擁を解き

俺に駆け寄って来る。


「恩人斬られたのに乳繰り合いか」


セドリックの顔に怒りの色が走る。

素直なイイ子だ。


「無礼に無礼を返した。これでお相子でいい」


俺はそう言うと剣をガバガバに渡す。

事情の説明はハンス君に任せた。


「アモンさんの説明はどうしましょう」


ベレンでの扱いと同じでと頼んでおいた

ガバガバには必要ならば後で個別に説明を入れよう。

久々に再開にハンスは嬉しそうな様子だった。

思えばずっとガバガバの身の安全を気にかけていたしな。

元気そうでなによりだ。

護衛兼御者も復帰したのでベレンに向かってもらう。

話の続きは馬車の中で行った。


「恩人に大変失礼をどうかお許しを私は・・・」


金髪王子様は本当に王子だった。

王以外はバリエアを脱出したとのことだったが

目の前のセドリックもそうで

彼は第二継承権を持つ本物の

バルバリス帝国の王子だった。


「なんと謝罪すれば良いか・・・もう言葉では・・・」


ガバガバはこちらの予想通り勇者だった。


「大丈夫ですよ。アモンさんは

もうお許しですから。それに

秘術で悪魔の力を行使される

世界で唯一のお方、悪魔と見間違えても

これは責められません。」


俺はそんな設定なのか

なるほど、これなら半人化で過ごしても問題なさそうだ。

よく考え着いたなハンス君。

それにしても

ハンスが甲斐甲斐しくガバガバをなだめる。

甘くないか。


「この力の件は内密に、ベレンでも上層部しか

知り得ないこの魔勇者たる存在。」


一同頷く

しかし

なんかハンス君はどうしても俺を

救世主に据えたいらしいな。

やる事は変わらんのでいいけど


「勇者、カルエルには会ってないのか」


俺は一番気になる事を聞いた。

勇者いわく、なんと、会っていない

故郷の村の前まで送り届けてもらったのが

カルエルに会った最後で彼女はそのまま

愛しい王子様の身の安全の為に

村には戻らず奔走していたそうだ。

爆破してやろうか

つか

太郎はどこで何をしてやがるんだ。


俺が打ち込んだ魔刻には

ガバガバは全く気が付いていない

まぁ、俺もヴィータが発動するまで

気が付かなかったので

このままスリープさせておこう


この「刻」なんだが簡単にいうと呪いだ。

掛けらる対象が相手を認識しつつ

かつ警戒を解いていないと成功しない

警戒、さして強固ではない防壁だが

それだけでも弾かれてしまう。

初見で成功させるのは、ほぼ無理だろう。


俺の場合は相手が赤ん坊という事で

全く警戒していなかった。


ガバガバの場合は悪魔と確信して

攻撃したら人間だった。

この異常事態に自らの能力への自信喪失と

傷付けた相手への良心の呵責から

俺への警戒が消えたのだ。


千載一遇のチャンスを活かせた。

なにしろ相手は俺を屠ることが可能な相手だ

保険があるに越した事は無い。


「では、まだ聖都は危機の最中なのか」


若く熱い王子は祖国の危機に

立ち上がりたくて仕方が無い。

三人で説得するが戻るの一点張りだ。


「何の為に脱出させたと思っているんだ

お前が死ねば、それこそバルバリスは終わり

なんだぞ。王の思いを無駄にする気か」


俺は怒った演技でセドリックを諭す。

拳を握りしめ悔しそうな表情ながらも


「分かった」


と言ってくれた。

うんうん、いいぞ

君はベレン領主への大事なお土産だからね。


「で、勇者には王子をベレンで保護した後

バリエアに向かって、向こうの悪魔討伐隊に

合流してもらいたい。」


力強く頷くガバガバ。

コイツの視線には何かの力が乗っかってるので痛い。

あんまり見ないで


「チャッキーだけじゃ不安だろうし」


俺がそう言うとガバガバはマジで驚く。


「えーっあの子が・・・不安だ」


本気で不安そうだ

チャッキー君よ・・・ガンバレ。

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