第41話 チャッキー三度

「兄貴、大変だ。チャッキーが」


風呂上りに果実の汁とミルクを混ぜた

特性フルーツミックスを楽しんでいる俺に

ヨハンは血相を変えて言ってきた。


「また、死んだのか」


今回は何もしてないぞ。


「大量の鼻血を出してぶっ倒れている」


覗いたな。


「だから止めておけと・・・。」


俺は風呂場まで戻ると殺人現場みたいな

状態になっているチャッキーの頭を

掴み脱衣場まで引っ張って来て

その辺に転がした。

一応デビルアイで走査し問題無い事を

確認すると、竹で組んだベンチに寝かしてやる。

全く人の至福の時間を邪魔しやがって


「兄貴・・なんだこの飲み物、氷が浮いてる」


当然こちらの世界には冷蔵庫は無い。

この時期に氷など

お目にかかれるハズ無いのだ。


「飲むか?」


俺は左手でガラス製のコップを

右手は冷却で氷を作り放り込むと

タムラさんが見学ついでに持って来てくれた

フルーツミックスの入った水筒を取り出し注いでやる。


「すげぇな創造の力なのか」


横で見ていたヨハンは驚いている。

悪魔光線に比べれば大した事ないのだが

それは本人にしか分からない事だ。


「何か凄い音がいたしましたが」


仕切っただけの脱衣場の向こうから声がした。

ババァルも上がった様だ。


「チャッキー転んだだけだ心配ない」


言わないでおいてやろう武士の情けだ。


「そうですの。後、良い香りがいたしますが」


そっちが本命の用件だろ。


「飲むか?服着終わったんなら持ってくぞ」


「いただきますわー」


俺は「何だこりゃ美味ぇ」とやたら驚いている

ヨハンを尻目にもう一杯作ると運び

そして全部溢しそうになった。

ババァルは服を着ていなかった。


「だからー」


俺は目を伏せながら床に飲み物を

置き脱兎のごとく撤退する。

ババァルはクスクスと笑っていた。


半人化で良かった。

俺もチャッキーの二の舞になる所だった。

さて、フルーツミックスの続きを味わうとするか

人化した瞬間、俺は大量の鼻血を噴き出し倒れた。

こういう仕組みなのか


復活したのはチャッキーと同じタイミングだった。

仲良く並んで転がっていた。


俺は掃除をしてから里まで戻る。

俺とチャッキーはヨハンの部屋に

ババァルは以前ヴィータが泊まった部屋に

泊まる事になった。


それにしても、女神と魔王が宿泊した宿って

なんか凄いな。


俺はヨハンの部屋で本命中の本命の

問題というか課題の話に入った。


「秘術・・・そればっかりは兄貴にも言えねぇよ。勘弁してくれ」


「そんな責任を負った奴は昼間死んだんじゃなかったのか」


困り果てた様子のヨハン。


「いや、マジでコイツは危険なんだ広まったりしたらヤバいんだよ」


俺はMP=寿命の話を振る。


「そうだ。兄貴は直に見てるだろ二つ使っただけで、あの有様だ。」


「神の行っている奇跡をそのままトレースなんかするからだ。

いいか、あいつらはこの世界のサイクルから外れた

別の世界の住人だ。

存在の力の制限が無い。それをそのままこの世界の者が真似すればああなる」


例えれば

人間が一本のロウソクで

残りの蝋を瞬間で燃やし通常ではあり得ない火力を出す。

これが教会の秘術だ。


神は蝋ではなく、この世界にノズルだけ

出した火炎放射器だ。

本体は元の世界に有り、こちらからは見えない。

火力も燃焼時間もロウソクとは比較にならない。

こちらの世界から見た時には小さな金属のノズルから

永遠に炎を上げている様に見えてしまう。


「だから寿命以外の力を元に奇跡を行使するんだ」


「その理論は大昔に在って、失敗したとの事だぜ」


「ヨハンは試したのか」


「いや・・・試そうにもどうしたらいいのか

全然、見当もつかねぇよ」


うーむ、自覚は無いのか


「お前、昼間の模擬戦で近い事を既にやってのけているんだが」


銀色のオーラ。

勇者の家系エッダちゃんも使っていた

アレと同種の力だ。


模擬戦の最中、デビルアイでじっくり

観察させてもらったが、あれは体内から

発生してこそいるものの、力の根源は別だ。


「銀色のオーラだって?」


やはり可視化までは来ていない。

エッダちゃんの場合は槍という媒体自体が

既に可視化出来る範囲まで強力なのだろう。


ここで寝ていたと思われたチャッキーが

割って入ってくる。


「俺おれオレそれ知ってるかも!!」


聞く所によると勇者の剣も輝くそうだ。

稽古中にそのモードになるとチャッキーでも

手が付けられない強さになるそうだ。

聖都内では「加護」と呼ばれていたそうだ。


「その通りだな。ヨハン、お前の拳はもちろん

体中にその加護が宿って攻守とも破格に上昇していた」


エルフの精霊は頭上にいて同じ様な事をしている。

特定の信徒には神の力が距離や時空を超えて

当人の力として行使されているのだ。


「え、でも・・・あの時の俺は神を捨てていた」


「お前が神を捨てても、神はお前を捨てなかったんだろ」


信頼、相手があっての関係だ。

一方的な都合で自由になる事は無い。


「つまりだ・・・えーと」


「あーーー俺喉乾いちゃったなー」


話を続けようとする俺の腕を引っ張るチャッキー。


「ちょっとアモンさんと飲んでくるぜぃ!」


強引に俺を部屋から連れ出そうとする。


「なななんだよ。一人で行けば」


抵抗する俺に囁きながら怒鳴るという高等技術を

使うチャッキーは言った。


「気ぃ利かせようぜ。しばらく独りにさしてやろう」


見ればヨハンはまるで女の子のように

両手で顔を覆い、肩を震わせていた。

あー

察し


「そうだな・・・ちょっと行ってくる」


俺達はヨハンの返事を聞かず部屋をそそくさと出て行った。


食堂にはタムラさんがいたので

また、フルーツミックスを水筒にもらうと部屋に戻る事にする。

途中でチャッキーが


「俺は神を信じていないが

神を信じている奴は信じる事にしたぜ」


などと意味不明な供述をしていた。

俺は「そうか」とだけ言っておいた。


部屋に入って大丈夫な状態かどうかを

確認するため、俺はデビルアイで

部屋のある樹木の外から調べる。


ヨハンは部屋外の扉前に立っている。

もう大丈夫な様だ。

俺とチャッキーは部屋に戻った。


「うわ、やっぱコレは上手いなぁ」


すっかり元通りなヨハン。

ミックスジュースがお気に入りだ。

チャッキーは飲み物よりも浮いている物体に驚いている。


「どこから氷が出て来たんだ!!」 


脱衣所では終始気絶していたのでチャッキーは初だ。


「この氷もさっきの話にも関わる事だ。

俺はコレも最終的には学べば誰もが

出来る【魔法】として定着させたいと考えている。」


俺はチャッキーの目の前でゆっくりと熱交換による

結露、そして氷に変化する様子を見せながら

追加の氷を作り、ガラス容器に貯めた。

金属性のトングもオマケで乗せる。


秘術をそのまま広めるのではなく

それを元に、より安全な魔法として

この世界に定着させるのだ。


「兄貴の居た世界では、みんな魔法を使えたのか?」


「いや、極一部の人間が作成し

その恩恵は一般市民に普及していた。

誰もが夜でも魔法の明かりの元で読み書きし

魔法の板で遠く離れた知り合いと会話していた。」


要するに科学技術で魔法では無いのだが違いを

説明するのは面倒だったので魔法で通した。


「そんなワケでまず最初に治癒の魔法だ

こいつを完成させる。」


破壊の力よりも、治癒ならば神父とて反対はすまい。

俺は夜なべで書き上げた懇親の一作【魔法陣】を取り出す。


ヴィータが行った治癒の奇跡を解析し

エンチャントインクで書き上げたものだ。


そいつをテーブルの上に広げると俺はチャッキーに言った。


「風呂場で出来たばかりの肘の擦り傷

そいつをここに乗せてみてくれ」


チャッキーは言われるがままに

羊皮紙に書いた魔法陣の上に肘をついた。


俺は完全人化する。

悪魔状態で聖刻から力を引き出そうとすると体が崩壊する。

人状態ならばある程度なら問題は無いが

強力な力だと、いつぞやの様に千切れ飛ぶ。

俺は聖刻からヴィータの力を借りる。

手を魔法陣に着け、力を注ぎこんだ。

銀色の光はインクに沿って流れて行き魔法は発動した。


銀色の光、元はヴィータの黄金の輝きなのだが

人の身体を介する事で変質、劣化と言うべきか

見た目には色が変わる。

その光は傷の部分を覆い。

擦り傷は見る見る修復されていった。


「おぉ成功か?!」


実際に行うのは俺も初めてなのだ。

興奮に声が少し震えた。


「すげぇ・・・コイツは凄いぜ兄貴!!」


 俺とヨハンはハイタッチをした。


「ただ、問題があってな」


ギクリとするヨハン。


「やってから言うかよ兄貴」


「いや、危険な事じゃないんだ。

この魔法陣を使えるのは俺だけかな」


魔法陣に書かれた文字は日本語なのだ。

当然の事ながら、こちらの文字でないと

こちらの人は意味を理解出来ない。

言葉そのものに意味があるのでは

無いのだが、術者の脳内に強烈に

イメージを構築する為には

こちらの文字で描かなければならないだろう。


俺を含めたプレイヤーは日本語を話している。

しかし出てくる言語は聞く対象の理解出来る

言語に変換されて発音されている。

当然、こちらの世界の言語を知らない。

この仕組みで会話は問題無いが

読み書きとなると、脳が存在しない

紙とインクなのだ。

読めないし書けない。

ある程度は覚えて店のメニューぐらいは

読める程度にはなったのだが

魔法陣作成など遥かな高みにあるのだ。

俺はヨハンにそう説明し続けた。


「そこで、俺が読むから、ヨハン書いてくれ」


「ああ、お安い御用だが・・・兄貴

あんなオーラ誰でも出せるってわけじゃ・・・」


ヨハン自身も出してはいるのだが

本人、人間の目で視認出来るレベルまで来ていない。

発動する最低限度の魔力がどの位なのか

この術式で治療可能な傷のレベルはどの程度なのか。

研究はこれから始まるのだ。

今は人が魔法を使用出来た。

これは将来、誰でも出来る様になる可能性

その第一歩として十分なのだ。


俺はヨハンにそう説明した。

ヨハンも理解してくれた。


「兄貴、先は長そうだが、こいつがうまく行けば」


「あぁ、不幸は確実に減る。

死なないで済む人が増えるんだ。」


喜び合う俺とヨハン。


「よっしゃ、早速、書き写すとするか」


振り返るとチャッキーはまだテーブルの上に

広げた魔法陣の上に肘を着いた状態だった。


まさかな


「おい、チャッキーもう肘をどけてイイぞ」


俺はそうチャッキーに話しかけるが

チャッキーは微動だにしない。


今回は治癒だぞ

いくらなんでも

そこからは無理だろ

いくらチャッキーでも


「おい・・・チャッキー?」


「嘘だろ・・・。」


チャッキーは死んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る