第64話 勇者と決別
広大なぬかるみと多数の残骸が広がっていた。
堀は土砂に埋まり無くなっていたが
土台だった石垣の形から王城だった場所が分かる。
そこを起点にして方角と距離で
ヨハンの隠れ家があった場所で俺は着地した。
ここも同じだ
残骸が所々にあるだけのぬかるんだ広場で無人だ。
空が広い。
建物はもちろん
背の高い樹木も根を張った地面ごと
水で持っていかれるので残っていない。
生きている人は当然おらず
死体も見当たらない
水に浮き、建築物の残骸に比べれば
小さい人体は波に運ばれやすいのだろうか
皆、海に持っていかれてしまった様だ。
ガバガバにハンスを連れていけと
指示したが、これはもしかしたら
無駄になるかもだな。
近くで瓦礫が動いた。
俺はその場所にゆっくり近づくと
瓦礫の中から人が出てきた。
ヨハンだ。
さすが改造人間。
しぶとい
俺は左手にガラス水差しを生成
右手に冷却結露で水を集め注ぎ
そのままヨハンに渡す。
奪う様に俺から水差しを受け取ると
一気に飲み干すヨハン。
「よぉヨハンよく生きていたな」
「兄貴・・・か」
ヨハンは酷い有様だ。
泥だらけで外傷があるのか分からない。
飲むので無く、洗うのなら
地面由来の水でいいだろう
足の裏で塩分を除外して
水を集め、そのまま手から放水して
ヨハンの頭の上から掛けてやる。
冷却結露より早く大量に水を出せるし
何より冷却していないので
心臓がバクバクしないでいいだろう。
あ
風呂の水も
これで貯めた方が早いか
今度からって
エルフの里の風呂場は
もうぶっ壊れて無いんだっけ
いけないいけない
しっかりしないと
ヨハンを覆っていた泥が
落ちてキレイになった
俺は大気操作でヨハン周囲の
空気を回転させ、乾燥してやる。
お腹は空いていないかな
あ
怪我のチェックが先か
デビルアイで走査すれば
どっちも同時に出来るか
ヨハンはかすり傷程度だった。
栄養も枯渇していない
あの災害のなか全く大した男だ。
折角キレイにしたのだ
ぬかるんだ地面に座りたくない
俺は公園のベンチ風の長い椅子を作る。
俺は何も言わずに腰掛け
ヨハンも横に座り頭を抱えている。
健康状態に問題が無いので
精神的ショックによるモノだろう
俺はヨハンが何か言い出すまで待った。
ヨハンはやがて、ゆっくりと語り始めた。
「俺とチャッキーを守ってくれたんだ
周囲の水の流れを解除し続けた。」
解除?
あぁゲカイちゃんの話か
「でも、流れてくる瓦礫が建物を
ぶっ壊して、そのまま・・・・」
水の流れに限定したのだったら
多種類の素材になる
瓦礫の勢いは解除出来なかったか
「後は、分からねぇ。俺自身が
溺れない様に必死だった。
済まない兄貴」
謝罪だ。
俺に何を謝るというのだろう。
ヨハンに保護をお願いした覚えは無い。
「そんな話は後ででイイ。動けるなら救助を手伝え」
「な・・あぁそうだよな」
「助かりそうなのは片っ端から持ってくる」
俺はそう言うと各種センサー系を発動させ
二酸化炭素を排出している物
動いている物、気温より高い物を
最優先で感知するようにして低空飛行する。
「誰かー誰かいませんかー」
俺はそう呼びかけるが
返って来る事は無い
まるで末期のネトゲの様だ。
誰も居ないんだ。
悲しいな
海岸まで飛ぶと
居た
海に引きずり込まれていた様だ。
木材などに捕まって漂っている者。
既に沈んだ者。
俺は片っ端から捕まえては
海岸に置く
ひたすら繰り返した。
その最中、どこかで見た事の有る
布切れ、服の切れ端を見かけた。
忙しいので放置したが
後で思い出した。
あれはゲカイちゃんに買ってあげたドレスだ。
寸法直しは終わっていたのだろうか。
夕方になる。
その頃には勇者が参上した。
なんとハンスを背負って走って来た。
馬はどうしたと聞いたら
この方が馬より速いそうだ。
巡航速度70kmらしい
なんてデタラメな身体能力だ。
まぁ人の事は言えないが・・・。
日かが落ちてから馬に乗ったベレンの聖騎士団が到着する。
人手が一気に増えた。
海の捜索を終えた後はガバガバの瓦礫どかしを手伝う。
こいつ腕力もデタラメだ。
蟻が蝶を運ぶような構図で屋根とかどけちゃう
ただバカなのか強度を分かっていない。
持ち上げた瞬間
持っていた部分を残し派手な音を立てて
また落としたりしてる。
挟まれている人がいたらトドメを刺しかねない。
見かねた俺はデビルアイで解析し
柔らかいモノが下敷きになっている瓦礫を
指示しながら作業を進めた。
とあるトコロでガバガバがフリーズした。
「おい、指示を聞けって」
俺はそう言うがガバガバ拾った靴
片っぽしかない靴を眺め泣き出した。
涙の理由は直ぐに分かった。
というか、これは俺が先に気が付いても良かった物体だ。
その靴はチャッキーの靴だった。
あのダークの頭を直撃した靴だ。
よっぽど脱げやすいのだろうか
脱げないもう片方と何が違うのだろう
いつもこっちが脱げるんだな。
被害を免れた近隣の町からも救助隊が到着した。
海岸から少し陸に入った丘にキャンプが築かれた。
丘なので少し高く
泥のぬかるみを免れているのだ。
夜には捜索は打ち切られ
負傷者の手当てがメインになった。
俺はキャンプのテントには
入らず、直ぐ近くに砂を固めて
倉庫っぽい建物生成して
俺はそこに引っ込んだ。
デタラメな身体能力の勇者が
いるお陰と緊急事態という事もあって
俺が空を飛んでも、遭難者の場所を
探し当てても、こんな建物を一瞬で
生成しても騒ぎにはならなかったが
キャンプ内で休んでいれば
質問攻めの可能性がある。
そういうのの相手をする気は無い。
床はワザと高くして階段もハシゴも付けない。
気軽に入って来れない。
物理的にも敷居が高い建物だ。
だが
勇者にしてみれば何でもない
簡単に入って来やがった。
「先程はお見苦しい所を・・・」
一見、丁寧だが
入ってもイイですかをすっとばしてる
やっぱりこいつどっかおかしい
まぁイイけどさ
「いや、見苦しい事じゃない」
俺は振り返ってガバガバをみたら
今、見苦しいよ
超泥だらけ
俺は砂とか泥がうんざりだったので
この高床式倉庫を作って篭ったってのに
一瞬で台無しにしやがった。
そっちが人の許可を何にも取らないなら
こっちも聞かないからね。
俺はヨハンにやったのと同じ要領で
ガバガバをウォッシュしてやった。
くそ
泥が取れたら美人だな。
「なんて便利な。これがあれば
一生テルマエに入らなくても」
「入れよ」
お前それでも女か。
俺はガバガバに茶を入れてやるついでに
テーブルその他を生成する。
蝶番など強度が必要な物は金属で
それ以外は海岸の砂を固めた。
「あぁこれは有難い」
余程喉が渇いていたようで熱い茶にも関わらず
グビグビ飲んでいる。
熱耐性も高いんだな。
熱い
そういえば聖刻を刻まれた時もやたら熱かったな。
1000度でも何でもない体なのに
あの熱さは熱でなく
聖属性の効果だったんだな
あ
聖刻で二つ用事があったな
一つ先に済ますか
「ガバガバ、用は済んだのか」
「いえ、用というか魔勇者殿と少し話が出来ればと
思って、邪魔ならば退散します。」
「俺にもお前に用があるんだ。退散はその後にしろ」
一足飛びで倉庫から出て行こうとするガバガバを引き留める。
「私にですか・・・。」
「そうだ、お前に刻んだ刻印を解除する。もう必要ない」
「刻印??」
『これだこれ』
俺は音声で無く魔刻からそう告げた。
分かって無いのかこのバカは
「ブェ?!神さま?」
刻んだ経緯を説明し無断で失礼な事をしたと謝罪した。
ガバガバは謝罪を受け入れなかった。
「いえ、失礼など、失礼なのは自分の不甲斐無さです。」
ん
何言ってんの
バカのいう事は分からん。
黙っている俺に構わずガバガバは続けた。
「魔勇者殿はこの災害を予期されていた
しかし、この事を事前に話しても
信用得るのは難しい。そこで
このような手段で刻んだのでしょう
このお陰で愚かな私でも幾ばくかの
命を救う事が出来た。」
んー勘違いしてるな
面白そうだから
このままゴー
俺は知的にクールにいってみるか
「いかなる事情があれ、尊厳を損なう
粗暴な行いだ。謝罪と解除を行いたい」
「分かりました許します。その上で
これはこのままでお願いしたい」
「・・・継続する意味は無いぞ」
「何を言われる。これから起こる
魔王との戦い、我々の連携は」
ガバガバの言葉を遮る様に俺は言った。
「だから、もう必要無いんだ!」
しまったデカい声になった。
言ったソバから感情的になってしまった。
ガバガバがビックリしている。
いかんいかん
クールにクールに
「魔王はもう居ない」
何だコレ
口にしたら胸がすんごい痛い
後で独りの時に人化して泣こう
「な・・・なんと?」
「ガバガバも東の炎を見たろう
あれで魔王含む魔神のほとんどは滅んだ」
「・・・・。」
「そして、この地震と津波で
聖都を襲っていた悪魔も滅んだ。」
俺の言葉にガバガバは腕を組んで考え出す。
「魔勇者殿が・・・違うな。
それでは辻褄が合わない。
私に刻印など証拠を残す行動はおかしい。」
あれ
何か頭良くなくない
こいつバカじゃないのか
「それに、あなたならむしろ阻止に動く
こんな無実の人を巻き込む攻撃を許す人ではない」
・・・やっぱりバカか
俺はそんな善人じゃない。
残念だな。
もっと早く会いたかった。
流石は勇者
世の為人の為に動くなら
お前と一緒ならどれ程、心強かっただろう
どんな恐怖も超えられる
勇気
正に何にも代えがたい特殊なスキルだ。
ハンスやチャッキーを見れば分かる
お前の言葉と行動は回りの人に感染して
プチ勇者を大量に生み出し
時代を変えていく
大きなうねりになるんだろう。
残念だ。
そういう戦いはもう決着した。
後はせいぜい
神を祝福するセレモニーだけだ。
やっぱり
誰も巻き込めない
これから俺のやる戦いには
誰も巻き込めない。
今の俺を動かしているエネルギー
バリエアの亡くなった人々の恐怖
この身体に蓄積された大量の怨念
そして何より俺の好きだった人達を
奪われた怒り。
それを燃やして行う俺の戦いは
八つ当たりやうっぷん晴らしと
同じ類の非生産的な
誰も喜ばない無益なコトだ。
そんな事をしても帰ってこない。
過去に捕らわれるな、前を、未来を見よう
などと
そんなセリフで諫める奴がいるが
そいつは自分に酔っているだけだ。
復讐者に未来は来ない
過去を過去にする為の儀式を終えるまでは
復讐者の時間は永遠に止まっているのだ。
残念だ。
本当に残念だ。
「魔勇者殿、あなたはこの惨劇の」
俺は
そこでまた
ガバガバの言葉を切るように言った。
「さよならだ。未来は頼んだぜ。
みんなによろしく言っておいてくれ
俺の最初で最後のお願いだ」
ガバガバが変な顔で俺を見ている。
今、俺はどんな顔をしているんだろうか。
俺はガバガバに刻んだ魔刻を解除すると
窓から足の裏重力制御で一気に飛び立つ。
ガバガバが何か叫んでいるが
もう話は終わった。
俺は夜空へと逃げた。
ちなみに
後の世では
この日が審判の日とされた。
違うんだけどね。
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