2ー7
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「勝てる……? ミズトくん、一体何を言ってるんだ……?」
叔父さんが謎の生物でも見るような目で、ぼくを見ながらそう言ったあと、ぼくはテーブルに座っているみかんと一度、頷き合うように目を合わせた。
それから今日起こったことを、全部正直に、ぼくが大人たちに話し始める。
みかんがわふなちゃんという女の子に騙されて、区域外れの山腹に軟禁されたこと。
それはぼくをおびき出して、ルキン共々生捕にするための、わふなちゃんの作戦だったこと。
これは予想だけれど、わふなちゃんは手下を使ってわざと起こした神かくし事件に乗じて、そうしようとしていたこと。
そのとき、ルキンが言葉を話し始めたこと。
ルキンとぼくは、みかんを救いに山腹まで行ったこと。
そこには空中を泳ぐ、ホオジロザメの化け物——多分クアットが待っていたこと。
そのクアットと、ぼくとルキンが闘ったこと。
ルキンの具現化法がわからなくて、苦戦したこと。
でもルキンのアドバイスのおかげで、どうにか勝てそうだったこと。
でもわふなちゃんが人質に取られた演技に騙されて、結局負けそうになったこと。
そして負ける寸前、みかんがぼくをかばって大怪我をしたこと。
両腕を食いちぎられて、死にかけたこと。
(そこでみかんのおばさんが、めまいを堪えるように額に手を当てたけれど、ぼくは続けた)
それでぼくが泣いて、偶然にもルキンを具現化させることができたこと。
誰かを思って涙を流すことこそが、ルキンの具現化法だったこと。
具現化したルキンは、圧倒的な大きさと強さだったこと。
しかもさっき叔父さんも言ったQUAという不思議なエネルギーで、みかんの怪我を治してくれたこと。
そのあとわふなちゃんが正体を現して、近いうちに必ずルキンを倒しに来ると宣言して地中に消えたこと。
ルキンいわく、わふなちゃんは人ではないかもしれないということ。
すべて話し終えたあとで、ずっと驚いた顔をしっぱなしの叔父さんが、やっぱり驚いたままの顔で言った。
「……悪い、ミズトくん。頭を整理するためにいくつか確認させてくれ。まずその、XX——ルキンが、しゃべったのかい?」
「うん」
「……。そして涙によって、黒いメガロドンのブラック・デーモンとなって具現化して、ホオジロザメのクアットと闘ったのかい?」
「瞬殺だったよ」得意げにぼくは言った。「ちなみに、そこの和金がそのホオジロだよ」
叔父さんは金魚鉢を手に取った。「これが……?」
「QUAを抜き取ったってルキンが言ってた」
叔父さんは金魚鉢を置いた。「……。それで、この敵の黒幕は、人間じゃなかったかもしれないというのかい?」
「ルキンが言うにはね」
「……。そして外の敵は、その黒幕の、手下だと……?」
「多分ね。またすぐに来るって言ってたから」
「……」
とそこでルキンが言った。
〈そうかミズ。サンシータが発信器だヨ〉
〈え? あの和金が?〉
〈QUAをたどってきたヨ〉
〈でも、抜き取ったんだよね?〉
〈ほんのちょっとは残ってるよ。完全に取ったら、失われるヨ〉
〈そうだったんだ〉
「あ、あと叔父さん」声に出してぼくは言った。「外のクアットたちは、この和金のQUAをたどって来たんじゃないかって、ルキンが」
「——ちょっと待て」
とそこでこっちをむいたお父さんが、片眉を跳ね上げながら叔父さんに尋ねた。「外の連中は、軍が寄こした物なんじゃないのか?」
「どのクアットも、ドッグタグを首に巻いていますから、軍の物に間違いはないと思いますが……」と叔父さんが答える。「ただ一度、確認した方がよさそうですね」
なるほど、あのシルバープレートは、軍所属を証明するドッグタグだったのだ。
とそれはさておき、ぼくはルキンが言ったことを叔父さんに伝えた。
「だったら、この和金に訊けばいいって」
せっかく普通の顔になっていた叔父さんが、また驚いた顔になった。
「確かにクアットは、高い戦闘能力とは別に、IQ7、80程度の知能を持っていると聞いているが……どうやってコミュニケートするんだい?」
ルキンが和金にしゃべるように命じると、和金は観念したように話し始めた。
〈お外にいるのは、ぐーんだけど、ぐーんじゃないノ〉
「しゃべった!?」と、もっと驚いた顔になった叔父さんが言った。
お父さんとみかんのおばさんもびっくりしているところからして、どうやら二人にもちゃんと聞こえているようだ。
ぼくは三人にルキンの言葉を伝える。
「念じ返せば、会話ができるって。声に出してもいいけど」
「……そうか。みんなに聞いてもらうためにも、今は声に出して話そう」金魚鉢を見ながら叔父さんが言った。「ぐーんとは、軍のことかい?」
〈そうなノ〉
「軍なのに軍じゃないとは、どういう意味だい?」
〈ボスは、ぐーんをとったノ〉
「とった? 乗っ取ったということかい……?」
〈なノ〉
「どうやってだい?」
〈しらないノ〉
「……そのボスというのは、人間なのかい?」
〈そうだけど、わからないノ〉
「見た目は人間だけど、わからないということかな……?」
〈なノ〉
「気を付けろ類くん」とそこでお父さんが言った。「こいつの情報を、鵜呑みにしていいというわけじゃないぞ」
「ええ、その通りですね。きちんと裏を取らなければ……」
と。そこでモササウルスたちがついに家を破壊しにかかりだしたのか、バーンという強烈な衝撃音が壁のいっかくから聞こえると共に、家全体がしばらくの間ビリビリと震えた。
けれどルキンいわく、壁と天井にQUAを張ったから、そう簡単には壊されないヨ、ということだった。
そのことをみんなに伝え終えた直後に、叔父さんのスマホが鳴った。
電話に出て話し始めた叔父さんの顔が、みるみる青ざめてゆくのがはっきりとわかった。
通話を終えたスマホを、白衣のポケットに入れながら叔父さんが言った。
「軍が乗っ取られたというのは、事実のようです……」
とそこで再びモササウルスたちが家を攻撃したのか、今度は他の壁のいっかくが衝撃音を放つと共に、また家全体がしばらく震えた。
「電話は、関係者からだったのか?」お父さんが叔父さんに尋ねる。
「はい。地球本部の、軍幹部からの連絡でした。敵の正体は不明ですが、何者かに扇動されたらしき、攻撃型のクアットを持つ火星軍の一団がクーデターを起こし、火星の基地は辺境のひとつを除き、すでに制圧されてしまったということです。よってこれまでの我々への命令はすべて廃棄。援軍が到着するまで、ミズトくんを死守せよということです」
「ぼくを? どうして?」ついぼくは尋ねていた。
「攻撃用のクアットをすべて奪われた今、対抗できる可能性を持っているのは、ミズトくんの中にいる、ルキンだけだからだよ」
「そんな……そんなの、ズルすぎるよ……」
「ああ、そうだね……」
モササウルスたちが今度は屋根を攻撃したのか、ドーンと上から降ってきた衝撃音と共に、さっき以上にビリビリと震えだした室内を見回しながら、お父さんが叔父さんに尋ねる。「じゃあ外のクアットは、正当なる敵なんだな?」
「ええ、そういうことになります」
「ねえ叔父さん」ぼくは言った。「てことはもう、ぼくらは自分からは、死なないでいいってことだよね? 処刑命令は、偽物の軍が出した、嘘だったんだもんね?」
「そういうことになるね。死の危険にある状況はまったく、変わらずではあるが……」
と。ぼくはわふなちゃんが、軍を乗っ取ったボスであることを確信した。
そしてまずは、でっち上げた神かくし事件に乗じてこっそりとぼくを捕まえて、具現化する前のルキンを利用しようとしていたことも。
だからあのホオジロザメは、軍のクアットだということを隠すために、ドッグタグが外されていたのだ。
ただ、具現化前のルキンとぼくを捕まえる計画は、ルキンが具現化したことにより、失敗してしまった。
そこで今度のわふなちゃんは、軍の力で堂々と、具現化したルキンとぼくを、抹殺しようとしているに違いない。
そう考えれば、軍がぼくらの処刑命令を出した時間にも納得できる。
わふなちゃんは、ぼくとルキンの捕獲に失敗したあとで、軍越しに、ぼくらの処刑命令を出したのだ。
ぼくだけならまだしも、お父さんや叔父さん、そしてみかんのおばさんや、みかんまでをも巻き添えにして。
くそ、そんないいように、されてたまるもんか……。
そんな想いがふつふつと、お腹の下のあたりから湧き上がってくるのを感じながらぼくは言った。
「叔父さん。だったらぼく、闘うよ。ルキンと一緒に」
「だが、死ぬかもしれないんだぞ?」引きつった顔で叔父さんが言った。「あの数じゃ、いくらブラック・デーモンだって厳しいだろう。だからここはおとなしく、援軍の到着を待った方がいい」
「それまで、持ち堪えることができるの? 軍が来たら、外のクアットたちに絶対勝てるの?」
「……可能性は、あるさ」
その言い方から、叔父さんが勝てないと思っていることが、はっきりとわかった。
でもそれは、意外でもなんでもないことだった。
なぜならクアットは、『兵器』なのだ。
これまでの武器と戦闘を凌駕する目的で造られた、最新で最強の兵器なのだ。
だいたい普通の武器で勝てるというのなら、ルキンを持つぼくを、保護したりする必要なんてないはずなのだ。
ぼくは大きく息を吸った。「ぼく、やっぱり闘うよ。ひとりででも」
「ミズトくん……」
「そもそも、ルキンは勝つと思う。多分叔父さんが考えてるよりも、ものすごく強いから。それに、みかんの怪我のこと、言ったよね? ルキンはどんな大怪我だって、QUAで治せるんだよ?」
叔父さんはぼくの目をじっと見つめたあとで、……わかったよ、と言った。「だったら、闘おう。ここ火星と、地球の未来のために。何より、おれたち自身のために」
「そうこなくっちゃな」お父さんはとっとめがねを押し上げると、両手の指の骨を、バキボキと鳴らしてみせた。「久しぶりに、腕が鳴るぜ」
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