第三話

3-1

 第三話


 基地に到着したときの時刻は、二十三時五十六分だった。

 その基地は、唯一レヴィの支配下にない、隣りの居住区の端っこにある基地で、ぼくらはそこで作戦を練りながら、レヴィの出方を待つと同時に、とりあえず一夜を明かすことになったのだった。

 ちなみにみかんのおばさんも一緒に来た理由は、ルキンいわく、おばさんの両足は、QUAで可能な限り修復済で、入院する必要はないということだったからだ。

 だから基地の人に車椅子を用意してもらい、みかんと一緒に行動することになったのだ。

 別々にいたら、レヴィに人質として狙われる可能性が、高まってしまうからということもあった。

 到着後、おのおのあてがわれた部屋に入る前に、ぼくらは谷口さんという名の、ドレッドヘアーがばっちり決まっているひとりの女の軍人さんから、敷地内と基地の中を、一通り案内してもらうことになった。

 緊急事態が発生したときに、それらのことを把握していないと、危険が増してしまうからだ。

 というわけで、まずは敷地内をぐるりと一周したのだけれど、基本的にはどの場所にも脚式戦車やジープなんかがたくさん停まっていて、戦闘服を身に着けた軍人さんたちが、大型銃を肩にかけてそこら中を歩いているという、ものものしい雰囲気だった。

 けれど、みんなみかんとぼくには笑顔で話しかけてくれたから、怖いという感じはしなかった。

 特にぼくに対しては、元軍人のお父さんの存在があったせいか、割と多くの軍人さんたちが、おお、板鰓殿のご子息ですか! そっくりですな! なーんて言いながら気さくに話しかけてきてくれて、火星軍の敬礼の仕方なんかを教えてくれたりした。

 ちなみに火星軍は陸軍だから、敬礼するときは、脇をガッと九十度まで開くのが正式なのだそうだ。

 あとはそう、ぼくのお母さんが開発したという、ルキンとおんなじ海洋性生物型の、生物兵器クアットの姿もあった。

 そのクアットは全部イルカ型で、一頭につき、最低ひとりの軍人さんがマスターとして付いていた。

 とそうは言っても、そのクアットたちは、常にエキジットしている状態で、餌は専用の人工餌を食べて、休息もちゃんと取るということだった。

 ルキンやフットのように、マスターの精神世界にハイドさせたり、外界にエキジットさせるシステムのクアットは、偶然の産物から生まれた、例外中の例外なんだそうである。

 とそれはともかく、イルカたちはぼくが近寄ると、いつかの水族館のときのように、一頭残らず、そよそよと離れて行った。

 今だからわかるのだけど、いつかの水族館の魚たちも、ここにいるイルカのクアットたちも、まず間違いなくルキンを怖がって逃げたのに違いない。

 ちなみにそのイルカたちは、元々攻撃用ではなかったらしいのだけど、たとえ攻撃用だったとしても、今現在は物資の運搬や兵士の移動目的、そして自衛以外では、戦闘には加われないように法律で定められているそうだ。

 いくら人工的に作り出された存在とは言え、実在する動物の見た目をしていて、遺伝子の一部も実際に使われている点に問題があるらしく、ここ数年かけて、そういう決まりに変わったらしい。

 そんな感じだから、クアットの研究も新規開発も、休止から完全中止の方向に向かっているということだった。

 ちなみのちなみに、研究所で叔父さんから聞いた通り、地球には今クアットは一頭もいないから、今火星にいるのが、最後のクアットということになるのだそうだ。

 ただ、レヴィとの戦いが長引くようならば、極秘に増やされて戦闘に使われる可能性もあるということだったけれど。

 とそんな大人の事情にまみれた講釈を谷口さんから聞きながら、最後に寝る部屋から一番近い非常口の場所や、AEDの設置場所なんかを教えてもらったあとで、あてがわれた二階の部屋で、休むことになった。

 ぼくはお父さんと叔父さんと一緒の部屋で、みかんはおばさんと一緒の、ひとつ隣りの部屋だった。

 二つの部屋のドアの中間には、谷口さんが立って、一晩中部屋を警護してくれるということだった。

 ちなみにひとりしか配属されなかったのは、一階にたくさん軍人さんがいるということもあったし、ぼくらにはフットとルキンが付いているということもあったけれど、人材不足という理由もあったみたいだ。

 レヴィの洗脳によって、火星の多くの軍人さんが、奪われてしまっていたからだ。

 実際お父さんと叔父さんは、作戦会議に参加するために、部屋に入るなり、またすぐに出て行ってしまったほどだ。

 ぼくもみかんも会議への参加を希望したけれど、ルキンとフットのことは、今や叔父さんがある程度把握しているし、何よりも子どもだから休みなさいということだった。

 ちなみのちなみに、部屋の警護が女の人の理由は、みかんとみかんのおばさんが、相談しやすくするためだろう。

 っていうのはぼくの勝手な予想だけれど、少なくとも人材不足がゆえに、弱い女の人を回されたわけではないと思う。

 なぜなら谷口さんは、お父さんに迫るくらいの、強そうな体格をしているからだ。

 少なくとも叔父さんだったら、一瞬で組み伏せられてしまうに違いない。

 とまあそれはそれとして、そうして部屋にひとりになったぼくの元へ、みかんがやって来たのは、午前一時過ぎのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る