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   ⌘


 ——と。

 レヴィの身体が、振動していることに気が付いた。

 かと思っていると、皮膚のすぐ裏側で、いくつものゴルフボールが動いてでもいるかのように、ボコボコと顔と頭が下から縦に波打ち始めて、ずるずると首が伸び始めた。

 上半身がぐーっと逆三角形に膨れ上がりながら、紐の切れたシロナガスクジラ型のポシェットと、めりめりと破れた黒白ボーダーの服がふっと消滅し、その内側から、松ぼっくりのような、純白の刺々とげとげしい鱗にびっしりと覆われた、大人の女の人のような胸が現れた。

 その胸の鱗が、今も膨れ上がり続けている上半身の全体に広がってゆくと同時に、両腕の先っぽが、無数のタコとイカの脚のように、ちりぢりになりながらぎゅるぎゅると伸びて、ゆらゆらとゆらめき始めた。

 その間も首は伸び続けていて、顔の内側で波打つボールが後頭部の一点に移動して、ボコッと頭皮を突き上げると同時に、ジュンッとすべての髪の毛を蒸発させながら、トサカのような突起になった。

 そのトサカもやっぱり純白で、それが広がりながら、背中の付け根までヒレ状になって伸びていったことが、その面積の広さによってはっきりとわかった。

 刺々しい純白の鱗は今も全身に広がりながら、顔までをもびっしりと覆いながら、その白の濃さ——輝きを増し続けている。

 口と鼻はまもなく鱗に覆われて見えなくなって、両耳が薄くなって広がりながら、トサカと同じヒレ状になった。

 目の幅がグッと太くなって釣り上がりながら、充血したようにじわじわと白眼が赤くなっていって、やがて呪われた宝石のように妖しく光を乱反射する、全部が真っ赤な両眼になった。

 その顔だけで言うと、真っ赤な眼しかない、白くてほっそりとした半魚人のようにも見える。

 そのすべての変化がむくむくと巨大化しながら行われ、気が付けばレヴィの上半身は、高層ビルぐらいの大きさになっていた。

 後ろに映り込んでいる、電波塔との比較でそれがわかった。

 と同時に、またがっている両足とシャチも、同じように巨大化しながら、変容し始めていた。

 まずは両足とシャチが溶けるように融合し始めたのと同時に、そこへ向けて、周りにいたすべてのクアットたちが、猛スピードで泳ぎながら衝突しては溶け、衝突しては溶けて、どんどんどんどん膨らんでいったのだ。

 両足と融合したシャチを始め、どのクアットも例外なく、やみくもに掻き鳴らされたバイオリンやセロのような奇声を発しながら。

 そうしてレヴィの下半身は、宇宙対応旅客機スターシップと同じかそれ以上の全長の、優に百メートルはありそうな、額の部分がぼっこりと膨らんでいる、両眼がない、マッコウクジラのような見た目になった。

 マッコウクジラの『ような』と思ったのは、いつかネット動画で見た、今も地球の海を泳いでいるというマッコウクジラとは違って、その上顎には、本来なら存在しない、ルキンに勝るとも劣らない大きさの、先っぽを削った丸太のような白い牙が、びっしりと生えているからだった。

 ぼくの記憶が確かならば、眼こそないとは言え、それこそがレヴィアタン・メルビレイの姿だった。

 ただ、身体の色が、図鑑で見たような黒ではない、レヴィの上半身とおんなじ、光り輝くような純白だった。

 そうしてレヴィは、高層ビルくらいの大きさの、純白の刺々しい鱗に覆われた上半身と、スターシップくらいの全長の、同じく純白のレヴィアタン・メルビレイの下半身を持つ、背びれがあって、両腕の先っぽが触手状で、両眼が真っ赤で首の長い、半魚人のような顔をした、巨大すぎるクアットに変貌を遂げた。

 と。馬が手綱を引かれるように大きく頭を持ち上げた下半身のレヴィアタン・メルビレイが、肉々しい色と質感の上顎の内側と、びっしりと生え揃っている白い牙を見せつけながら、耳を塞ぎたくなるような、まさに怪獣のような巨大すぎる咆哮を上げた。

「見ているか? ブラック・デーモンよ。これが覚醒した、わたしの姿だ」

 口がないにもかかわらず、火星の空全体を震わせるかのようなエコーがかった巨大な声でレヴィが続ける。「——そうだ、参考までに、貴様の好きな、わたしの咬合力とやらを教えてやろう」

 レヴィアタン・メルビレイの牙をギリギリと噛みしだきさせながらレヴィが言った。

「九億八千万ニュートンだ」

「九億八千万……」思わずぼくは繰り返した。

 上半身の鱗を波打たせながらレヴィは嗤った。

「貴様らのように、分裂ではなく、融合したゆえに得ることのできた、強大なる力だ。しかし覚醒した今、もはやその力を使う必要すらない。そうしようと思えば、容易に増軍することのできる、手下どもの力もな。なぜなら今のわたしは、この火星にあるすべての物質を、思いのままに操作することができるからだ。さあ、分裂して力を分散させてしまった自らの過ちを、呪うがいい」

 ものすごく強そうなレヴィを見て、お母さんの身体がなくなったことに動揺することすら忘れたままに、焦った気持ちでぼくは言った。

〈ルキン、レヴィをなんとかしないと……〉

〈でも基地から、出られないよヨ〉

〈やっぱり、無理に出るわけにはいかないんだよね?〉

〈ちょっとでも爆発したら、連鎖で基地が失われるヨ〉

〈QUAやみかんのシールドでも防げないの? たとえばだけど、基地全体をシールドで包んでから、魚雷と地雷を爆発させるとか〉

〈できるかもだけど、絶対に成功する保証はないよ。それくらい数が多すぎるヨ〉

〈どれくらいいるの?〉

〈イワシとヒトデ合わせて、三十億だヨ〉

〈三十億も……〉

 あまりの数に、ぼくは唾を飲んだ。

 いくらみかんのシールドが最強だとは言え、そんな数の爆弾を、成功する確証もないままに、みかんひとりに引き受けさせるわけにはいかない。

 それに、みんなの命もかかっているのだ。

〈レヴィや首長竜みたいに、地面を潜ってはいけないんだよね?〉

〈ごめん。ルキンには、物質透過機能がないヨ〉

 いつも冷静なルキンが謝るなんて……。

 物質透過機能がルキンにないことよりも、そっちにショックを受けているぼくに、というよりもぼくの身体に誰かが声をかける。

 レヴィだった。

「聞こえているぞ、ブラック・デーモンよ。言っておくが、その包囲網から抜け出ることは不可能だ。そしてわたしが合図を送れば、すぐさま爆発が起こり、基地が崩壊し、そこにいる全員が死ぬ。間違いなくな」

〈だったら、なぜ早くそうしないの?〉

 レヴィの言葉に基地内がどよめく中、挑発するでもなくルキンが尋ねた。

「その理由を今から『見せて』やろう。かつて貴様らが、拠点ハブとして利用していたもののカケラを使って。何もできないまま、ゆっくりと堪能するがいい」

〈何を見せるの?〉

「貴様らの最大の弱点である——」と、人間の腕の形にしたちりぢりの触手の片方を高々と振り上げて、空を指さしながらレヴィが言った。「仲間の、死だ」

 ——瞬間。

 レヴィの指先がさしている遠い空で、キラリと何かがまたたいた。

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