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 ぼくは急いで私服に着替えると、スマホを腕に巻いてキャップを被り、エアフォース・ワンを履いてから、隣りの部屋のみかんとおばさんに声をかけて、みんなで一階の広間に移動した。

 そしてそこにあった基地内で最大の壁掛け式モニターに、レヴィが中継されているチャンネルを映してもらうよう叔父さんにお願いした。

 みかんやみかんのおばさんや、叔父さんとお父さんはもちろんのこと、基地内の全員に、レヴィを見てもらう必要があったからだ。

 ちなみにみかんの格好は制服姿で、律儀にもゆるゆる紐の体育帽をちゃんと首にかけていて、おばさんはデニムに襟付きのノースリーブシャツ姿で、叔父さんはいつもの赤いキャップと白衣姿というみんな基地に来る前と同じ服装だったけれど、お父さんだけは、太い黒縁のメガネこそそのままとは言え、服は軍から借りたっぽい迷彩柄の戦闘服姿になっていて、靴はモササウルスでも噛めそうにないほど頑丈そうに見える編み上げの黒いブーツで、髪の毛もツンツンに立てられていて、しかも他のどの軍人さんよりも筋肉がモリモリで背も高いせいか、正直かなりかっこよかった。

 とそれはともかく、レヴィはどうやら火星の一局をジャックして、自分の姿を合計四台のカメラで、ライブ放映させているようだった。

 その証拠にモニターは四分割されていて、そのそれぞれには、大きさの違うレヴィが映し出されている。

 ぼくはレヴィの全身が、中央に写っている右上の画面を見た。

 そこでのレヴィは、火星一大きな赤白の電波塔を背景にしながら、一頭の宙を泳ぐ、シャチ型のクアットにまたがっていた。

 レヴィの見た目は、髪の毛がツインテールで今どきの私服を身に着けている、小学校三年生の女の子なわけだから、一見するとその画面は、子ども向け映画の中の、微笑ましいワンシーンのような、ひどくかわいらしいものに見えた。

 ただ不気味だったのは、レヴィの後ろに、レヴィがまたがっているのと同じかそれ以上の大きさの、ホオジロザメや、モササウルス、そして首長竜エラスモサウルス型のクアットたちが、編隊を組むように、ズラリと並びながら浮かんでいたことだった。

 よく見ると、下顎が回転ノコギリのようになっている古代ザメの大型クアットや、世界ではじめての捕食者とされている、イカとエビが合体したような見た目の、中型クアットの姿もちらほらとあった。

 全校集会のときの倍くらいの数だから、千クアットというところだろうか。

 レヴィを一番遠くから映している左下の画面が、そのことをありありと教えてくれていた。

 おそらくレヴィは、乗っ取った基地にいたクアットたちの、全頭を引き連れてきたに違いない。

 というかあれがお母さんの子どもの頃の見た目なんだ、そう言えば、スッとした鼻筋なんか、確かによく似てる気がする……。

 とそんなことを思いながら、画面を見続けているぼくだったけれど、左上の画面に上半身がアップで映されているレヴィは、子どもらしからぬ不敵な笑顔のままで何も言わなかったし、動かなかった。

 一体何を企んでいるのだろうか?

 とそう思った、矢先だった。

 ぼくを含めたテレビを見ている人間の全員が、突然わっと頭を抱えこみながらもだえ始めたのと、頭の中にどんどんどんどんと流れ込んでき始めた、さまざまな映像と音声と文字情報によって、レヴィが昨日叔父さんにやったことと同じ、火星の神さまと地球の神さまの、確執の歴史の情報注入作業をしているのがわかった。

 ただ今回はQUAではなく、テレビの電波を利用しているようだ。

 きっとQUAで元気になられても困るからだろう。

 なんて細かいことを頭の片隅で考えながら、ぼくはモニターの近くにいる人たちの全員と同じようにぎゅっと顔をしかめ、両足を踏ん張り踏ん張り身をかがめつつ、左右のこめかみを両手で押さえている。

 そうしてひどい風邪のときのような強烈な頭の痛みに堪えながら、流れ込んでくる情報を読み取っていったというか、強制的に読み取らされていった。

 それは叔父さんが言ったものとまったく同じ内容だったけれど、知覚どころか、五感をも刺激する情報だったせいか、ずっと生々しく感じられたし、ものすごく怖かった。

 特に地球の神さまとの出会いを純粋に喜んでいたレヴィがまもなく裏切られ、思念の身体の大部分を奪われたあと、地の底に追いやられたときの絶望感と孤独感が、ぼくの胸を激しく打った。

 にもかかわらずぼくらの神さまはまったく気にしてなんかなくて、その冷徹さがとてつもなく怖かった。

 でもだからと言って、大切な人の命を奪われるわけにはいかないのだ……!

 ぼくは気力がなえないように、必死でそう強く想って、文字通り歯を喰いしばりながら、情報が止まるのを待った。

 と。ふっと頭の痛みがやわらいで、画面の中のレヴィが、手の甲同士を叩き合わせるという不気味な拍手をしてからテレパシーで話し始めた。

〈ほう、もれなく受信したようだな。死者がひとりもいないとは。狡猾ゆえに、脳を巨大化させた祖先に、感謝するがいい。地球と、火星の猿どもよ〉

 その台詞からして、レヴィが全員に話しかけていて、地球にいる人たちにも情報を送信したことがわかった。

 レヴィは続けている。〈おかげでよくわかっただろう? 貴様らの神の、残忍さが。ひとりよがりの、愚かさが。そういうわけで、まずは火星の猿どもから消えてもらうが、その前に、わたしの正体を明かすとしよう。覚醒した本当の姿をな〉

 ぼくはごくりと唾を呑んで、レヴィの言う覚醒の瞬間を待った。

 ぼくの予想では、レヴィがレヴィアタン・メルビレイ的なクアットをエキジットさせるのだと思っていたのだけど、いつまでたっても、そんなようすは見えなかった。

 ただ、レヴィアタン・メルビレイが出現したことには、変わらなかった。

 つまりどういうことなのかと言うと、誰でもないレヴィ自体が、クアットそのものだったというわけだ。

 そう、レヴィの言う覚醒とは、『レヴィ自身が』、レヴィアタン・メルビレイに変身することだったのだ。

 そしてその姿は、ぼくの思っていた以上に、禍々しくも、『美しかった』。

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