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 目が覚めた瞬間、反射的に思ったことは、まだ朝じゃないということだった。

 理由は単純に、外が暗かったからだ。

 窓のブラインドは上げたままだったにもかかわらず、外の明るさは、眠る前と一緒だった。

 けれど、枕元に置いていたスマホを何度見ても、もう明るくなっていていい時間だった。

 一瞬フリーズかとも思ったけれど、ちゃんと動いていたし、ベッド脇の台の上の時計も同じ時間をさしていた。

 不思議に思って窓の外を見てみると、やっぱり暗いままではあったけれど、よく見ると、空のところどころが、ときどきギラリと銀色に輝いていることに気が付いた。

 なんだろうと思ってもっとよく見てみると、そのギラリは外灯の光を一瞬反射した、宙を動き続けている小さな何かで、そしてもっともっとよく見てみると、その小さな何かが数え切れないくらいに存在していて、みんなでお椀のような形を作りながら、すっぽりと基地全体を包み込んでいることに気が付いた。

 どうやらあのスイミーの大群みたいな集団が、太陽の光を遮っているみたいだ。

 はじめこそ何がなんだかわからなかったけれど、じっとそのスイミー軍団を観察しているうちに、それがまさしくスイミーかのような、群れをなしてぎゅるぎゅると泳ぎ続けている、小さな魚たちだということがわかってきた。

 ぼくの記憶が確かならば、それはイワシだった。

 水族館で見たことがあるから、多分間違いはない。

 と。ドタドタと廊下を早足で歩く音が聞こえ始め、まもなく部屋のドアがノックされた直後、半ば問答無用にガバッと開き、叔父さんが姿を見せた。

「ミズトくん、いるな?!」

「いるよ」

 入ってきた叔父さんにぼくは尋ねる。「外のあれって何? 何が起こったの?」

「レヴィに爆弾と地雷で、基地を完全包囲されたようだ。夜なか中をかけて、遠方からじわじわとね」

「……爆弾ってのは、あの魚のこと?」

「ああそうだ。文字通りの魚雷だよ。触れると爆発するようにQUAを調整してある、イワシ型のミニクアットだ。推定五億匹以上いるということだ」

「そんなに……地雷っていうのは?」

「ヒトデ型のミニクアットだよ」

「ヒトデ型……」

 窓越しに、有刺鉄線の張り巡らされた金網の外側にじっと目をこらすと、外灯に照らされて見える地面の全部が、紅色と青色に不規則に染まっていて、そのすべてがうねうねとかすかに波打っているように見えた。

 あのドット絵のように見える紅と青のひとつひとつが、ヒトデ型のクアットなのだろう。

 ぼくは叔父さんに尋ねた。

「あれも触ると爆発するように、QUAを調整されてるの……?」

「その通りだよ。まさに地雷と同じように、踏むと起爆するように作られている。QUAは使い方によっては、最強の凶器にもなるエネルギーだからね。どうやら基地周辺に、ビッシリと撒かれているようだ。ちなみにこちらも億レベルの数だ。しかも厄介なことに大半が地面に潜り込んで、目視できない状態のようだ」

「じゃあ、基地の外には出られないんだね?」

「そういうことになる」

「わざと爆発させて、消すわけにはいかないんだよね?」

「その意見は一度挙がったが、危険すぎるということで却下されたよ。何しろあれだけの数だ。そうした途端、基地内になだれ込んでこないという保証はまったくないからね」

「そっか……」とそこでぼくは、イワシだったらルキンを見たら、逃げるかもしれないことを叔父さんに伝えた。

 水族館に行ったときに、実際そうなった事実を交えつつ。

 だからルキンに乗ってゆっくりと進めば、突破できるんじゃないかということを。

「いや、それはない」と叔父さんは即行で断言した。「そのことを見据えて、イワシが恐怖を抱かないように、遺伝子を調整してる可能性が高いからね」

「でも、ここのイルカたちもルキンを怖がって逃げてたっぽいし、試してみないと……」

「オーケー、白状しよう」首を振って叔父さんは言った。「あのクアットを開発したのは、おれなんだよ。イワシは捕食者から逃げる習性があるからね。それじゃあ魚雷として使えないから、そうならないようにと、命令を受けて開発したんだ。ヒトデ型の方も、同じようにね。ちなみに、ここにいるイルカ型のクアットは旧型で、その点を改良されていないタイプなんだ。だからルキンに怯えて逃げたんだろう」

 そう言えば研究室の地下に、イワシやヒトデの標本があったような気がする、と思いながらぼくは言った。

「そうなんだ。じゃあ、ルキンを怖がったりはしないね……」

「完全にしてやられたよ」叔父さんは言った。「レヴィのやつ、おれたちを閉じ込めて、一体何をするつもりなんだ……」

 と。いつの間にか戻ってきていたルキンが、ぼくに話しかけてきた。

〈レヴィ、映るヨ〉

〈え? うつる?〉

〈TV Show,〉

「叔父さん、レヴィがテレビに出るって。ルキンが」

「なんだって?」

 ぼくはベッドを飛び降りると、リモコンでテレビのスイッチを入れた。

 入れてみて、火星に局があるチャンネルに合わせてみると、そこには確かにルキンの言った通り、ライブ中継されているらしき、レヴィの姿が映っていた。

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