2ー13
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はじめわふなちゃんは、外の庭で薄っすらと掻き消え始めながらも、いまだかすかに目玉を動かしている首長竜をじっとその脇で見下ろしていたのだけど、首長竜が完全に掻き消えてしまうと、スーッと宙に浮いて姿を消した。
かと思っていると、天井の穴から、スカートの中が見えることなんて一切気にしないままに、つま先の方から垂直にふわりと降りてきて、今もまだぼくたちを包み込んでいるシールドの頂上に、とっと着地した。
やはりルキンとは違って、わふなちゃんはシールドを抜けられないようだ。
「鋼鉄の巻き貝である、ウロコフネタマガイベースのドームとはな。小癪な真似をしてくれる」
足元を見ながら、忌々しそうな口調でわふなちゃんが言った。
「わふな、ちゃん……?」
ぼくを見ないままにわふなちゃんが応える。
「その名で呼ぶなと言ったはずだ」
「……じゃあ、名前を教えて」
「レヴィとでも呼ぶがいい」
「き、君は……?!」
相手が小さな女の子だから混乱してしまったのだろうか、わふなちゃんことレヴィを目にした、床に座ったままの叔父さんが、どこか素っ頓狂な声を上げた。
レヴィは完全に叔父さんを無視すると、またスッと宙に浮いてシールドを降り、やっぱりまったく足を動かさないままで、シールドの周りを公転する月のようにゆっくりと移動しながら、例のシロナガスクジラ型のポシェットから取り出した煙草を吸い始めた。
ぼくはこの女の子こそが、敵の黒幕なのだと叔父さんに伝えたけれど、そのことについてもレヴィは一切反応を示さなかった。
「さすがに、これ以上のカードは持っていないようだな」とシールドの周りを一周し終えたレヴィが言った。
「……君が、軍を乗っ取ったのか?」
まさに凝視といった感じで、レヴィを見ながら叔父さんがそう尋ねた。
と見ると、片膝をついているお父さんと、みかんに支えられているおばさんまでもが、目を見開いてレヴィを見つめている。
ちなみに、みかんだけはレヴィから顔を背けていて、ルキンはぼくの足元でうつ伏せになって、じっとレヴィを窺っている。
「軍?」と、片眉をひそめながらレヴィが叔父さんを見た。「あれが軍なのか? あの程度が?」
その小さな両肩を、短くゆすったレヴィが続ける。「それはそうと、わたしの覚醒はもうまもなくだ。ここ火星と地球における、人類の文明の終焉もな」
「……どういう意味なんだ? 君はなぜ、そんなことをもくろむんだ?」
そう尋ねた叔父さんに向けて、目と口を細めたレヴィがふーっと煙を吐いた。
今もなお黒く輝いている半透明のシールドに、薄っすらと星雲のようなモヤがかかった。
「なぜ、だと? それは貴様ら人間が、一番よく知っていることだろう?」
「……頼む、教えてくれないか」とレヴィの言葉に、膝に手をついて立ち上がりながら叔父さんが応える。「おれたちは、何も知らないんだ。君にはどう見えているかわからないけれど、おれたち人間の寿命はせいぜい百年で、思考能力も認識能力も、極めて限定的だ。わからないことだらけなんだよ」
と。一瞬のうちにレヴィの全身が、紫がかった光の薄膜に包まれたかと思うと、床に着地して、スッスッと滑り始めた。
と思っていると、いきなり床の下に落下するようにズッと姿を消したその数秒後、シールドの内部の床から、ブンッと姿を現した。
おそらくは物質透過機能とやらを使って、QUAの弱くなっているところを選んで、シールドの中に入り込んだみたいだった。
かと思ったその直後、立ち上がったお父さんがなっと声を上げたときにはもうすでに、レヴィは叔父さんのすぐ目の前に、光の薄膜を解除しながら浮いていた。
そしてツインテールの毛先をクンッと揺らして細い首を傾けながら、不思議がるような、窺うような顔で驚きとまどっている叔父さんの顔を、煙草を口にくわえたままで、じっと上から覗き込んでいた。
そうかと思っていると、まもなくハッとした表情になると同時に、煙草をつまんで口から取って、首の傾きをスッと元に戻して叔父さんと距離を取りながら、嘲り交じりの驚いた口調で話し始める。
「なんと、愚かな……。兵隊どもだけかと思ったが、貴様らは誰ひとり、例外なく、本当に何も知らないようだな。貴様らが彗星人の末裔であることも、この星の空と海を奪ったのは、貴様らの神であることも。分裂した後遺症というところか……」
「彗星人? 神? 分裂……? お、お願いだ、教えてくれないか」
レヴィは汚いものでも見るように、そう言った叔父さんの顔をクッとにらみつけた。
突然。
叔父さんが両手で頭を抱えながら、ゴッと床に両膝をつき、ドッとその場に横たわった。
と同時にまるでうちわのようにバタバタと左右にのたうち回り始めながら、ぎゃあああっという絶叫の下に、ガクリと気を失った。
「な、何をした?!」
一歩踏み出しながら声を上げたお父さんに、レヴィがお父さんの方を向くことなく、
「この個体の海馬に、情報入りのQUAを送っただけだ。破裂の可能性があったが、大きさ的に無事だったようだ。目覚めたのちに、聞くがいい。復讐は相手に、自覚のある方が愉しめるからな」
「復讐、だと……?」
「繰り返す。わたしの覚醒は——もう、まもなくだ」
レヴィはお父さんを無視すると、また紫がかった光の薄膜に身を包んだかと思いきや、気が付けば来たときと同じルートでシールドの外に出ながらそう言っていて、光の薄膜を解除しつつ天井の穴へと向けて、スーッとゆっくりと浮かび上がりながら、
「今となっては、ブラック・デーモンも恐るるに足りぬ存在だと判明した。たとえウロコフネタマガイのドームがあっても、所詮は同じことに過ぎない。しかも貴様らの弱点が完全にわかった今、新たな方針も定まった。決戦のときを、楽しみにしておくがいい」
とそう下を向きながら言い終えると、火の点いた煙草をシールドに向かって弾き飛ばしたその直後、天井の穴の向こうへと、わずか数瞬で消えて行った。
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