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   ⌘


「ミズト!」

「みかん!」

 みかんとぼくは、お互いの顔を見ながらそう言い合っていた。

 どうやら二人とも、同時に目を覚ましたようだった。

 と見ると、ルキンの牙の向こう側で、レヴィが突きだした二本の白い触手の先端で形作っている、魚眼レンズで覗いた口裂け女のような顔をしたお母さんの巨大な顔が、ギリギリとぼくをにらみつけていた。

 まるで水中でしゃべっているかのような、不気味に響く声でその顔が言った。

 ——ミズトよ、母を裏切るのか。

「……お母さんじゃない。あなたはお母さんだけど、お母さんじゃない」

 ——貴様らの科学で、証明されたはずだぞ。

「それは、身体だけのことなんだ……」

 ——それ以外に、何があるというのだ。

「『心』があるんだ」

 ——幻想に、すぎんぞ。

「……でも、思い出したんだ」

 ——思い出した、だと?

「うん。思い出したんだ。色んなことを。ぼくがお母さんを大好きだった心や、お母さんが死んだあと、みかんがずっとぼくのそばにいて、励ましてくれていた心を、ちゃんと、よく……。そしてぼくは、知ったんだ。ぼくは生まれたから、生きてるんじゃないんだってことを。ぼくは生きるために、生まれてきたんだってことを。そのことを、はっきりと思い出したんだ。そして、『決めたんだ』」

 触手の顔が、突然泣きそうな顔になった。

 ——ミズト、お母さんよ。助けて、お願い。レヴィに身体を乗っ取られて、苦しいの……。

「お、お母さん……」

〈惑わされるなミズト。早く、再攻撃のコマンドを——〉

 ルキンが言いかけた、そのときだった。

 レヴィの下半身のレヴィアタン・メルビレイが、ギュンッとルキンとの間を詰めながら、身体をスブンッと水平に三百六十度回転させて、尻尾でルキンの顎の裏を、バチンッと弾き飛ばし、いとも簡単にルキンを裏返したのは。

 お母さんを真似たレヴィの弱々しかった声とは裏腹に、レヴィの攻撃力は、一段も二段も増していた。

 それとも、それが隠していたレヴィの本当の力なのだろうか?

 きっとそうなのだろう。

 一瞬のうちにクルクルと三回転したあとに、どうにか元の体勢に戻ったルキンにぼくは尋ねる。

〈ルキン、正直に教えて。ぼくたち、勝てないよね?〉

〈ああ、その通りだ〉あっさりとルキンは認めた。

〈ありがとう〉

 ぼくはそう言うと、覚悟を決めて、隣りにいるみかんを見た。

 見ると、みかんもおんなじ顔でぼくを見ていた。

 ぼくたちは、一緒に力強く頷いた。

 昨日の夜、みかんが教えてくれた作戦を、決行することにしたのだ。

 『ぼくらの命を、引き換えにする作戦』を。

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