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「あれが、生物兵器クアットか……」

 外を泳ぎ回っている、おそらくは十頭近くはいるモササウルスたちを、壁際のカーテンの隙間から観察しながらお父さんが言った。

 ぼくも同じように、反対側の隙間から、窓の外の観察を続けている。

 モササウルスたちは、まるで建物のチェックでもするかのように、グルグルと研究所の周りを泳ぎ回っているようだった。

 どの個体も、パッと見の体長は十メートルというところだろうか。

 と。だしぬけにお父さんが、うめくような声を上げた。

「なんだ、あの馬鹿でかいのは……」

 見ると、モササウルスたちの外側の暗闇を、倍以上の二十五メートルはありそうな、とんでもなく大きな首長竜タイプの海竜が一頭、悠然と横ぎってゆくさまが見えた。

 手足の代わりに、オールのようなヒレが付いているその身体の厚みは、モササウルスの三倍はありそうだった。

 そしてその胴体からは、モササウルス一頭分くらいの長さの太すぎる首が伸びていて、その先端には、軽自動車並に大きな頭が備わっている。

「あれが、ボスなのかな……?」

「……かもしれないな」

 と、お父さんがぼくの言葉に応えてくれたそのとき、目の前を通った一頭のモササウルスの首の付け根に、白銀のワイヤーが巻かれていることと、そこに金属製でひし形の、シルバープレートが下げられていることに気が付いた。

 それはノートくらいの大きさで、真ん中に菊の押し花のような円い図形が、くっきりと刻印されているものだった。

 そしてよく見ると、他のモササウルスたちだけでなく、首長竜の首にも、同じものが同じワイヤーで下げられていた。

 プレートこそなかったものの、和金の前身のホオジロザメにも同じワイヤーが巻かれていたことを、そう言えばとぼくは思い出した。

 けれど、一体なぜホオジロザメにはプレートがなかったのかまでは、あまりの恐怖で考えることができなかった。

 正直今のぼくは、壁に寄っかからないと、立っていられないまでに足がすくんでいるのだ……。

 にもかかわらず、観察を続けずにはいられなかった。

 目を離したその瞬間に、海竜たちが家を破壊して、乗り込んできそうな恐怖に駆られているのだ……。

 とそこで叔父さんが、

「ええ、まさしくこれらがクアットで、予想通り、あの首長竜——エラスモサウルス型が、ボスのようですね」

 と、外を撮影している映像を、テーブルに載せたノートパソコンで見ながらぼくらに言った。「他のモササウルス型と合わせて、どちらも現時点で最強の、最新タイプの兵器二種です。このタイプの実物は、おれもはじめて見ましたよ。殺傷能力を、おれたちで試そうというところでしょうか……」

 首長竜じゃない方は、やっぱりモササウルスだったみたいだ。

 とそれはともかく。

「しかし、なぜこの場所がわかったんだ?」

 と窓の外を観察し続けながら、お父さんが叔父さんに尋ねる。

「正直、それはおれにもわかりません。追跡装置の類は、取り除いていたはずですからね。まさかピザ屋が通報したとも思えませんし……。もしかしたら、XXのQUAをたどるなどの、方法があったのかもしれません。実際外にいるようなむき出しのクアットたちは、個々のQUAをたどって、追跡することができますからね」

 そこで叔父さんは一度、ふっと黙り込んだ。

「……いずれにせよわかるのは、おれたちを絶対に逃さないという、軍の意図だけです……。たった三人の丸腰の大人と、二人の子どもに対して、これだけの数の最新兵器のみならず、あんな大型のまで寄こすなんて……」

 叔父さんはそのあと独り言のように、「……それにしても、海竜型が完成していたとはね。もう数年はかかると聞いていたはずなんだが……」とモニターを見ながら続けると、ぼくとみかんの方を見た。

「さあミズトくん、みかんちゃん。ゼリーを食べるんだ」

 外の観察を続けながらぼくは言った。

「食べると、死ぬんでしょ?」

「……痛みは、一切ないよ。即効性の睡眠薬も混ぜてあるから、むしろ気持ちよく『逝ける』さ」

「もしも、食べなかったらどうなるの……?」

「どうしてもそうしたくなかったら、それでもいいさ。外の怪物たちが、君たちを、食べてくれるだろうからね」

 ちらりと目をやると、叔父さんはぐっと握り合わせた両手で、口元を隠していた。「そのゼリーを食べて楽に逝くか、喰われて痛がりながら殺されるか。決定権は、君たちに譲ろう。そもそも、自死を強制しようなんて考えていたおれが間違っていたんだ……」

 子どものぼくから見ても、叔父さんの精神状態が、不安定になっていることがはっきりとわかった。

 でも、それが普通なのかもしれない。

 そんなことを思いながら、ぼくはすくんだままの足を引きずり引きずり、どうにかテーブルの方に一旦戻ると、こぶしの関節が真っ白くなるくらいに、両手に力を入れている叔父さんに言った。

「ねえ叔父さん。闘う道は、ないの……?」

 叔父さんは、知らない外国語でも聞いたような顔をしてぼくを見た。

「闘う、道……?」

「うん。ルキンなら、外の怪物たちに、勝てると思うんだけど……」

 ぼくが言った瞬間、大人たちの全員が、一斉にぼくを見た。

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