3-11
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レヴィが話しかけてきたのは、次のルキンの攻撃を、寸前で避けた直後だった。
〈みかんはどうした〉
〈答える義理はない〉
ルキンは即座にそう答えると、ギュンッと水平に急カーブして、またレヴィに突進していった。
ルキンとレヴィの闘いは、まったくの互角だった。
当時は同じくらいの体格だった、あの首長竜のエラスモサウルスさえ一瞬で仕留めたルキンだったのに、レヴィとはまさに、一進一退の闘いを繰り広げていた。
ちなみにルキンの主な攻撃は、鼻先による突進で、レヴィは噛み付き攻撃だった。
今のルキンはレヴィと同じくらいの圧倒的な大きさだったけれど、軟骨生物であるサメなことには変わらないから、柔らかい骨を狙うのがレヴィの作戦のようだった。
いくらルキンの皮膚が鉄のように硬いサメ肌だとは言え、レヴィの咬合力で噛まれたらひとたまりもないだろうし、そして一度噛まれたが最後、軟骨ごとざっくりと食いちぎられて、致命傷を負ってしまうことはうけあいだからだ。
だからこそルキンは、絶対にレヴィに噛ませなかった。
そんな風に、レヴィの上半身目がけて突進するルキンをレヴィが避けて、直後にレヴィがカウンターでルキンの尻尾付近の肉に噛み付こうとする攻撃を、ルキンが避けるの繰り返しがしばらくの間続いた。
違和感に気が付いたのは、また突進を避けられたルキンが、レヴィの噛み付きカウンター攻撃を、同じく避けたときのことだった。
〈ねえルキン、なんでレヴィみたいに噛み付かないの? もしかして、口の中にいるぼくを守るため……?〉
答えてくれないルキンにぼくは続ける。
〈だったらぼくが、もっと奥か脇に行けば大丈夫じゃない?〉
〈黙れミズト、聞かれているぞ〉
〈なるほど、幼体のせいで噛み付けないのか〉とそこでレヴィが会話に加わってきた。
〈あ……〉
と、ついぼくが言ってしまった、すぐあとだった。
レヴィがまたルキンの突進を避けたその直後、今度は噛み付き攻撃ではなくて、その巨大な白い若葉のような形の尾びれを使って、ルキンのお腹を下からバチンと、掬うように弾いたのは。
それを見てぼくは、レヴィがルキンの噛み付きカウンター攻撃を警戒して、ずっと尾びれ攻撃を控えていたことを知った。
それと一緒に、ぼくが余計なことを言わなければ、ルキンが尾びれ攻撃を受けずに済んだことも。
〈クソッ、オレさまとしたことがっ〉
一瞬とは言え、ぐるんと横向きに裏返ってしまったルキンの隙を、レヴィは見逃さなかった。
ルキンの白いお腹目がけて、ほとんど瞬間移動のように噛み付いてきたのだ。
ルキンの口の中から見える、レヴィの動きでそのことがはっきりとわかった。
けれどルキンは、攻撃を防ぐことができていた。
避けたわけじゃない。
ビュッとテレポートしてきたみかんが、ルキンの胴体をフットのシールドでピッタリと包み込んで、噛み付き攻撃を防いでくれたのだ。
ガキンッ! という衝撃と衝撃音と、突然隣りに現れたみかんによってそれがわかった。
「みかんっ!」
思わず歓喜交じりの声で、みかんの名を叫んでいたぼくだった。
ルキンが無事だったこともうれしかったけれど、みかんがこの場所に来てくれたことも、同じくらいにうれしかったからだ。
なぜならみかんがここにテレポートしてきたということは、ぼくを愛……とは言わないまでも、想いを寄せてくれていたという可能性がなかなかに高いからだ。
でもすぐに、クアットへのダメージはクアットマスターにも伝わるとルキンに聞いたことを思い出して、暗い気持ちになった。
「ごめんみかん、痛いはずなのに……」
眉間にしわを寄せながらも、気丈にみかんは微笑んだ。
「大丈夫だよ、死んだりはしないから。ね、ルキンちゃん?」
〈その通りだ〉とルキンが応える。叔父さんにはさん付けをやめろと言っていたのに、みかんのちゃん付けはむしろうれしそうだ。〈待ちくたびれたぞ、みかん〉
「うん、お待たせ」
「さあて、終わりだぞレヴィ」フットのシールドを噛んだせいで、レヴィアタン・メルビレイの口から砕けた白い牙をボロボロとこぼしているレヴィにルキンが言った。「見立てたところ、我々の攻撃力は互角のようだ。そこへみかんのシールドが加われば、その拮抗は崩れ去る」
ハーッハッハッハッハッハッハッ! という今までになく巨大な声でレヴィが嗤った。
全部の鱗を限界まで逆立たせながら、レヴィアタン・メルビレイの砕けた牙を、みるみるうちに再生させながら。
「自惚れたものだな、ブラック・デーモンよ。咬合力の差を忘れたか。しかもお前は幼体をかばって、噛めないときているのだぞ」
「いや」と、すかさず自信ありげにルキンが言い返した。「オレさまの咬合力は、身体の大きさとQUAの密度に比例する。同じ大きさの今、差はほとんどないはずだ。いやむしろQUAの密度が薄まっていない分、オレさまの方がわずかだが強いだろう。数字で言うならば、十億は超えているからな。むろん突進力も速度もそれに比例している」
「では、わたしのパワーと心を読んでみるがいい。できるな?」
ルキンがぶるんと尾びれを振ったことが、振動の仕方でわかった。
「——何?! くっ、そういうことだったのか……!?」
らしくない声を上げたルキンにぼくは尋ねる。
〈どういうことなの?〉
〈……レヴィは、ずっと力を抑えていたようだ。みかんがテレポートしてくるまでな。そうして我々を、一度に倒すつもりだったようだ〉
〈そんな……でも、そんなに差はないんだよね?〉
はじめて見せる深刻な調子でルキンが応える。
〈……いや。最低でも、三倍はレヴィが強い。最低でもだ。やつの真の咬合力は……三十億以上だ〉
〈そんな……〉
〈だが、あきらめる必要はない。こっちにはみかんがやって来たのだ。レヴィは我々を、個別に倒すべきだった。絶対に噛み砕けないシールドを持つみかんがやって来る前に〉
「絶対に噛み砕けないだと?」
と声に出してレヴィが言って、同じようにルキンが答える。
「その通りだ。貴様がさっきご丁寧にも、証明してみせたはずだ。フォボスを使ってな」
「そうかもしれんな」ふっとレヴィは嗤った。「ただしそれは、『外側』からの話ではないのか?」
〈……どういうこと?〉と思わずぼくは尋ねていた。
スーッとルキンの正面に移動しながらレヴィが言った。
「なぜわたしが、みかんを待っていたかわかるか? ショーには、観客が必要だからだ」
〈ショー? 観客……?〉
「ミズトよ、そのショーでは、お前とみかんの二人が演者であり、また観客でもある。それでは、始めるとしようか」
〈……何を、だよ〉
「仲間の、裏切りショーだ」
〈裏切り……?〉
——直後。
紫がかった半透明に光り輝く輪っか状の何かを、下半身のレヴィアタン・メルビレイにブヲッと吐き出させながらレヴィが言った。
「そうだ、裏切りだ。かつてわたしが、深海グレヘスの信頼を利用し、毒殺したようなな」
途端にみかんが気配でわかるくらいにぎゅっと肩をこわばらせ、ぼくは思わずなっと声を上げた。
「さあミズトよ、共に行こう。記憶の、深淵へ」
レヴィアタン・メルビレイが吐き出した光の輪っかが、ルキンの口と牙をまったく無いもののように通り抜けてきて、ボワッとみかんとぼくを包み込んだ。
「しまった! 透過性エコロケーションを利用した、
ルキンの驚きの怒号を聞き終えたときには、もう、辺りは真っ暗だった。
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