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「みかん。わるもの……?」
「さあミズト、このナイフで刺しなさい。あの、悪者のみかんを」
首を傾げながらみかんを見ているぼくの両手に、お母さんが後ろから、果物ナイフをくっと両手で握らせた。
クリーム色を思わせるようなお母さんのいい匂いを嗅ぎながらも、困惑してぼくは言った。「でも……」
思い出しなさい、と、優しくも力強い声でお母さんが応える。「本当の悪者が、あの子だったことを」
「そうなの?」
「そうよ。あの子はずっと、騙していたでしょ? ミズトのことを」
ぼくは、わふなちゃんが、みかんの本当の妹じゃなかったことを思い出した。
そのことが、見えてでもいるかのようにお母さんが続ける。
「そう、わふなのことよ。みかんがすぐにそのことをバラしていれば、今みたいなことには、ならなかったのよ。お母さんの身体も取り戻せたし、深海博士も殺されることはなかったし、檸檬さんの両足もなくなることはなかったし、火星と地球のみんなの、命がおびやかされるようなこともなかったの」
「たしかに、そうかも……」
「そうなのよ、思い出しなさい」
お母さんはぼくの両手に握らせたナイフを、手ごと両手で持ち上げると、優しくそっと甲を撫でた。
お母さんの柔らかい胸が背中に当たっていて、クリーム色を思わせるいい匂いがすんと強くなって、恍惚とした気持ちで、ぼくはお母さんの声を聞き続けた。
「そうよ、ミズト。思い出しなさい、はっきりと」
「うん……」
お母さんが、やわらかくてあたたかく湿っている唇を、そっとぼくの耳の後ろに触れさせた。
「それにね、ミズト。みかんさえ殺せば、レヴィも許してくれると言っているわ」
「レヴィ……?」
「そう、レヴィ。あなたもちゃんと、知ってるでしょ? レヴィは本当は、悪くなかったこと」
「…………うん」
「地球の神さまに騙されて利用された、かわいそうな存在だったこと」
「……うん」
「悪いのは、地球の神さまだったこと」
「うん」
「さあミズト、全部思い出したなら、殺しなさい。みかんこそが、その地球の神さまの、子どもなのよ」
お母さんが、そっとぼくの両手を離した。
「みかん。わるもの。かみさまの、こども……」
つぶやきながら、ぼくは、一歩を踏み出した。
いつの間にか、みかんを刺したいと思いながら。
一歩踏み出す度に、その欲望は大きくなっていった。
ぼくは、みかんを刺したいのだ。
何度も、何度も。
そのときのみかんの声を、聴いてみたい。
痛がる表情が見てみたい。
お腹を縦に切り裂いて、肉のすき間から覗く、真っ赤な内蔵を触ってみたい。
それを引っ張り出して、みかんにほら、と見せてあげたい。
「みかん。わるもの。みかん、わるもの——」
つぶやきながら、ぼくは両手にナイフを持ったまま歩き続け、まもなくみかんの近くにたどり着いた。
と同時に、気が付けば、ダッと駆け出していた。
そして今、みかんのお腹目がけて、ナイフをドンッ、と突き刺した。
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