2ー10


   ⌘


 他人の気持ちなんてわからないけれど、そのときのぼくには、不思議とみんなの気持ちがわかったような気がした。

 みんながみんな、死を覚悟した気持ちが。

 少なくともぼくは、今度こそ死んでしまうんだと思い、ぎゅっとまぶたを閉じて、その瞬間を待っていた。

 突然ドゴンッというすさまじい物音と共に、お父さんのぐおおっという怒号が響き渡って、次はぼくだ、と、反射的に思ってしまっていた。

 けれどそのあと何秒待っても、その瞬間は訪れなかった。

 訪れないと思っているだけで、実はもうとっくに訪れているのだろうか?

 そんなことを思いながら、ぼくは恐々とまぶたを開けて、周りのようすを確認した。

 してみると、目の前にあったはずのテーブルがなぜか真上にあって、その表面に衝突したらしき三頭のモササウルスたちが、家の壁を這うように泳ぎながら、天井の穴から外へ向かって、ギュルギュルと泳ぎ逃げて行く姿が見えた。

 そこでぼくは、何が起こったのかをあっと理解した。

 お父さんが両腕と頭を使って、裏側から持ち上げたテーブルで、みんなを守ってくれていたのだ。

「お父さん!」

「す、すまないミズト。指揮を取るなんてかっこつけて、このザマだ……」

「そんなことない! お父さんかっこいいよ! ものすごくかっこいいよ!」

 お父さんはふっと笑うと、床にダダンッと両膝をついて、横向きにどっと倒れたまま、動かなくなった。

「く、首の骨が、折れてる……」

 叔父さんが着地したテーブルの足元のすぐそばで、お父さんのぐにゃりと前に曲がった首を、慌てて伸ばしながらそう言ったときだった。

 またしても天井の穴から真っ逆さまに飛び込んできた一頭のモササウルスが、ビュンッと壁際に寄ったかと思ったその直後、前ヒレで壁を蹴るようにほとんど直角に急カーブして、その、いかにも堅そうなくちばしで、テーブルをゴスッと裏返しながら弾き飛ばしたのは。

 テーブルがゴッと窓にヒビを入れて、片方のカーテンを剥ぎ取りながら床に落ちた。

 そのあとそのモササウルスが、すぐに天井の穴からギュルギュルと泳ぎ出て行ったかと思いきや、まったくの無防備になったぼくら目がけて、他の一頭のモササウルスと首長竜と一緒に、すぐさま天井の穴から襲いかかってきた。

 せっかくお父さんが、首の骨まで折ってぼくらを守ってくれたのに……。

 ぼくは、口からだらだらとよだれを垂らしたままピクリとも動かない、首がちょうど粘土のようにぐにゃぐにゃとした質感になっているお父さんの胸にすがりながら、今度こそ死の瞬間を待った。

 みかんもおばさんの上半身にすがりついて、今や完全に泣きながら、うーっという獣のような唸り声を発している。

 叔父さんは床に尻もちをついた格好で、ただただ目を見開いて天井を見上げている。

 まさにぼくたちは、今度こそ絶体絶命の状態だった。

 たったの数秒が恐怖によって永遠にも感じられて、もういっそのこと、早く殺してほしいくらいだった。

 その願いを汲み取ってくれたかのように、二頭のモササウルスと一頭の首長竜が、揃って今、悪魔の華を咲き誇らせでもするかのように、グァバババァァァッッッと大口を開ききった。

 そんな三頭をギュンギュンと追いかけてくる、ホオジロザメ型のルキンの姿が穴の隙間からちらりと見えたけれど、この距離じゃ、間に合わないことは明白だった。

 せめてバットがあればと思ったけれど、たとえあったところで、あんなにも巨大で凶暴な三頭には、付け焼き刃に過ぎないだろう。

 やっぱりあのゼリーを食べておくべきだったのだ、と気が付けばそうぼくは思っていた。

 思いながら、恐怖由来の涙を排出しながら、すっと目を閉じた。

 鼓膜が破れるくらいの大きな衝突音と、身体が浮き上がるほどの衝撃が全身を襲ったのは、その直後のことだった。

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