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   ⌘


 約半秒の静寂後。

 うわあああっと叔父さんが叫び、うおおおおっとお父さんが吠えて、母さんっとみかんが絶叫した。

「あのエラスモサウルスは、物質透過機能搭載タイプのようね」

 冷静なルキンの言葉とは裏腹に、取り乱しながら叔父さんが応える。

「ま、まさかそんな……実装不可能と言われていた技術だぞ!?」

 そう言えば目の前の首長竜の頭から下が、山腹で地面に消えて行ったときのわふなちゃんと同じように、紫がかった光の薄膜に包まれていることに気が付いたけれど、動揺していて、きちんと認識するまでには至らなかった。

「母さんが、天井にぶつかっちゃう!」

 みかんの再びの絶叫に、ルキンがやっぱり冷静な口調で応える。

「安心なさい、みかん。QUAまでは破れないし、わたしがクッションになるわ」

「ルキン! おばさんを助けてっ!」

 たまらず怒鳴ったぼくに、いつの間にか天井近くまで浮上していたルキンが、やっぱり冷静に応える。

「わかってる。今、その隙を窺っているところよ」

 ——と。

 ルキンの言う通り、天井は突き破れないと察知したらしき首長竜が、方針を変えたのか、まずはおばさんを丸ごと飲み込もうと、一度口を開けた、その瞬間だった。

 すばやく首長竜の口元へ泳いで行ったルキンが、おばさんの座っている椅子を、ハンマー型の頭でドンッと斜め下から頭突きして、首長竜の口からおばさんを、スブワッと椅子ごと遠ざけたその直後、ブギュワッと一気に加速しながらゴッと椅子の背を咥えてその場を離れ、おばさんを見事奪還したのは。

 ただ、ルキンが取り戻せたのは、おばさんの『上半身だけ』だった。

 不幸にもおばさんの両足は、すでに噛みちぎられていて、砕けた椅子の脚と一緒に、首長竜の口の中に、血を滴らせながら収まっていた。

 それを完全に理解しているらしき首長竜は、細めた目でルキンを見ながら、ニッと確かに笑ってみせると、ぼくらに見せつけるかのように、と言うか間違いなく見せつけているに違いない、おばさんの足の骨をゴリッ、ゴリッ、ゴリッと執拗に噛み砕いて飲み込みながら、一体どうやっているのか、紫がかった光の薄膜を口の先っぽまでスーッと伸ばしながら、侵入してきたときと同じように、音もなく床下に、垂直に消えて行った。

「母さん! 母さんっ!」

 みかんが椅子から飛び降りて、ルキンによってそっと床に置かれながら椅子から下された、おばさんの上半身にすがりついた。

 不幸中の幸いで、おばさんの内臓のある胴体は無事みたいだったけれど、両足は太ももの真ん中から先が完全になくなっていた。

 二つの太い傷口から漏れ出した血液が、ギザギザに破かれたスカートの端を真っ赤に染めている。

「ルキン! QUAで治せないの?!」

 叫んだぼくに、どこまでも冷静にルキンが答える。

「もう応急処置は施したわ。気さえしっかり保てば、一命は取り留めるはずよ。ただし、足はあきらめるよりないわね。あそこまで噛み砕かれては、QUAでも修復は不可能よ」

「そんな……」とぼくは言っていた。

 おばさんの両足が、なくなってしまうなんて……。

 ぼくは人生で初めてと言っていいほどの純粋な怒りを感じながら、まさに腹の底からの怒鳴り声を上げた。

「ルキン、あいつらをやっつけて!」

「そのつもりよ、けれど——」

「いいから早く! コマンドだよ! みなごろしにしてっ!」

 ルキンは床一面に取り急ぎのQUAを張ったことをぼくに報告すると、ズドンッと天井を突き破ったその直後、まるで早送りでもされているかのように、モササウルスの倍の大きさはある黒いメガロドンへと姿を変えながら、辺りを遊泳していたモササウルスたちの喉笛を、次々にあっさりと食いちぎり始めた。

 けれどその隙を狙って、ルキンから離れた場所にいる三頭のモササウルスたちが、悪魔のくちばしのような分厚い皮に覆われている口を寄せ合いながら、今だと言わんばかりに、無防備なぼくたちを狙って天井の穴を、メリメリメリッと広げ広げ、真っ逆さまになって襲いかかってきた。

 そのさまをまざまざと見せつけられているぼくは、ルキンが言いたかったことと、敵の狙いを理解した。

 敵は仲間の犠牲を覚悟で、ぼくたちを喰い殺すつもりだったのだ。

 ぼくらに襲いかかったモササウルスたちに気が付いたルキンが、猛スピードで泳ぎ戻ってくる姿が、穴の隙間から、ちらりと見えた。

 ルキンはちゃんとその時間を計算していたらしく、一見余裕で戻って来れそうに見えたけれど、ただ、そこで別の場所にいた三頭のモササウルスたちが、束になってルキンの脇腹めがけて突進していき、ルキンは相手をせざるを得なくなった。

 つまりぼくたちの死は、決定的になってしまったのだ!

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