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みかんが虐待を受けている。
その噂を耳にしたのは、洗濯しなければならない給食着をうっかり学校に忘れてしまい、一緒に帰っていた友だちと別れて、慌てて教室まで、取りに戻ったときのことだった。
そのときに通りがかろうとした隣りの教室では、女子がまだ何人か残っておしゃべりをしていたようで、それは別にいいのだけれど、ただその話題の人物が、どうやらみかんぽかったために、ぼくはついドアの陰で立ち止まり、聞き耳を立てることになってしまったのだ。
「ねえねえ、見た? 着替えのとき、深海さんの背中」
とそう言ったのは、クレオパトラみたいな髪型をしている、髪の毛の黄色いハーフの女子だ。
「えー、何それ」
「見てないよ」
と、長い黒髪を斜めに結いている女子と、茶色い髪の毛を編み込んでいる、下半分しかフレームの無いメガネをかけた女子が続けて応える。
「なんかね、アザがいっぱいあったんだけど……」
「アザ?」
「いっぱいってどれくらい?」
「わかんないけど、水着で隠れるところいっぱい。あと、煙草の焦げ跡みたいのも……」
「えー。それって、いじめられてるのかな? お母さんに」
「お父さんじゃない? 煙草の跡があるなら」
「わかんないけど、虐待ってやつだよね。言った方がいいのかな、先生に……?」
——とそのとき、ぼくはぼくのすぐ後ろに、ぼくよりもほんの少しだけ背の高い、誰かが立っていたことに気が付いた。
みかんだった。
みかんは振り向いたぼくに、ニカッと笑いかけると、前髪を白い巻き貝のバッジ付きのピンで留めている、ツヤツヤとした耳たぶまである黒髪と、ゆるっゆるのゴムで首にかけてある、紅白の体育帽をひゅんっとなびかせながら、颯爽と教室に入って行った。
そして着地でもするかのように、制服の黒いスカートから、にゅううっと突き出している白い両足を、タッと広げて、教壇の前に立った。
それから襟の丸い白いブラウスと、つりひも式のスカートの境目のところをずむっと両手でつかむと、いかにもみかんらしく、キッパリとこう宣言した。
「大丈夫だよ。わたし、親から虐待なんてされてないから」
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