2ー4


   ⌘


 どうせなら?

 その、どこかおざなりな感じのする叔父さんの言葉が妙に気になったけれど、ぼくは、「ミズトくんたちにはあるいは難しいかもしれないけれど、知っていることをそのまま全部話そう」と言ってから話し始めた叔父さんの話を、黙って聞いた。

「おれとノイねえちゃんと深海グレヘス博士——つまり、ミズトくんのお母さんとみかんちゃんのお父さんは、軍の命令の下、新たな生物兵器の研究と開発に携わっていたんだ。そしてある日、物質としても存在し得ることが明らかになった、全生命の意識を包括する、集合的無意識という意識のかたまりから、根源的な意識の抽出に成功した。地球の海を集合的無意識にたとえるならば、ちょうど海洋深層水に当たる意識をだ。我々はそれに、絶対疎外粒子ぜったいそがいりゅうしという名前を付けた。その絶対疎外粒子が細胞核や脳の一部、人類の場合は松果体しょうかたいと呼ばれる器官を通じて、意識の世界を作りだしていたことがわかったんだ。そしてその物質の最果てとされる絶対疎外粒子と、物に質量を与えるヒッグス粒子とを混ぜて、QUAという名前の、意識と物質の状態が激しく揺らぎ合っている、高次元エネルギーの開発と培養に成功した。そしてそのQUAと、古来より遺伝子操作に親和性のある、琉金類、要は金魚の遺伝子情報を礎に、宙を泳ぐ、水棲生物型の、対地空人及び、異星人用の、QUATT《クアット》という生物兵器を生み出したんだ。一体なぜ水棲生物型と思うかもしれないけれど、QUAは水棲生物、特に海洋性生物と相性がよかったし、もしも大気が水だったとした場合、水棲生物が一番自由にかつ、無音で動けるからね。だから自然と兵器は、水棲生物型になった。それにサメなどの凶暴なビジュアルイメージを持つ生物をベースにすれば、敵への心理的圧迫効果も狙えるというもくろみもあった。そしておれたちは、いや、ノイ姉と深海博士は、古代の巨大ザメのメガロドンをベースにした、すべての種類のサメの遺伝情報が備わっている、究極のクアットを生み出してしまったんだ。そしてそのクアットに、実在がまことしやかにささやかれていた、伝説のメガロドンのそれである、ブラック・デーモンという名前を付けた……」

 ふっと黙り込んだ叔父さんにぼくは尋ねる。

「それって、ルキンのこと……?」

「勘がいいね、その通りだよ」叔父さんは答えた。「ミズトくんの頭の中に住んでいるのは、退化させて、ミズトくんの意識の中に幽閉した、そのブラック・デーモンだ。正式名称は、QQT108XXだったから、一部の人間とおれは略して、XX《ダブルエックス》と呼んでいたけどね」

 叔父さんはそこで、覚悟を決めるかのように一度息を吐いた。

「そしてそのXXは、圧倒的な強さだった。と同時に、想像を越えて凶暴だった。そのせいか、意識のコントロールがうまくいかずに、多くの犠牲者を出してしまった。合計で、三十三人もの職員と関係者が、喰い殺されてしまったんだよ。その間もそのあとも、ノイ姉と深海博士は、どうにか頑張ったけど、結局最後まで、XXをコントロールすることはできなかった。そこへ加えて、XXによる被害者の情報とクアットの存在が、世間へ漏れ出てしまうと共に、市民たちの反感が一気に高まり、クアットの研究と開発と生産が、表向きではあるものの、一旦休止されることになった。いくら人工的に作ったものだとしても、見た目が実在するないし、していた生物だし、わずかとは言え、ベースになる生物と琉金の、遺伝子情報を使っているんだからね。そうしてノイ姉と深海博士の二人は、犠牲者を出してしまったことに対しての、責任を取らざるを得なくなった。その責任というのは、それまでに開発したクアットたちと、ミズトくんの中に封じ込んだXXと共に、ここ『火星』の居住区に、送られるということだった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る