第二話

2ー1

 第二話


 暗くなるほんの数歩手前の植林山と区の道を、みかんとぼくは、複雑な気持ちのままてくてくと歩いて、とりあえず家に向かった。

 もしかしたら複雑なのは、ぼくだけだったかもしれないけれど、とにかくぼくが右側で、みかんが左側を歩きながら。

 そうして歩きながら、あれこれと考えているうちに、空中を泳ぐホオジロザメと闘ったり、そのホオジロサメに食べられて、みかんの両腕が一度なくなったりしたこと、そしてわふなちゃんのゾッとする目付きと低すぎる声や、わふなちゃんがみかんの背中を蹴ったり、みかんの背中で、煙草の火を踏み消したりしたことなんかがいっぺんに蘇ってきて(その傷はルキンがQUAで治してくれたけれど、古い傷は治せなかった)、思わずうわああっと叫びだしてしまいそうになってしまったけれど、どうにかそうせずに済んだのは、みかんがずっとぼくの手を、握ってくれていたからだった。

 大丈夫だよ。

 大丈夫だよ、ミズト。

 いつからかみかんは手のひら越しに、ずっとぼくにそう言ってくれていた。

 なんとぼくの幼なじみは、手のひらでもしゃべることができるのだ。

 ぼくははじめ、そんなみかんの手のひらをぎゅっと握り返したけれど、途中からは、できるだけ優しく握り返した。

 何はともあれ、みかんが無事で、本当の本当に良かったという気持ちと、いつからかトクトクと、喉元まで迫り上がってきては、ヒュンッと身体中に散らばってゆく、キュッと胸を締め付けられるような気持ちがどうかみかんに伝わりませんように、でも本当は伝わりますように、と願いながら。

 そうしてちょうど真っ暗になったその直後、ぼくとみかんの家のほんのすぐ近くまで、たどり着いたときだった。

 外灯の白い光のおかげで、三人の大人が、手前のぼくの家の玄関の前に停めてある、古くて黄色くてカブトムシのメスのような形をした車——フォルクスワーゲン・ビートルの傍らで、ぼくらを待ちかまえていたことに気が付いた。

 みかんとぼくは、まったく同じタイミングでお互いの手をパッと離すと、その三人の大人に近づいた。

 それはみかんのおばさんと、ぼくのお父さんと、叔父さんだった。

 叔父さんというのは、今のぼくが被っているJAWSキャップと、首周りがだるっだるだけれど一番気に入っているブランキージェットシティーのこのTシャツと、バットとグローブをくれたあの叔父さんだ。

 偏差値の高い大学の先生のくせに、茶色いもしゃもしゃヘアーの上から真っ赤なキャップをいつだって、今日だって後ろ向きに被っていて、ぼくのと似たような水色のGパンにユダというバンドの黒いTシャツに、そしてキャップとお揃いの赤いハイカットのコンバースという格好の上から白衣をはおっているという、ませた子どものような、ほぼいつも通りの格好だ。

 ちなみにお父さんは、上腕二頭筋、要は二の腕の筋肉で、袖がぱっつんぱっつんにはちきれんばかりの、ボタンを一番上まできっちりと留めている黒いポロシャツに、深緑のアーミーパンツに、黒縁めがねというやっぱりほぼいつも通りの格好で、みかんのおばさんは、襟付きのノースリーブの白いシャツに、ベージュの長い巻きスカートという格好だった。

 ちなみのちなみに、お父さんの髪型は、額が半分くらい隠れている普通めの黒い短髪で、おばさんはみかんよりも少し長い、肩先まである黒髪を耳にかけているという髪型だ。

 ——と。

 真ん中に立っていた叔父さんが、ぼくを見るなり、元々垂れがちな両目をさらに垂れさせて笑いながら、軽やかに右手を上げて、よお、と、あいかわらずの調子で言って近づいてきて、

「野球は楽しかったかい?」

 とそう訊いてきたくせに、ぼくの返事を待たないままに、ぼくとみかんの背中を、一見優しくだけれど、割りと問答無用に手のひらでくーっと押して、観覧車並みに狭いビートルのリアシートに乗り込ませた。

 それからすぐに、みかんのおばさんとお父さんも同じようにリアシートと助手席に乗り込ませて、と言うよりはぎっしりと詰め込んで、自分も運転席に乗り込むと、なぜかいつも以上の陽気な態度で、歯笛を吹きながら車を出した。

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