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 どうやら天国は、夕暮れどきみたいだった。

 辺り一体の空を、透明なオレンジが埋めつくしている。

 それとも、地獄だからそうなのだろうか?

 どっちにしても、死後の世界は、思ったよりも、悪くない感じだった——いや、むしろ心地いい。

 ぼくとみかんは、大きな黒い何かに乗って、天国か地獄の、どっちかの空を飛んでいるところだった。

 それとも、どっちかに向かっている途中なのだろうか?

 ふと見下ろすと、ぼくらが住んでいるっぽい居住区の全体と、その先に広がる、進入禁止の、広大なる赤い平原と岩山が、ぼんやりと見えた。

 でも、今はもうどっちでもいいことだ。

 ただひとつ、みかんの両腕がないままだったのが残念だったけれど、Tシャツを膨らませながらくぐり抜けてゆく風が気持ちよくて、死ぬってのもそんなに悪くないものなんだな、とぼくは思った。

「ミズト……ここって、天国?」

 ぼくの腕の中でみかんが尋ねた。

「みかんがいるから、きっとそうかな」

 と、みかんの質問に、ふいに湧き上がってきた確信の下にぼくは答えた。

「なんで、わたしがいるから?」

「だってぼくを助けてくれたみかんが、地獄に落ちるはずがないもん」

 みかんがくすっと笑って、ぼくの胸に、とん、と頭をもたせかけた。

 今さらだけれど、ぼくはパタパタとなびくスカートの端を見て、みかんが制服姿なことに気が付いた。

 首にはゆるっゆるの紐で、ちゃんと体育帽もかけられている。

 ぼくの心臓に、ささやきかけるようにみかんが言った。

「きれいだね、ミズト。風も、気持ちいい」

 ぼくは心から共感して頷いた。「傷は、痛くないの?」

「全然痛くないよ——ねえミズト」

「うん?」

「一緒に死ねて、よかった……」

「うん」

「ハッ! せっかちなやつらめ!」

 ——突然。

 しわがれた太い声が、下の方から振動と共に聞こえてきて、みかんとぼくは、一緒に言っていた。

「「誰っ!?」」

 悠然としながらも、どこか野性的な口調で声が言った。「深海みかんよ。腕も水族館も、あきらめる必要はない。その次の願いに限っては、もうすでに叶っている」

「その次の、願い……?」

 みかんが言って、ハイテンションで声が応える。

「オイオイオイオイ! まさかさっきの今で、もう忘れちまったのか? このオレさまに会いたいという、なんともつつましい願いのことだ!」

「……まさか」

 と、みかんが怖がっているようにも、感極まっているようにも聞こえる声を出した。「あなたって、まさか……」

 ふんっ、と、声が低く笑った。

「みかんよ、QUAで止血はしておいた。痛みもないはずだ。間違っても死んだりするなよ? 降下したら、正式にご対面だ」

 と。みかんとぼくが乗っている黒い何かが、どこかに向かって降り始めていることに気が付いた。

 それは結構なスピードだったけれど、まったくと言っていいほど、怖くなんてなかった。

 座っている部分が妙にザラザラしていて、滑りにくいからということもあった。

 とそのとき、割とすぐ近くに、真っ黒くて分厚いヨットの帆のようなものが、そびえ立っているのが目に入った。

 一体あれは、なんなのだろうか……?

 わからなかったけれど、ぼくらを乗せた大きな黒い何かは、まもなくとある山腹に着陸すると、ゆっくりと斜めになって、ぼくらを地面に降ろしてくれた。

 ——と見ると、その場所は死ぬ前にいたのと同じ、ますます黒くて濃い霧に包まれている山腹のいっかくで、向こう側には、わふなちゃんと、迷彩柄のレインポンチョを羽織った大人の男の人と、そして宙を泳ぐ、ホオジロザメの姿がかろうじて見えた。

 まだサバイバルナイフを持ったままだったけれど、今ではわふなちゃんの首から腕を放している男の人が、これでもかと両眼を剥いてこっちを見ながら、今にも後ろに倒れてしまいそうな格好で言った。

「お、お前が伝説のメガロドンの、ブラック・デーモン、か……?」

「いーや、違うな」

 と、ぼくらのすぐそばにいる、大きすぎて全体がよくわからない黒い何かが、不敵に微笑んでいるような口調で言った。

「じゃ、じゃあ、何者だ……?」

「特別に教えてやろう。オレさまは——」

 ——瞬間。

 倒れたビルくらいもある漆黒の流線型が、伸びるバネのようなすばやさで、ッギュン! と前に向かって飛び『泳ぎ』だしたかと思うと、すべての黒い霧を、スブンッ! と、きれいさっぱりと吹き飛ばしながら、見えるヒノキたちが全部倒れてしまいそうなほどの大声で言った。

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