1ー15
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どうやら天国は、夕暮れどきみたいだった。
辺り一体の空を、透明なオレンジが埋めつくしている。
それとも、地獄だからそうなのだろうか?
どっちにしても、死後の世界は、思ったよりも、悪くない感じだった——いや、むしろ心地いい。
ぼくとみかんは、大きな黒い何かに乗って、天国か地獄の、どっちかの空を飛んでいるところだった。
それとも、どっちかに向かっている途中なのだろうか?
ふと見下ろすと、ぼくらが住んでいるっぽい居住区の全体と、その先に広がる、進入禁止の、広大なる赤い平原と岩山が、ぼんやりと見えた。
でも、今はもうどっちでもいいことだ。
ただひとつ、みかんの両腕がないままだったのが残念だったけれど、Tシャツを膨らませながらくぐり抜けてゆく風が気持ちよくて、死ぬってのもそんなに悪くないものなんだな、とぼくは思った。
「ミズト……ここって、天国?」
ぼくの腕の中でみかんが尋ねた。
「みかんがいるから、きっとそうかな」
と、みかんの質問に、ふいに湧き上がってきた確信の下にぼくは答えた。
「なんで、わたしがいるから?」
「だってぼくを助けてくれたみかんが、地獄に落ちるはずがないもん」
みかんがくすっと笑って、ぼくの胸に、とん、と頭をもたせかけた。
今さらだけれど、ぼくはパタパタとなびくスカートの端を見て、みかんが制服姿なことに気が付いた。
首にはゆるっゆるの紐で、ちゃんと体育帽もかけられている。
ぼくの心臓に、ささやきかけるようにみかんが言った。
「きれいだね、ミズト。風も、気持ちいい」
ぼくは心から共感して頷いた。「傷は、痛くないの?」
「全然痛くないよ——ねえミズト」
「うん?」
「一緒に死ねて、よかった……」
「うん」
「ハッ! せっかちなやつらめ!」
——突然。
しわがれた太い声が、下の方から振動と共に聞こえてきて、みかんとぼくは、一緒に言っていた。
「「誰っ!?」」
悠然としながらも、どこか野性的な口調で声が言った。「深海みかんよ。腕も水族館も、あきらめる必要はない。その次の願いに限っては、もうすでに叶っている」
「その次の、願い……?」
みかんが言って、ハイテンションで声が応える。
「オイオイオイオイ! まさかさっきの今で、もう忘れちまったのか? このオレさまに会いたいという、なんともつつましい願いのことだ!」
「……まさか」
と、みかんが怖がっているようにも、感極まっているようにも聞こえる声を出した。「あなたって、まさか……」
ふんっ、と、声が低く笑った。
「みかんよ、QUAで止血はしておいた。痛みもないはずだ。間違っても死んだりするなよ? 降下したら、正式にご対面だ」
と。みかんとぼくが乗っている黒い何かが、どこかに向かって降り始めていることに気が付いた。
それは結構なスピードだったけれど、まったくと言っていいほど、怖くなんてなかった。
座っている部分が妙にザラザラしていて、滑りにくいからということもあった。
とそのとき、割とすぐ近くに、真っ黒くて分厚いヨットの帆のようなものが、そびえ立っているのが目に入った。
一体あれは、なんなのだろうか……?
わからなかったけれど、ぼくらを乗せた大きな黒い何かは、まもなくとある山腹に着陸すると、ゆっくりと斜めになって、ぼくらを地面に降ろしてくれた。
——と見ると、その場所は死ぬ前にいたのと同じ、ますます黒くて濃い霧に包まれている山腹のいっかくで、向こう側には、わふなちゃんと、迷彩柄のレインポンチョを羽織った大人の男の人と、そして宙を泳ぐ、ホオジロザメの姿がかろうじて見えた。
まだサバイバルナイフを持ったままだったけれど、今ではわふなちゃんの首から腕を放している男の人が、これでもかと両眼を剥いてこっちを見ながら、今にも後ろに倒れてしまいそうな格好で言った。
「お、お前が伝説のメガロドンの、ブラック・デーモン、か……?」
「いーや、違うな」
と、ぼくらのすぐそばにいる、大きすぎて全体がよくわからない黒い何かが、不敵に微笑んでいるような口調で言った。
「じゃ、じゃあ、何者だ……?」
「特別に教えてやろう。オレさまは——」
——瞬間。
倒れたビルくらいもある漆黒の流線型が、伸びるバネのようなすばやさで、ッギュン! と前に向かって飛び『泳ぎ』だしたかと思うと、すべての黒い霧を、スブンッ! と、きれいさっぱりと吹き飛ばしながら、見えるヒノキたちが全部倒れてしまいそうなほどの大声で言った。
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