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   ⌘


 みかんを助けに行く。

 とそうは言ってみても、どこへ行けばいいのかがまったくわからなかったぼくは、

「ねえルキン、お父さんに相談した方がいいかな? 元軍人さんだし、強いし」

 と言ってみたのだけれど、ルキンは、

〈ダメだよ。ルキン、嫌わレてるヨ〉

 ということだった。

「そうなの?」

 何も答えないルキンにぼくは続ける。「でもさ、一体どこへ行けばいいのかが、わからないんだけど……」

〈だいジ〉と、今度のルキンは答えてくれた。

 一瞬わからなかったけれど、だいジというのは、どうやら大丈夫という意味のようだ。

〈モウすぐ、やっテ来るヨ〉とルキンは続けた。

「やって来る? 何が?」

情報intelligence,

 やたらと発音のいい英語でルキンがそう言ったとき、外の玄関の前に誰かが立ったことが、ドア横の、磨りガラス越しに見て取れた。

 その正体がふっとわかったぼくは、チャイムを押されてお父さんに気付かれる前に、そっとドアを開けて外へ出た。

 出てみると、そこには、黒白ボーダーのオーバーサイズの長袖Tシャツを着て、白いフリル付きのピンク色のスカートと、やっぱり黒白ボーダーの太ももまで長さのあるぴっちりとした靴下を穿いた、予想していた通りの背の低い、ひとりの女の子が立っていた。

 ぼくは後ろ手で音がしないようにドアを閉めてから、

「わふちゃん……どうしたの?」

 とそう尋ねながら、マルチタスクで考えた。

 おばさんはもしかしたら、みかんがいなくなったことを、あえてわふなちゃんには言ってないのかもしれない。

 だから告げ口になってしまわないように、ぼくはみかんについて訊きたい気持ちをぐっと抑えながら、わふなちゃんの答えを待った。

 けれどもわふなちゃんは、なんにも答えないまま、怯えたような顔で、じっとぼくを見ているだけだ。

 ぼくはいつかのみかんとふたりで、ルキンを『出し』に来たときの、わふなちゃんの泣きそうな顔を思い出した。

 髪型はおかっぱだったあのときよりもずいぶん伸びて、今はいわゆるツインテールというやつにされているのだけど、前髪の部分にはちゃんと天使の輪っかが残っていて、印象はあの頃のわふなちゃんそのままだった。

「ミズにい、これ……」

 言ってわふなちゃんが、シロナガスクジラ型の肩かけポシェットから取り出して見せてくれたのは、タブレット型のスマホだった。

 その、妙にツヤツヤとした大型の、キッズ用にはとうてい見えない立派な白いスマホを見てびっくりしたのだけど、ぼくのスマホはずいぶん古い型だし、下級生とは言え、今どき電話を持たされていない方が珍しいか、とすぐに思い直したぼくは、そのスマホの画面を見た。

 見た瞬間、また見えない誰かの突きを、ドン、と心臓に喰らった。

 なぜならそこには、メッセージアプリの、こんなログが表示されていたからだ。

 みかん『ちょっと琉金に会ってくるね』

 わふな『ミズ兄のルキンちゃんのこと?』

 みかん『ううん、違う人の飼ってるやつ』

 ぼく以外の、琉金……?

 絶句しているぼくに、……あのね、とわふなちゃんが声をかける。

「みかねえ、このやり取りを最後に、連絡がつかなくなって……」

 どうやらわふなちゃんも、みかんが行方不明になったことだけは知っているようだ。

「……行き先は、言わなかったの?」

 ぼくがそう訊くと、わふなちゃんはこっちにスマホを向けたまま、ぼくの半分くらいしか太さのない白い震えがちの指先で、画面を操作してみせた。

「ここで、会うんだって……」

 まもなく出現したのは、地図画面だった。

 行き先であるらしい待ち針のようなデジタルの赤いピンは、区の外れにそびえる、植林山しょくりんさんのいっかくに刺さっている。

 ——とそのとき、

〈ほラ、やって来たでしょ?〉と、まぶたの裏っかわでルキンが言った。〈intelligence,〉

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