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 ——気が付くと、ぼくとみかんは、空いている方の手で、元通り服を着ているわふなちゃんの手をそれぞれ握り、三人で円を作りながら落下していた。

 ちょうどスカイダイビングでも、してるかのような格好で。

 そこは暗闇だったけれど、見渡す限り、そして見下ろす限りにまたたいている星のおかげで、何もかもがくっきりと見えていて、まるで満点の星空を、逆さまに落ちているような不思議な感覚だった。

 と。みかんの首にかけている体育帽と、わふなちゃんが肩にかけているシロナガスクジラ型のポシェットと、みかんとわふなちゃんの髪の毛と、そしてスカートがバタバタとなびいていることに気が付くと同時に、ぼくのJAWSキャップがひゅんっと弾き飛ばされて、一瞬で見えなくなった。

 それを見たみかんが、あっという顔をした直後、ぼくを見ながらクスッと笑った。

 ぼくも同じように、クスッと笑い返した。

 みかんの手を握っている手に、ぎゅっと力を込めながら。

 わふなちゃんの手を握っている手にも、同じように力を込めながら。

 見ると、はじめこそぽかんとしていたわふなちゃんだったけれど、ぼくとみかんに釣られたのか、やがて、パッと懐かしい顔で笑ってくれた。

 身体はお母さんのものかもしれないけれど、心はレヴィだったかもしれないけれど、わふなちゃんはかつて確かに、みかんとぼくの前に、存在していたのだ。

 今みたいな無邪気な笑顔を、見せてくれたことがあったのだ。

 そしてそれは、決して嘘などではなく、確かな一瞬として存在していて、ぼくらがそう望むのであれば、これから先も、永遠に残してゆくことができるのだ。

 それぞれの手をつないで、輪っかを形作っているぼくらは、くるくると水平に回りながら、笑い合いながら、星空を落下し続けている。

 ぼくは今のこの瞬間が、ずっと続けばいいのにと思っていた。

 ——けれど、次の瞬間だった。

 ドーンッ! というすさまじい衝撃が空間に走ると同時に、確かに目に見える純白の風の塊が、ぼくの身体を真下からぶわりと押し上げて、ぼくはみかんとわふなちゃんの手を、離してしまったのだ。

 風から二人を守ろうと、とっさに手を押しやったせいもあった。

 風を避けきれなかったせいか、見ると、みかんとわふなちゃんの手も離れ離れになっていた。

 だけど幸いなことに、風の被害は大したことはなかったようだ。

 それで安心したぼくは片腕を伸ばして、またみかんと手をつないだ。

 みかんは割と近くにいたから、身体の向きを少し調整するだけで、運よくそうすることができた。

 ただわふなちゃんとは、手をつなぎ直すことができなかった。

 ぼくもみかんも、身体の向きをあれこれと変えながら、めいっぱい手を伸ばしたけれど、なかなかそうすることができないままに、ぼくらとわふなちゃんの距離は、縦方向にじわじわと離れていった。

 と。なぜだかわからないけれど、伸ばした指先の感覚が、なくなっていることにぼくは気付いた。

 それでもぼくはもちろん、みかんも懸命に手を伸ばし続けたけれど、ついにわふなちゃんと手をつなぐことはできなかった。

 わふなちゃんはその間、みかんとぼくを、どういうわけか、わけがわからないという顔で見上げていたけれど、ふっとすべてを理解したような笑顔になると、いまだに手を伸ばしているみかんとぼくをよそに、両手を大きく振り始めた。

 と見ると、わふなちゃんの肩先では、こっちを向いている出目金になったルキンが、尻尾を揺らしながら泳いでいて、反対側の肩先には、小さな黒い巻き貝のフットが、多分こっちを向いている体勢で、カタツムリのように留まっていた。

 そしてそんなわふなちゃんたちを導くかのように、どこからともなく現れた六頭のイルカたちが、銀色に輝く無数の小魚と、紅と青のヒトデたちを引き連れながら、落ちるごとにひんやりとしてゆく星空の中を、下へ下へと向かって泳ぎ始めた。

 それからしばらくの間、そんな風にしてぼくらは落下し続けた。

 わふなちゃんは笑顔でみかんとぼくに両手を振り続け、ぼくらはしっかりと片手をつなぎあったまま、そんなわふなちゃんと、ルキンとフットたちを見続けている。

 かと思っていると、また真下から、今度はキラキラと半透明に黒く輝く、今ではもうはっきりと冷たい風が、ブワッと吹き上げてきて、みかんとぼくは、一気にわふなちゃんたちと引き離された。

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