3-8
⌘
——瞬間だった。
空全体が、キラキラと光りながら薄暗くなり、そのすぐ向こう側を、ますます燃え盛るフォボスの流星が、ドンッ! ガリガリガリガリッ! というすさまじい衝突音と摩擦音と共に、滑ってゆくさまが見えた。
テニスコートにいたみんなが、うおおっと恐怖の声を上げて、ぼくも思わず両膝を曲げて、片腕を上げて身構えながら、同じような声を出した。
見ると、みかんは両腕でぎゅっと自分を抱きしめて肩を丸めながら、目を閉じて歯を食いしばっている。
——と。
みかんが意を決したように背筋を伸ばした、その直後だった。
フットのシールドが輝きを増しながらぐわんと波打ち、そのせいで軌道が変わったフォボスの流星が、再び上昇し始めて、まもなくふしゅううっと燃え尽きながら、掻き消えていった。
みかんが居住区全体に張ったフットのシールドで、居住区全員の命を守ったのだ。
その事実がじんわりとその場にいる全員に伝わったあとで、ワッとみんなが歓声を上げた。
みかんはきっと、たまらなく怖かったに違いない。
どっと崩れ落ちるようにその場にうずくまったそんなみかんの元へ、ラケットを放り出したメイジちゃんがタッと駆け寄ってかがみ込むと、みかんの背中にそっと手のひらを置いて、優しく上下にさすり始めた。
それはそうと、何がどうなっているのだろうか?
一体なぜぼくらは、居住区まで来ることができたのだろうか?
〈みかんが、フットにテレポートをお願いしたヨ〉
珍しく弾んでいるような声で教えてくれたルキンに、ぼくはびっくりして訊き返した。
〈フットが? テレポートを?〉
〈それがフットの、もうひとつの機能だヨ〉
〈そう言えばルキン、そんなこと言ってたね。でも、なんでぼくまで一緒に……?〉
〈テレポートは、接触した生体を連れてゆくヨ〉
とそこでスマホが鳴って、相手が叔父さんであることを確認してから通話にぼくは出た。
原理はわからないけれど、洋服も持ち物も、一緒にテレポートしてくれてよかったと思いながら。
「ミズトくん、どこにいるんだい?」とすぐに叔父さんが尋ねてくる。
「居住区だけど——」
ぼくはみかんがフットをエキジットさせて、とてつもなく大きなシールドを張り、フォボスの流星がぶつかる直前に、居住区全体を守ったことを叔父さんに伝えた。
「……けど、どうやって移動したんだい?」
ルキンから聞いたテレポートのことをそのまま伝えると、途端に興奮した口調で叔父さんは話し始めた。
「そうか! 深海博士がテレポーテーションの機能をフットに組み込んでいたのか!」
「そんなことが、可能なの?」
「ああ、深海博士ならね! ミズトくんも知ってるんじゃないか? 現に量子もつれによる、電子情報のテレポート機能は、すでに電話やテレビに実用化されているだろう?」
「それって惑星間でも遅れないで電波のやり取りができる、あの仕組みのこと?」
「ああそうだよ」
「でも、量子もつれって……?」
ふっと疑問に思ったことをつい訊いてしまったその直後、叔父さんは鎮まるどころか、いよいよ興奮してまくしたて始める。
「量子のもつれを二つに分けるとね、たとえどんなに離れていても、離れた分の距離を瞬間移動できるようになるんだよ。電話やテレビの機能も今回のみかんちゃんのテレポートも、その仕組みを応用したものなんだ」
「えっと、じゃあみかんのおじさんは、そのもつれの片方を、居住区にセットしていたの……?」
と、こっちもテンションが上がっていたせいか、そんなに興味がないことを、またしてもつい訊いてしまったのがいけなかった。
叔父さんはますます興奮して、みかんやメイジちゃんにまで聞こえるほどの大声で説明し始めた。
「鋭い! さすがはおれの甥っ子だ! 生体をテレポートさせるにはね、『心』が量子もつれの代わりを務めるんだ! つまりみかんちゃんの量子もつれの片方——心の一部が、おそらくはみかんちゃんの友だちの中に、あらかじめセットされていたってことだよ! そして友だちの心の一部も、みかんちゃんの中にね! だからみかんちゃんは、その子の元へ飛べたというわけだ——つまりみかんちゃんは、友だちと『愛し合って』いたんだ! 愛し愛される者の場所へしか飛べない、それが生体テレポートの原則なんだよ!」
つまりみかんとメイジちゃんの心の中には、心が交流した跡が作った発着場のようなものが、できていたということなのだろうか?
正直難しいことはわからなかったけれど、やっぱりメイジちゃんはみかんの親友だったんだということだけははっきりとわかって、なんだかうれしくなっているぼくにルキンが言った。
〈ミズ、類を黙らせるヨ〉
〈ルキン?〉
〈早くするよ。電話切るヨ〉
と。レヴィの嗤う声が、脳内にダイレクトに聞こえてきた。
〈なるほど、おしゃべりな赤毛猿のおかげで、よいことを教えてもらった。と言うことはつまり、みかんは愛情を抱き合わない、見知らぬ人間の元へはテレポートできないというわけだな? だったら次は、その場所を攻撃するだけだ。たとえば、地球などをな〉
「ごめん叔父さん、とりあえず切るね!」腕を振って通話を切りながらぼくは言った。
「ルキン、させないで! エキジットだよ!」
——直後、黒いハンマーヘッド・シャークの姿でエキジットしたルキンが言った。
「レヴィの居場所が、遠すぎるわね」
「遠いとなんなの?」
「ミズトも行く必要があるってことよ。マスターとクアットが離れすぎてると、連結が切れてしまうから」
「切れたらどうなるの?」
「永遠の別れよ。わたしは二度とミズトの中に戻れないまま、コミュニケーションも取れなくなる。従来のクアットとは違って、お互いの存在を感知できなくなるの」
ルキンと別れるなんて……考えただけでも泣きそうだった。
「だったら連れてって!」と叫ぶようにぼくは言った。
「よし。ならば、口に入れ」
メガロドンの姿にわずか数秒で膨れ上がりながら、男言葉でルキンが言った。
うん。
ルキンにはやっぱり、この見た目としゃべり方が一番似合う。
ぼくはみかんの介抱をしながらも、ルキンの出現におそれおののいているメイジちゃんに言った。
「大丈夫だよ、このサメは味方だから。それよりメイジちゃん、みかんをお願いね」
「うん、わかった。まかせといて……!」
色んなことがいっぺんに起こりすぎて、気が昂ってしまったに違いない。
メイジちゃんはじわっと泣きながらも、力強く頷いて応えてくれた。
ぼくは頷き返すと、みかんに言った。
「行ってくるね、みかん。レヴィを、やっつけてくる」
ぼくがやっつけると言ってしまったせいだろう、みかんは何か言いたげだったけれど、今はまだ口をきくことができないようだ。
不安げな顔でぼくを見上げているみかんに続ける。
「大丈夫だよ、殺したりはしないから。そもそもそ神さまは死なないって、叔父さんが言ってたでしょ? その上で考えたんだけど、ワキンのときみたいに、ルキンに噛んでもらって、QUAを吸い取ってもらえばいけるんじゃないかな」ぼくはルキンの顔を見上げた。「ね? ルキン?」
「ふん。ひとつの方法ではあるな」
「ね?」ぼくは一度みかんを見て、またルキンの方を向いた。「それよりルキン、みかんをQUAで、回復できないの?」
「侮るな。すでにやっている。めいっぱいで、今だ」
「そうなんだ……」
「心配するな。じきに回復する」
「それならよかった」
「よし、急ぐぞミズト。次の攻撃を、防ぎたいのなら」
「わかった」
ぼくは大きく開けてくれたルキンの口の中に飛び入ると、その場のみんなに見送られて、ルキンと一緒に、レヴィの元を目指し始めた。
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