第一話

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 第一話


 ぼくはまぶたの裏っかわに、黒い琉金りゅうきんを飼っている。

 琉金っていうのは、金魚のことだ。

 尻尾の長い金魚。

 ただしぼくのそれは、両眼がスペアタイヤのように出っ張っている、いわゆる出目金でめきんというやつだ。

 目を閉じると、まぶたの裏の暗闇を、いつだってそれが泳いでいる。

 そのようすはちょうど、白抜きの黒い切り絵が、黒い画用紙の上を、動き回っているようでもある。

 その琉金はまるで、内側から照らされてでもいるかのように、目や鱗、そして全体の輪郭が、白くなっているからだ。

 ぼくはまぶたの裏っかわに、黒い琉金を飼っている。

 それはぼくにとって、とっても自然なことで、その存在をはっきりと自覚した子ども——五歳の頃は、誰もがまぶたの裏っかわに、琉金を飼っていると思い込んでいた。

 ある日、お父さんに言ったことがある。

「おさかなさんに、ごはんをあげたいんだけど」と。

 そのときのお父さんは、黒いエプロンをかけて、培養鶏肉クリーンミートとブロッコリーがどっさりと入っている、自慢の『タンパクシチュー』を作っている最中だった。

 お父さんは、筋力トレーニング《筋トレ》を生きがいにしている元軍人さんなんだけれど、うちではずっとお父さんが、お母さんの役目もする家庭だったからだ。

「お魚? どこのだい?」

 と、赤い鍋を、『おたま』でかき回しているお父さんが尋ねた。

 いつものくせで、かけている黒縁めがねの真ん中を、いつだって深爪ぎみの指先で、とっと押し上げながら。

「あたまのなかのだよ」とぼくは答えた。

「頭の中?」

「めのうらっかわで、およいでるの」

 お父さんは、おたまを放り出してこっちを向くと、まためがねをとっと押し上げながら、さっとしゃがんで、ぼくの両肩をきゅっとつかんだ。

「いつからだ……?」

「わかんない」

「何か、聞こえるか?」

「きこえない」

「痛くないか? 苦しくないか?」

「ない」

 お父さんは、心配そうな顔でじっとぼくの顔を見つめると、いきなりがばっとぼくを引き寄せて、思いっきり抱きしめた。

 小六になった今だからわかるのだけど、そのときのお父さんは、きっとぼくの頭が、死んでしまったお母さんと同じように、おかしくなってしまったんだと思ったに違いない。

 そして風船のように二の腕が太い腕に力を入れながら、

「……いいか? ミズト。そのこと、決して他人ひとに言っちゃダメだぞ」と言った。「ただの、気のせいだからな。すぐに、いなくなるからな……」

 けれども、琉金はそれからも、まぶたの裏っかわで泳ぎ続けた。

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