3-18
⌘
ぐんぐん空を昇り泳いでゆくルキンに向けてレヴィが言った。
〈重力を利用して、我が攻撃力を超えるつもりか? ブラック・デーモンよ〉
〈あるいはな〉
〈情けない発想だ〉
〈それはどうかな〉
〈このわたしに、こけおどしは通用せんぞ〉
〈こけおどしなどではない。我がマスターは、覚悟を決めたようだからな〉
〈覚悟だと? 無駄死にの覚悟か?〉
〈仲間を、生かす覚悟だ〉
ルキンはコマンド通り、人工大気があるギリギリの高さまで飛翔した。
そしてそこで、新たに発したぼくのコマンド通り、バヒュームッとゆったりと宙返りすると、みかんとぼくの身体をQUAで固定してくれたあとで、一転レヴィ目がけて真っ逆さまに、ギャンッと突撃を開始した。
〈笑わせてくれる〉レヴィが言った。〈その仲間とやらを、散々裏切り、殺してきた貴様らが〉
〈だからこその、覚悟だ〉
〈抜かすな。貴様のその軟弱なノーズでは、己の命さえ生かせぬぞ。分裂したことを、悔やむがいい〉
〈ならば、受け止めてみるがいい〉
レヴィが人間の両腕に象った触手を、上空のルキンに向けた。〈たやすいことだ〉
急降下するルキンの鼻先と、レヴィの触手の腕が衝突する直前、
「今だよみかん!」とぼくは怒鳴った。
髪をなびかせながらみかんが叫んだ。
「エキジット! フット! ルキンちゃんを、頭から包んで!」
——瞬間だった。
エキジットしたフットが、ルキンの鼻先を、キラキラと半透明に輝く黒いシールドで『武装』したのは。
光りだしたルキンの牙によって、そのことがわかった。
そしてその次の瞬間、見たこともない硬い金属同士が擦れ合うような、次元さえ歪めてしまいそうな甲高い衝突音が空に響き渡る。
「ぐっ……!」と、ルキンの最強に硬くなった鼻先を、触手の手のひらで受け止めているレヴィが声を上げた。「シールドを、武器に転化とは……!?」
一度は受け止められたものの、ルキンの鼻先が、じわじわと竹を割ってゆくようにレヴィの両腕を縦に裂きながら、レヴィの頭部に近づいてゆく。
ただ心配だったのは、レヴィに押さえられているせいか、フットはルキンの全身の武装化に、時間がかかっているようだった。
目の焦点が合わないほどに振動し続けているルキンの口の中でぼくは叫んだ。
「みかん、いけそう?!」
「大丈夫だよ!」
——直後だった。
ズドンッという衝撃がいきなり走り、みかんとぼくは、ほとんど無重力になっていたルキンの口の中で、ブワッと宙に浮き、組んでいた腕を、強引に離されてしまっていた。
お腹の下方向にある外を見ると、レヴィの巨大すぎる真っ赤な眼球が見えて、ついに触手の両腕を突破されてしまったレヴィが、今度は頭を使って、ルキンを弾き返そうとしているようすが見えた。
その際の衝撃で、みかんとぼくは、離れ離れになってしまったのだ。
「みかん!」
「ミズト!」
ぼくらは無重力状態の中、どちらからともなく腕を伸ばして、お互いの手を求めあった。
やがてかろうじて、片腕同士の指先がとっと触れ合い、指と指が交差してくっとつかみ合い、手のひらと手のひらがたんっと重なり合い、そして両手と両手が、がしっと握り合わされた。
——その、瞬間だった。
これは、QUAのパワーによるものなのだろうか?
ルキンの身体がドンッと一回り大きくなって、フットの武装化がじわじわながらも、確実にまた進み始めたことが、見えないながらも、気のようなものが迫り上がってゆく感覚ではっきりとわかった。
必死の形相で攻撃を受け止めているレヴィにルキンが言った。
〈レヴィよ、最後に教えてやろう。我々が死を受け入れてまで、分裂して、求めたものを〉
「ぐっ、ぐ……」
〈それは他者と、『手をつなぐこと』だ〉
ぼくはルキンの言葉を聞きながら、みかんの両手を握っている両手に、ぎゅっと力を込めた。
みかんも同じように、ぎゅっと握り返してくれる。
——と。
ドンッ、と、ルキンの身体がまた一回り大きくなったことが、空間の膨らみで確かにわかった。
そしてフットの武装化が、ルキンの鰓のところまで、ギュンッと進んだことも。
「く、くだらん、たわごとを……」
苦しそうな声でレヴィが言って、ルキンが応える。
〈たわごとではないことを、その身で感じているはずだぞレヴィ。我々が死を求めてまで分裂の道を選んだからこそ、
「ふ、ふざけるな。だとしても、それはなんの犠牲の上に手に入れたものだ……引き裂いてくれるわっ……!」
レヴィの言葉は、本当だった。
一度は切り裂かれた触手がみるみるうちに再収束して、前よりもたくましくはっきりとしている、針のような純白の鱗に包まれた両腕になった。
しかもその十本の指先には、触るのさえためらってしまうほどに鋭い、頑強そうな白い爪が備わっている。
それもそのはずで、よく見ると、レヴィの下半身だったレヴィアタン・メルビレイの頭部がいつの間にかなくなっていて、レヴィの下半身は、半魚人か人魚のような、ほとんど尾びれだけのものになっていた。
つまりそう、レヴィはレヴィアタン・メルビレイの頭部を、両腕に転化させたのだ。
だからその両腕は、今では純白に輝きながらはっきりと実在していて、指先にはあんなにも強そうな爪が備わっているのだ。
ぼくがそう認識したときには、レヴィはそのたくましくも美しい両腕で、その鋭い爪が備わっている頑強な指先で、ルキンの上顎と下顎をがっしりとつかみ、自分の頭からグッグッと着実に押しのけながら、二つに裂こうとし始めていた。
「噛みもせずに、押し切れると思うなっ……!」
レヴィの時空を震わすほどの唸り声を聞きながら、ルキンの予備の歯のいっかくにみかんと着地したぼくは、いよいよ決着の予感を覚えながら怒鳴り声を上げた。
「ルキン! カウントダウンだよ! 三つ数えて、
「まかせろ。わかっている」
ぼくとみかんはくっと見つめ合うと、握り合っている両手にあらためて力を入れながら、一緒にカウントダウンを開始した。
「「三、二、一——」」
と。ゼロ、と言う直前だった。
レヴィがおかしくてたまらないという高笑いを上げながら、脳内に直接話しかけてきた。
〈まさかタイミングを教えてくれるとはな! わたしの全QUAをもって引き裂いてやるぞっ!〉
レヴィの言うことが脅しではないことは、十分にわかっている。
でも、もう他に道はないのだ。
こうすると、自分たちで決めたのだ。
ぼくはこれまで以上の力でみかんと両手をぎゅっと握り合いながら、間違いなく生まれてはじめての大声をみかんと一緒に上げた。
「「——ゼロ!」」
瞬間だった。
ルキンの顎が、ズバンッ、と、真っ二つに大きく裂けたのは。
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