第23話 苦しみの向かう先

「あ、あかり……??」


 どこかで見たような、濃い紫のリボンが胸にあしらわれた黒のワンピース。


 まるで喪服のような落ち着いた色のその服は、あかりの艷やかな美しさを際立たせていて、とてもよく似合っていたが、着物姿しか見た事がなかった俺は、初めて洋服を纏っているあかりの姿に、戸惑っていた。


「どうしたの?真人……。あなたがプレゼントしてくれた服をフリルの部分を取って、着てみたのだけど、似合わなかった?」


 !!


 あかりに不思議そうに問われ、俺は目を見開いた。


 どこかで見たと思ったら、そのワンピースは、トシと渡良瀬さんに頼んで買ってもらい、祭りの最後にあかりに渡したプレゼントの中の一つだった。元はフリルがついてもっと派手な服だったから、気付かなかった。


「い、いや、すげー似合うけど……。生き神としての正装は和装じゃないとダメなんじゃ……。それに、急にどうした?何かあった?」


「いいえ?ただ、側にいたいと思って、会いに来ただけよ。」


「あ、あかり……」


 人を惑わすような瞳で、あかりにそんな事を言われ、いつもならニヤけているところだが、今の状況では笑えなかった。


「あの、あかり……。もしかして、慰めようとしてくれてる?」


「……」


 問いに答えず、ただ、切なそうな微笑みを浮かべるあかりに、俺は素っ頓狂な明るい声を出した。


「や、気を遣ってくれんのは、有難いんだけどさ、全然そんな必要ないんだって!

 俺、ババアとは、メチャクソ仲悪かったし?もうすぐ70で、いつかはこんな時が来るの、分かってたし?


 寧ろうるさく言ってくる奴がいなくなってせいせいしたっていうか…?


 社の責任者としては、後任の御堂さん、いい人だし、改めてスタッフと協力体制を作れば、何の問題も……」


「無理しないで、真人。例え、仲良しじゃなかったとしても、肉親の死は重いものよ?」

「っ……」


 俺の早口な発言を遮るようなあかりの言葉に、一瞬熱いものが込み上げそうになって、慌てて苦笑いを浮かべた。


「大丈夫なんだって。ま、多少割り切れない気持ちはあるけど、そういう事にしといてくれよ?

 そうじゃないと……。こんな時にあかりが側にいると、言わなくていい事を、しちゃいけない事をしてしまいそうだ。

 俺は贄として、あかりを、社を守らなきゃいけない。あかりは生き神として島を守らなきゃいけない。タブーを犯しちゃダメだろ?」


 自分にも言い聞かせるように早口で言った事に、あかりは頷いてくれた。


「そうね……。生き神ならそうしなきゃいけない。」

「だろ?」


 納得してくれ、安心しかかった俺に、あかりは強い意思の籠もった瞳を向けて来た。


「でも………。今は、私、着物を来ていないから生き神じゃないわ。あなたのプレゼントしてくれた洋服を着て、部屋に遊びに来た恋人。ただのあかり。だから、何を言っても、何をしても構わないわ。」


「っ……!」


 虚を突かれ、固まった俺はあかりにギュッと抱き寄せられていた。


「真人。大好き……。」


 耳元で囁くその声に、その温もりに、その柔さに心を残酷なまでに溶かされ、俺は肩を震わせた。


「ほ、本当に……どうって事ないんだよ。悲しいとかじゃねーの。

 俺は小さい頃から、何かといえば、頭ごなしに叱って来る、ババアが大嫌いだった。


 最後だって「お前に心配されるほど落ちぶれてはおらぬわ!」とか憎まれ口叩いてくる菊婆にムカついて、あかりを守るように言われたのを「言われなくもそうするよっっ!!」って怒鳴って言い返して、お互いひでーもんだし。


 だけど……。俺がもう少し今よりマシな性格で、もう少し頼りがいのある奴だったら……。


 そ、そしたら、もう少しババアとの関係も違って、最後にもう少し優しい言葉をかけてやれたんじゃないか……?安心してもらえたんじゃないかって……。


 そ、そう思うと、遣り切れなくってさっ……。


 ふぐっ……。そりゃ、少し心配はしたけど、殺しても、死なないババアだと思ってたからっ、こ、こんなに急にいなくなるなんて思っていなくてっ……。


 俺はただのガキでっ……。

 ババアに怒りすらっ…覚えてる俺が、本当に情けなくって……。ふっ…くぅっ…。」


 独りよがりな独白をしながら、俺は嗚咽とともにみっともなく大量の鼻水と涙を垂れ流した。


 彼女はそんなひどい俺の言葉を静かに聞いてくれ……。


「真人……。


 菊婆は私に孫の真人の事を何度も嬉しそうに語っていたわ。厳しいけれど、とても愛情深い人だったんだと思うわ。


 でなきゃ、真人がこんなに優しい温かい人である筈がないもの。


 お互い、真っ直ぐで強すぎて、すれ違ったりぶつかったりしてしまう事があったとしても、想いは同じだったのじゃないかしら?


 きっと、菊婆は心の奥では真人を信頼して、安心していたと思うわ。」


「お、俺は、そんないい奴…じゃ、ねぇよぅっ……?」


 彼女の優しい言葉は心に真っ直ぐ染み透ったが、その尊さを受け取る資格がないと思う俺は頭を振った。


「いいえ。真人はいい人よ。そして、頑張りやさんでとても強い。

 だけど、今だけ……。こんな時ぐらい弱くなっても構わないと思うの。私が許すわ。」


「ふっ……、うぐふぅっ!うわあぁっっ……!!」


 激情に流されて無様に泣く俺をあかりは抱き締めて背中を撫でてくれた。


 今はただ、本能のまま、彼女の柔く甘い体に縋る事しか出来なかった……。








 *あとがき*

 読んで頂きまして、ありがとうございます。

カクヨムコンでは、中間選考は無理でしたが、応援下さり本当にありがとうございました! 


 重苦しい展開が続き大変すみません。

 真人くんとあかりちゃんは苦しみの中で、希望の光を見つけられるのか見守って下さると有難いです。

 今後ともどうかよろしくお願いします。


 ※生と死をテーマにした創作論を同時投稿していますので、ご興味ある方はそちらもお願いします。


 

 


 










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