第6話 涙

「う、ううっ…。ああっ。ああ〜んっっ!!」

「あ、あかりっ…。」


あかりは自分の体を両手で抱き締めて慟哭していた。


「うわああっ…。ああっ。わあああっ…。」


大きく顔を歪め、泣き伏している彼女は

あまりに哀しそうで、辛そうで、俺は何て声をかけたらいいのか分からなかった。


どうして、彼女があれ程望んでいた儀式が成功したというのに、明らかに喜びや、感動によるものではないと分かる哀切に満ちた涙を流しているのか、俺には分からなかった。


「あかりっ…。一体どうし…。」


震えている肩に触れようとして、大事な何かを失ったように、身を守るようなポーズをとっている彼女を見て、

俺はある事に思い当たり手を止めた。


いや、彼女が悲しみ辛く思うのも当然じゃないか。


今、儀式の為に、好きでもない(初対面で土下座を強要するような)男である俺に大事な初めてを捧げたばかり。


あかりにっては生き神としての役割を果たす為、自分に犠牲を強いた辛く苦しい時間だったのではないだろうか。


しかも今後も儀式の度に抱かれ、子まで成さなければならない。


あかりにとっては、これからの事を考えると絶望しかないよな…。


どうして泣いてるのか?

何か辛くて悲しい事があるのかなんて、どの口が聞けるんだろう…。


俺の胸に氷のような冷たい水が染み渡るように感じていた。


俺はあかりに触れようとした手を握り締め、

静かに下ろすと、俯いて為す術もなく、彼女の嗚咽を聞いていた。


「わああぁん!か、母さまっ。母さまあぁっ!!ああ〜んっ!!」


そう…、やがて、彼女が母親を呼び始めるのまで為す術もなく…。


ん?母親??


あかりの母親というと、先代の生き神の事か?


「母さまっ…!私、遂に、儀式をっ、やり遂げましたーっっ。わあぁっ。あああーっ!!」


「あ、あかりっ…!」


そこまで聞いて、俺はやっと彼女が母親の死を悼んで泣いているという事が分かった。


考えてみれば、あかりは母親が亡くなってから、まだ一ヶ月も経っていないんだよな。


母が亡くなって、その死を悲しむ暇もなく、その瞬間から生き神としての役割を負い、400年続いている儀式を滞りなく成功させるべく尽力してきたあかり。


儀式が無事終わり、張り詰めていた糸が切れてしまったように緊張が解け、あかりは今ようやく、母親への死を実感し、悲しむ事が出来るようになったのかもしれない。


(多分だけど)俺への嫌悪や、望まぬ相手に処女を捧げた辛さによるものではなかったと分かり、ホッとしたのと、同時に彼女の悲しみに同調したのとで、俺も涙を滲ませながらその肩に手を掛けて彼女に呼び掛けた。


「あ、あかり…。」

「ううっ…、真人ぉ…!」


彼女は振り向くと、涙をいっぱいためた瞳で縋るように俺を見上げて来た。


「わ、わたしっ。ほんとはっ。自分なんかに生き神の役割が果たせるだろうかって、儀式の日がやって来るのが、怖くてっ。ずっと逃げ出したいって思ってたのっ。

でも、母さまもお祖母様も、ご先祖もずっと繋いできた生き神から絶対逃げちゃダメだっていうのも分かってて…。

何かその日、天変地異みたいなものが起こって、儀式がなくならないかななんて心のどこかで思ってた。

こんな私、真人に拒否されて当然なのよっ。」


「あかりっ。ごめん、俺、さっきのはそんなつもりじゃっ…!」


辛そうな表情で語られ、俺が否定しようとすると、彼女はふるふる首を振った。


「ううん。分かってる。謝らないで。真人に儀式を拒否された時、すごくショックだったけど、その時初めて私は儀式をやり遂げたいと強く思ったの。だから、真人が受け入れてくれた時、すごく嬉しかった…!これで、母さまに胸を張って儀式の成功をご報告できるわ。」


「あかりはよく頑張ったよ。儀式、成功してよかったな。」


ぎこちない手付きであかりの頭をポンポンと軽く叩くと、彼女は赤い鼻を啜りながら、感極まったように体を震わせ…。


「真人ぉっ!!」

「わあっ!!」


いきなり飛び付かれ、俺はあかりに押し倒された。

裸で抱き合う形になり、俺の胸に、あかりの豊満な胸がポヨンポヨンと押し付けられる。


「ちょっと、あかりっ?//」


「相手が真人だから、やり遂げられたの…!!

贄が真人で本当によかった…!うええっ…。ありがとう、真人っ…。」


「!!!あ、あかり…!」


そんな風に言ってもらえる資格、俺にはないのに…!

宝物のような彼女の言葉を痛みと共に胸にしまった。


「ううっ…。うわあっ。わああ〜んっ。」

「あかり、頑張ったな…。辛かったな…。」


彼女が泣き止むまで、ずっとその綺麗な黒髪を撫でていた。


母親を失った瞬間から、生き神という重責を担い、儀式が終了するまでその死を悲しむ事もできなかったあかり。


自分の存在すら社会的に認められず、儀式の為、その身を捧げるのを当然と考えているあかり。


周りも、彼女自身もその心身を酷使するしかないというなら、せめて俺だけでも、彼女の事を大事にしてあげられないだろうか。


生き神としてではなく、たった一人の女の子としてー。


四条灯の温もりを感じながら、嗚咽を聞きながら、俺は彼女を守ることを固く心に誓っていた。


*あとがき*


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m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。


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