第7話 葛城真人の告白

ひとしきりわあわあ泣いた末、ようやく泣き止み、落ち着いたあかりは、俺から身を離し、泣き腫らした赤い目で恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「泣いたりして、ごめんなさい。私はこの島の生き神なのだから、もっとしっかりしなくちゃいけないのに。真人には助けられてばっかりね?」


「い、いや。俺でよかったら、いつでも頼ってよ。俺は君の贄なんだから。」


あかりの気持ちが落ち着いた事に安堵すると共に、さっきまで感じていた体温が失われた事に寂しさを覚えていた俺は、もっと頼って欲しくて、前のめりに主張すると、彼女はふわっと可愛らしい笑顔になった。


「ふふっ。ありがとう。真人は優しいね。

そしたら、これからも儀式に協力してくれる?」


「え、あ、ああ…。もちろん…!」


俺はガッツポーズをとり…。

目の前の全裸の彼女にまた反応してしまった。


「ま、真人…!あの、今日はもう張り切らなくていいのだけど…!////」


「あっ。ご、ごめん!!////」


俺の反応を見て顔を赤らめたあかりに慌てて謝ると、俺達はお互いに気まずく視線を逸らした。


「あ、あのっ。そろそろ着物…着るわね?」


「あっ。ああ、そうだな!」


お互いに慌てたように後ろを向いた。


自分も着物を羽織りながら、

あかりがバサッ。シュルシュル…。と着物を身に付けていく気配を背後に感じながら、

女神のように美しい裸体が隠されて行くのを少し残念に思っていると、後ろから声をかけられた。


「次の儀式は今から一週間後かしらね…。」


「そ、そうなんだ…。//」


儀式の日=あかりと体を交える日に他ならない。


下衆な俺は彼女にまた触れられる事に心が浮き立つのを抑えられなかった。


けど…。

儀式の後のあの憔悴した様子を思い出すと、

気の放出を行う事で、彼女の体がどうにかなってしまうのではないかと、心配でもあった。


「あの儀式って、どのくらいの頻度で行うものなの?」


「ええと…。確か初回の儀式から一週間ごとに3回行って、他は災害が来る前に補給的に行う場合もあるから、年にもよるけど、年3回ぐらいはあるかしら…?」

「そ、そっか…。思ったより少ないんだな。」


という事は、今必ず行うと分かっている儀式は2回、あとは天候とか次第って事か…。


取り敢えず、最初の3回を乗り切れば、後は、不定期で休み休み行ける感じか…。それまでしんどいけど、なんとか乗り切ろうな…。と声をかけようとした時…。


「真人、だから儀式の日まで元気でいてね?

何かあったら、保坂さんか菊婆づてに相談してもらえれば、私も今度はすぐに動くようにするから…。」


「あっ、うん…。今度はちゃんと相談するよ…。」


あかりに心配そうに声をかけられ、神妙な顔 で頷いたが…。


ん?儀式の日まで元気でいてね?


「ちょ、ちょっと待って?それって儀式の日まで君に会えないってこと?!」


俺は思わず振り向いて、肌襦袢を身に付け、上の着物を羽織っただけの状態のあかりに詰め寄っていた。


「ええ。しきたりによると、贄と生き神が会うのは、基本的に儀式の時と後継者作りの儀の時だけっ…て、

真人、私、まだ着替え中…!//」


着替え中の姿を見られている事に気付いたあかりが抗議するように睨んできたが、俺はそれどころじゃなかった。


「今更何だよ、君の何もかもさっき全部見た

よ!」

「そ、そうだけど…。(そんなハッキリ言わなくても…!)///」


「それより、儀式の時か、後継者作りの時しか会えないってどういう事だよ?

そしたら、あと2回の儀式が終わって、

後継者(子供)が出来たら、俺達、年3回ぐらいしか会えないって事?」


「ま、まあ、そうなるわね…。」


「そ、そんな……!!_| ̄|○ il||li」


俺は大きいショックを受け、その場に四つん這いになった。

着物を着終わったあかりが、そんな俺の側に駆け寄り、優しい言葉をかけてくる。


「真人、だから心配しないで?先代の贄様が、気にかけて下さって、これからはできるだけ真人の側にいて下さるそうだし、私も何かあったらすぐ駆け付けるから。

ねっ?ちゃんと真人を守るから安心して?」


「っ…。」


違うよ…。


そうじゃない。


この期に及んで自分の身を案じているわけじゃねーよ。


俺は逆に君を守りたいんだよ。


そして、君を守れるようにいつでも、君の側にいたいんだよ。


君の事が好きだから…!!


俺は項垂れたまま、拳を痛いほど握り締めた。


『生き神様ーっ?随分時間が経ちましたが、まだ迎えは要りませぬか?』

『贄のドアホがまた何か生き神様を困らせる事でも仕出かしていませんか?』


「「!」」

再び頭の中に、双子の精霊の声が響いた。


「キーちゃん。着替えは終わったけど、えっと、もう少し待ってね?ナーちゃん、真人は困らせる事はしてないから大丈…。」


あかりが言い終わらない内に、キーとナーの声がハモった。


『『困った時の声をなさっています!真人許すまじ!!生き神様〜!今参ります!!』』

「?!!||||||」

「えっ!キーちゃんナーちゃん、ちょっと待っ…!」


「キー参上!」

「きゃっ!」

「ナー参上!」

「わあっ!」


俺とあかりの間に割り込むように突然キーとナーが現れた。


「真人、このボンクラなドバカめ…!儀式でお疲れの生き神様のお手を煩わせるとは何事か!早く休ませて差し上げぬか!」


「真人、このボンクラなドアホめ…!きっと、下衆なお前の事だから、生き神様にもう一度やらせてくれとか頼み込んでいたに違いない!なんと破廉恥な!!」


あかりを守るように庇い立つ双子の精霊は、俺を険しい顔で、言いたい放題に責めて来た。


「ち、違っ!そんな事言ってねーよ。」


「そ、そうよ。ナーちゃん、そんな事言われてないわ!キーちゃんも、私は大丈夫よ。遅くなったのは、さっき私が取り乱してしまったのを慰めてくれていたからで、真人のせいじゃないのよ!」


「ううっ。生き神様、おいたわしや…!

儀式の為とはいえ、こんな奴の相手をせねばならんとは、取り乱しもしましょうな…。」

「誠に不憫でございます。やはり、歴代贄、抱かれたくないランキング第一位の真人のせいではありませんか!」


「キーちゃん、ナーちゃん、違っ…!そんな理由で取り乱したわけじゃないのよぅ!」


「お前ら、言いたい放題だな…💢」


歴代贄、抱かれたくないランキングってなんだよ?!数百年生きてるお前らしか分からないネタでディスりやがって…!


「とにかく、儀式を終えられた生き神様を一刻も早く休ませて差し上げる必要がある。」


「生き神様、さっ。儀式が済んだらコイツに用などありませぬ。帰って、休みましょう?」


「あっ。キーちゃん!ナーちゃん!」


キーとナーに手を取られ、あかりは困ったような顔になり、俺に手を合わせた。


「ごめんなさいね。真人。きちんと話を聞いてあげられなくて。次の儀式の時にはきちんと聞くから、また一週間後に…」


「ま、待ってくれ、あかり!!まだ行かないで!!」

と、あかりが別れの挨拶をし始めるのを俺は遮った。


「「い、生き神様を呼び捨てに…?!」」


双子の精霊がサーッと青ざめるのも構わず、

俺はあかりを真っ直ぐに見据え大声で叫んだ。


「あかり!これだけは聞いてくれ!!」


「ま、真人…??」


あかりは俺の剣幕に驚いて瞬きもせず、大きな目で、こちらを見詰め返してくる。


数時間前までその存在すら知らなかった、その紫がかったミステリアスな黒い瞳が今はたまらなく愛おしい。


溢れる気持ちを俺は抑えれなかった。


「最初に会った時にあんなひどい事した俺がこんな事言うの、虫が良すぎるかもしれないけどっ!

でも、俺は君の事一目見た時から、好きだっ!大好きだっ!!君に惚れているっ!!」


「は、はあっっ?!!まま、真人、いきなり何を言うの…?!///」


気持ちのままに、思いの丈をぶつけると、

あかりの顔はみるみる内に真っ赤に染まっていった。


ううっ。可愛いなぁ…!!

自分も顔が熱くなっているのを感じながら、彼女の狼狽える様を見守っていた。


「「こやつ、一体何を言うとるんだ…?!」」


双子の精霊がジト目でこちらを見てくるが、構わず、俺は必死に言い募った。


「しきたりだからって、儀式の日しか君に会えないなんておかしいよ…!


君はこんな俺を選んでくれて、俺も君を好きになって、今、全てを見せ合い、一つになって儀式をやり遂げたんじゃないか。


君の事が愛おしくて、こんなにも離れ難いと思っているのに、一週間も、下手をしたら、何ヶ月も会えない時期があるなんて、俺には耐えられないよ…!

同じ屋敷に住んでいるんだし、なんとか、会える日を増やすわけにはいかないの…?」


「ま、真人…!それはできないわ!

不測の事態に対応する為に、コミュニケーションをとることはあったとしても、そんな個人的感情の為に、しきたりを変えるなんてそうそうあってはならない事よ!

私達は、島の皆を守る役割を持った生き神と贄なのよっ?」


俺の勢いに目を瞬かせながらも、あかりは俺に凛とした表情で厳しく俺に言い聞かせるように言った。


「俺はっ!島の皆の為に儀式に協力したんじゃない。生き神としてのあかりに協力したんじゃない。


俺の惚れたたった一人の女の子、四条あかりの頼みだから、他の男にあかりを渡したくないから、贄として儀式に協力しただけだっ!!


本当は、君と儀式なんかじゃなく、恋人同士としてイチャコラしたいんだあっ!!」


「真人のバカあっ!!!💢」


口が止まらずダダ漏れる欲望を残らず言い切ってしまった瞬間、あかりに怒鳴られた。


「あ、あかり…さん…?」


会った時に罵詈雑言を浴びせた時も、儀式の時、何度も迷惑をかけた時も、こんなに怒ったあかりを見た事がなく、俺は思わず怯んだ。


あかりは、真っ赤になり、烈火のような怒りを全身にたぎらせ俺にぶつけて来た。


「私達は、生き神と贄の関係なのよっ?!

最初からそう説明されているわよね?

今更、そんな事を言うなんて、約束違反じゃないのっ?


私は生き神なのっ!!


たとえ贄とでも、恋愛なんかしちゃダメなのよっ!!


恋人同士としてイチャコラしたいなんてそんな事いけないわっ!!不謹慎だわっ!!


真人のスカポ○タンッッ!!」


「す、スカポ○タン…??||||||||」


色んな意味で思わぬ罵りを受け、俺は青褪めた。


「全く調子に乗るな、どバカが!」

「生き神様はあくまで贄として相手をしているというに、呆れたどアホだな!」


精霊達が腕組みをして、ここぞとばかりに俺の悪口のバックコーラスを奏でる。


「とにかく、話がそれだけなら、私、もう行くわねっ!儀式の日までに頭を冷やしておいてね。」

「あ、あかりっ…!」


あかりは、俺に背を向けて、ざかざか歩き出そうとして…。


「きゃっ…?痛っ??」


急に、足をもつれされて転びそうになった。


「あかりっ!!」

「「生き神様っ!!」」


心配して俺と精霊達が声をかけると、あかりは体勢を立て直したものの、ヨロヨロしながらひよこ歩きになっていた。


「な、なんかすごく歩きにくいわっ。///」

「?!!///」


え。それって…。もしかして、俺のせい…??


あかりのひよこ歩きの原因を考え、最低な俺はこの期に及んで、再び股間が熱くなりそうになった。


「キーちゃん、ナーちゃん、お願い。」


「「了解致しましたっ。」」


あかりはキーとナーに両脇から抱えられフワッと宙に舞い上がった。


「あ、あかりっ!!」

「じゃ、じゃあね、真人。」


俺が慌てて呼び止めたが、あかりはプイッと俺から顔を背けつつ無愛想に別れの言葉を口にした。


最後の一瞬チラリとこちらを見て、赤い顔で俺を睨んで言った。


「また、儀式でね…。」


「あかりっ…!!」


「「さらばだ、真人ふられ男よ…。」」


「…!!」


そして、次の瞬間、あかりは双子の精霊達と共にフッと突然姿を消した。


俺の胸にポッカリ穴が空いたような喪失感と、寂寥感を残して…。


『真人のスカポ○タンッッ…!!』


初めて聞いた彼女の悪態が心に突き刺さる。


「俺は…。振られたのか…。」


俺はフーッとため息をつき、監視カメラの近くにあるスイッチを押し、儀式修了を知らせる電球を灯した。


そう言えば、あんまり考えたくないが、これ、撮ってたんだっけ?もしかして、今、俺があかりに振られたところも映ってたんだろうか?

ハア…。しょっぱいな…。もうどうでもいいや…。


とぼとぼと一人で洞窟の入口に向かって歩き出した。



         *

         *


そして、洞窟の入口で待ち受けていたのは、怒り心頭に発した菊婆だった。


「真人っ!!お前という奴は、一度ならず二度までも、生き神様に対して何たる無礼をっ!!その根性、儂が叩き直してやるわっ!!」


ズダダーン!!!


「ぐはぁっ…!!ガクッ。」


菊婆に綺麗な一本背負いを決められ、洞窟の床に叩きつけられた途端、俺は意識を失い、

そのまま丸2日目覚める事がなかった…。



*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


次話、幼馴染み、風切冬馬、謎の人物それぞれの視点のお話で、二章を終わりにさせて頂きたいと思います。


今後ともどうかよろしくお願いします。

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