第6話 出立前に言い置くこと《先代贄 神山明人視点》

《社の管理者 葛城菊子へ向けて》


社の管理者であり、最高責任者である菊婆を呼び出し、生き神様にお伝えした事について話をすると、当然ながら彼女は驚いて問い糾して来た。


「い、一体どういう事ですじゃ??先代贄様…! 儂に外出許可を取りたいとは…!?あなたは贄で…!」


「菊婆。分かっている。贄の身で、しかも表向きには死んだ事になっている身で、この社から出るのは禁じられていると…。


しかし、近い将来、我々は重大な危機に直面するであろうと分かっている今、そうも言っていられないのだ。」


「重大な危機…じゃと?!」


菊婆は不穏な私の言葉に目を見開いた。


贄に外出許可など、本来あり得ない事。

今まで積み重ねて来た私の社への献身をもってしても、社の最高責任者としては、やすやすと許可する事は出来ないだろう。


ここは、現時点で開示できるものは全て明らかにし、菊婆を説得する必要があった。


「ああ…。まだ詳細は言えないが、最初の儀式の時に真人に接触してきた黒パーカーの人物とも無関係ではないだろう。」


「あの不審者が、これからその重大な危機を引き起こすとでも…?」


「その可能性も大いにあるだろう。」


「…!!💥💥

な、なんという事じゃ!お世辞にも出来の良い孫と言い難い真人が贄に選ばれた時からおかしいと思っていたのですじゃ。よもや、世紀末じゃったとは…!ううぅっ。この上、また真人が不審者にかどかわされて、その危機に関わるような事があれば、儂は生きてはいけませぬ!今のうちに、真人を軟禁して…。」


菊婆がまたも思わぬ事を言い出したのに、私は慌てて諌めた。


「いやいや、落ち着け、菊婆よ!そして自分の孫をもう少し信用してやらぬか。

真人は、生き神様を守る大事な役割がある故軟禁してはいかん。


私はその不審者の事を調査すると共に、危機を回避するための対策を取っておきたい。


実は、ここから最寄りの島に、自分が贄ということは伏せて無線電波を飛ばして交流を取っていた友人がいてな。そいつに指定した日に船で海岸沿いまで迎えに来てもらう事になっている。精霊の力でその船内に瞬間移動させてもらおうと思っているのだ。


一週間程社を離れるが、必ず戻る故、私を信じてくれないか?」


「……。分かりました。先代贄様の事は元より信用しておりますし、外出を許可させて頂きますじゃ。お気をつけて行ってらして下さい。」


「うむ。菊婆、生き神様と真人の事よろしく頼む。

もし、敵が仕掛けて来るとすれば、社に難癖をつけて、贄の真人を廃贄にするか、新しい贄を立ててくる可能性がある。

社に対する反対勢力を取り込んで圧力をかけて来ることも考えられるな。


もし、危ないことがあれば、これを使ってくれ。」


私が、小さな布袋に包まれたお守りのようなものを差し出すと、菊婆は老いた目をしぱしぱと瞬かせた。


「これは…、何ですじゃ?」


「精霊達が始祖の生き神様から賜ったという御札で、不審者に怪しい術を行使されそうになった時、この御札を翳せば、術をそのまま相手に返すことが出来るそうだ。」


「お、おお…!そのような尊い御札を預けて下さるとは、勿体ない限りですじゃ…。」


菊婆は慄き震え、両手でその御札を受け取った。


400年前に始祖の生き神様から生み出されし精霊達が、生みの親から託された大事な品をこちらに渡してくる事からも、今の生き神様の代で、のっぴきならない状況が起こり得ると予感している何よりの証拠であった。


社に重大な危機が迫っているという言葉への信憑性も一気に増す事になったであろう。


「先代贄様がお留守の間、この菊婆、命に代えても生き神様がおわしますこの社をお守りする所存にございます…!」


菊婆は、御札の入った布袋を掲げる、その場に跪き、誓ってくれたのだった。


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


《社のスタッフ ✽✽✽✽に向けて》


次に、私は社でスタッフの一人を呼び出した。


「え…?外出…ですか?この状況下で、先代贄様がいらっしゃらないと皆不安に思うのではないでしょうか?」


「この状況下だからこそ、他の場所でどうしてもやらなければならない事があるのだ。」


やはり、動揺している様子のスタッフに言い聞かせるように言うと、彼女は顔を歪めた。


「しかし…、生き神様も後見役の先代贄様がいらっしゃらないと心細くお思いでは…?」


「生き神様は、精霊達に守られておるし、かの方を今一番お支えしているのは贄の真人だ。私の少しの不在ぐらい大丈夫であろう。」


「……。先代贄様は、随分あの贄の方を買っておられるようですね。」


「ああ。次の贄が菊婆の孫と聞いてどんな奴かと思っていたが、なかなか予想の斜め上をいく面白い奴だとは思っている。✽✽の中での評価はそれ程でもないか?」


少し含みのあるスタッフの言い方に聞き返すと、彼女は微妙な表情を浮かべた。


「そうですね…。確かに最初の儀式の狼藉の後は、態度を一転させて生き神様に尽くすようになり、遊びや祭りを通して生き神様と交流を取るなど、今までにないアイディアで社の内部を改革しているのは、悪い事ではないと思います。


けれど、彼はあまりにも彼は直情的で、私から見れば「好きな女性(生き神様)と会いたい」と、ただ駄々をこねる子供のようにも思えます。」


「おや、これは手厳しいな…。」


苦笑いをすると、彼女は更に顔を曇らせた。


「生き神様に対する影響についてもどうなのでしょう。


以前は、人とはかけ離れた美貌と能面のような表情、圧倒的な神の力をお持ちの生き神様を、失礼ながら恐ろしいと思っておりました。


けれど、贄と交流するようになって、生き神様は、変わられ、人間らしく感情を露わにされるようになり…。


それを喜ばしい事と思いながら一方では不安にも思います。


度々失礼ながら、今の生き神様は、贄のことになると冷静な判断がお出来にならないでしょう。


それが敵に付け入る隙を作ってしまうのではないかと…。」


「本当に手厳しいな…。」


「も、申し訳ありません!

生き神様へ不敬な発言、なんなりと処分なさって下さい。」


慌ててその場に跪き、頭を垂れるスタッフに、私は苦笑いをした。


「いやいや、処分などするわけないだろう。随分状況を鋭く把握していると感心していたのだ。


確かに、生き神様のお優しさと贄の真人の熱情は確かに不安材料にもなり得よう。

だが、私には今後の状況を打開する為にはそれらが必要な事に思えるのだ。


私は、✽✽をスタッフの中で一番信頼している。


危ない部分があれば、生き神様をお支えして、どうか守って差し上げてくれ。」


「先代贄様…!勿体ないお言葉です。分かりました。私に出来る事があればなんなりと仰って下さい。」


頭を下げて頼み込むと、彼女は、嬉しそうな声で了承してくれた。


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


《贄 葛城真人に向けて》


贄の真人を呼び出し、外出の話をすると、彼は驚きながらもすぐに了承してくれた。


「そうなんだ!あんたが言うなら、必要な事なんだろうな。

よぉし、分かった!あかりの事は俺が守るから、安心して行ってきてくれい!!」


威勢よくそう言い、満面の笑みで親指を立てる贄の少年に私は苦笑いした。


「そう簡単に言われると、逆に少し心配だが、生き神様の事、本当に頼むぞ?お前に確認しておきたい事は二点だけだ。」


「おう、何だ?」


「お前、生き神様の事を愛しているか?」


「お、おう…。///急に何だよ。当たり前だろう?俺はあかりの事をこの世で一番愛してるぜ…!!」


頬を赤らめながらも迷いなく言い放つ彼に、私は更に問うた。


「そうか…。では、生き神様の為に命をかけられるか?」


「ああ!例え、自分の命が半分になっても、死んでも、俺はあかりを守ってみせるぜ…!」


「その言葉、絶対に忘れるなよ…!」


彼の答えに、圧の籠もった目で再度確認すると、真人は少し戸惑いながらも頷いた。


「お、おお…!あの子の命は俺の命も同然!俺達は一蓮托生だぜ!!」


「うむ。それが聞けて安心した。真人。後の事は頼んだぞ…。」


私は熱血に拳を握る真人の言葉に満足し、微笑んだ。



それから一週間後、継嗣の儀終了後、すぐに私は社を発ったのだった。



*あとがき*


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