第4話 閑話 動揺と心配

精霊のキーちゃん、ナーちゃんにお屋敷に連れ帰ってもらうと、既にスタッフにお湯や、着替えの用意を整えてもらっていた。


「では、これにて下がらせて頂きます。何かありましたら、何なりとお申し付け下さいませ。」


「ええ。ありがとう。」


スタッフの若い女性が、廊下の床に額を擦り付けるように頭を下げているところへ、私はそう声をかけて、いつもより歩幅を小さくして、浴場の中へ入って行った。


儀式で汗ばんだ髪や体を丁寧に洗い流した後、お湯の張っている大きな湯船の真ん中に腰を下ろすと自分の体積分のお湯が、浴場の床へ流れ出て行った。


ザパーン!チャプッ。


「ふうっ…。」


ちょうどいいお湯加減に一息つくと、私は今しがた終えたばかりの儀式について思いを馳せた。


「拍子抜けする程…、あっという間に終わっちゃったな…。」


そう。最初、贄の真人に拒否をされてしまった時は焦ったけれど、儀式自体は、驚く程スムーズに事が行われたのだった。


真人は、経験がないとの事だったけど、必死に頑張ってくれて、痛みを堪え、儀式を終えて憔悴する私の事まで気遣ってくれた。


傷や、疲労自体は、神の力ですぐ治ったものの、体の奥の異質感や、真人に触られた感触は生々しく残ったままだった。


「……。」


裸の体にそっと手を触れてみて、真人に触れられた時の事を思い返してみたけれど、それに対してくすぐったいような感じはあれども、嫌悪感はほぼなかった。


儀式に関しては、生まれてからずっと母から言い聞かされて来た定めであり、拒否する事は許されぬと肝に銘じていたけれど、それでも少しは自分の中で抵抗する気持ちが生まれてしまうかもと心配があった。


けれど…。


「取り越し苦労…だったな…。」


これも、母の「男の子に恋をしないように」

という言い付けをずっと守ってきたからこそ、そう思えるのかしら?


『でも、俺は君の事一目見た時から、好きだっ!大好きだっ!!君に惚れているっ!!』


「…!!///」


と、同時に、あの時の真人の告白を思い出し、私は赤面してしまった。


『俺はっ!島の皆の為に儀式に協力したんじゃない。生き神としてのあかりに協力したんじゃない。


俺の惚れたたった一人の女の子、四条あかりの頼みだから、他の男にあかりを渡したくないから、贄として儀式に協力しただけだっ!!


本当は、君と儀式なんかじゃなく、恋人同士としてイチャコラしたいんだあっ!!』


「もう、真人ったら!あんな風に口説こうとするなんて、チャラ過ぎるわ…!///💢」


私は熱くなった頬を両手で押さえて、ぷりぷりと文句を言った。


確かに、私なんか、威厳なんかちっともなくって、すぐ取り乱してしまうし、儀式の後、母様を悼んで真人に取り縋って泣いてしまうし、ダメなところばかり見せている自覚はあるけれど…!


けれど、それにしたって…!

私、この島で唯一の生き神なのよ?神様なのよ?

私、真人に舐められてるのかしら?


プンプン頬を膨らませながらも、自分の言った事も思い出していた。


『私は生き神なのっ!!


たとえ贄とでも、恋愛なんかしちゃダメなのよっ!!


恋人同士としてイチャコラしたいなんてそんな事いけないわっ!!不謹慎だわっ!!


真人のスカポ○タンッッ!!』


「でも、ちょっと言い過ぎちゃった…かしら?」


真人は、色々誤解もあって、一度は贄の役目も降りようとしていたのにも関わらず、思い直して、儀式にも協力してくれたのよね…。


ちょっと、突飛な行動に出る事もあるけど、優しい気遣いのできるいい子だし、あんな風に怒るのはよくなかったわ。


真人は、まだ贄として日が浅いのだから、私が大きな心で導いてあげなければいけないのよね…。


私はそう考え、ウンウンと頷き、小柄ながら、ヤンチャそうな表情の男の子の顔を思い浮かべ、今度真人に会った時には、生き神として穏やかな態度で、言い聞かせなければと決心したのだが…。


「??何だか、お屋敷内がバタバタしているわね。何かあったの?」


湯浴みを終えて、廊下を騒々しくスタッフが行き交う様子を見て、廊下に待機していたスタッフに声をかけると、彼女は言い辛そうに答えた。


「そ、それが、当代の贄様が倒れられたとかで…。」


「えっ!?ま、真人がっ…?!」


私は瞬間、目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。


          * 

          *

          


「わ、私が、真人にひどい事を言ったから、ショックで倒れてしまったのかも…!||||||」


「生き神、違います!菊婆が儀式で失態を犯した真人への制裁の為、投げ飛ばしたショックで気絶したらしいです。あと、社に入ってからの心身の疲労もあるとか…。」


「と、とにかく私が持てる限りの生命力を送らなきゃ…!!真人のところへ連れて行って?」


「生き神様、なりませぬ…!医者の見立てでは、真人の外傷は軽い打撲ぐらいで、ひどくはありませぬ。数日中に回復し、意識を取り戻すだろうとの事でした。

その程度の疲労の回復の為に次の儀式も近い中、お力を使ってはなりません。」


すぐに、キーちゃんと、ナーちゃんが飛んできて、かわりばんこに真人の様子を教えてくれたけれど、その時の私は真人がどうにかなってしまったらと気が気でなくて、八つ当たり気味に彼らに怒鳴ってしまっていた。


「今は、儀式よりも、贄の子の体の事が優先されるべきでしょうっ!!キーちゃんとナーちゃんが連れて行ってくれないのなら、自分でスタッフの人に聞いてみるわっ!」 


「「生き神様、お待ち下さいっ!!あっ!危ないっ!」」


ドンッ!

「きゃっ…!」

「…おっと!」


キーちゃんとナーちゃんが、慌てて後ろから追いかけて来る中、私は廊下を急ぎ歩いて、向こうから来る誰かとぶつかってしまった。


転びそうになる体を支えてくれたのは、長身の男性だった。


「おやおや、これは、生き神様ではないですか?そんなに慌ててどこへ行くのです。まさか、真人のところですか?」


「先代贄様…。は、はい…。」


先生のような存在の先代贄様に、取り乱した姿を見られた私は赤くなって俯いた。


「明人!生き神様を止めて差し上げてくれ!」

「生き神様が、真人の回復にお力を使われるとおっしゃられて、我らが止めても聞いて下さらぬのだ!ご自分のお力の回復も、まだ十分ではないというに…。」


キーちゃんと、ナーちゃんが悲鳴のような声を上げた。


「なんと、そこまで我を張られるとは、いつもの生き神様らしくないですね…。」


先代贄様は私を流し目で一瞥し、責めるようにそう言われたが、後に引くことは出来なかった。


「で、でも、私、真人が心配で…!」


言いながら、目尻から熱い雫が頬を伝って零れ落ちた。感情を昂らせて泣くなんて、子供のような失態を先代贄様に見せてしまい、恥ずかしかったが、何故か、先代贄様はそんな私を叱ることはせず、優美に微笑んだ。


「真人は、大丈夫です。今は疲れて眠っているだけ。寝ている間、私が命に換えても、彼の安全を保証します。私の事が信用できますね…?」


「は、はい…。」


先代贄様が今まで嘘をついた事など一度もなかった。私はその言葉に縋るように頷いた。


「真人に会って頂く事も構いませんが、今は、生き神様がとても取り乱されています。それを見た他の者が動揺してしまいます。

あなたは島で唯一の生き神様なのですよ?

冷静になられてから、明日またいらしてはどうですか…?

その上で、真人の容態がどうしても、気になるようでしたら、お力を使われても構いません。」


「は…い…。分かり…ました…。取り乱した姿をお見せしてしまって…申し訳…ありませんでした…。真人の事…お願いします…!」


先代贄様の子供に言い含めるような物言いに、どれだけ自分が動揺し、冷静な判断が出来ていないかが分かった。

このまま、動揺するままに、真人に会って、力を使ったとしても、後々彼の立場を悪くしてしまう事になりかねない。この場は一旦引くしかなかった。


私はまだまだ感情に流されてしまう子供で、生き神としては半人前なのだと思い知らされた。


「「生き神様ぁ…。」」  


心配げに私の着物の袖を引くキーちゃんとナーちゃんに、私は不安な気持ちを表に表さないよう、笑顔を向けた。


「キーちゃん、ナーちゃん、さっきは無理を言ってごめんなさい。私は大丈夫よ。」    


         *

         *


「すやすや…。ムニャムニャ…。」


翌日、病室に瞬間移動した私達の前で、

ベッドに寝かされている少年は、点滴の管が少し痛々しいものの、血色もよく、健やかな寝息を立てていた。


「なんじゃ。やはり元気そうではないか。」


「え、ええ…。よかったわ。」


キーちゃんの声に私も安心して頷いた。


「ったく、人騒がせな奴じゃのう…。」


ナーちゃんが呆れたように文句を言った。


「医師からは、脳波も正常で、今日か、明日中ににでも意識を取り戻すのではとの事でした。」


先代の贄様も、真人の傍らに立ち、穏やかな笑みを浮かべた。


「そう…。では、早く目覚めるように、ちょっとだけ…。」


私は真人の手を取り、生命力が滞りなく体中を巡るように、ほんの少しだけ力を加えると…。


「う…ん…。あかり…。」


真人が眉根を寄せて、私の名前を呼んだ。


「…!!真人っ?!」

「「おぉっ?」」

「…!!」


その場にいた全員が、真人が意識を取り戻したのかと驚いた時…。


「でへへ…。あかりのおっぱい…♡大っきくて柔らかい…。大好きだぁ…♡♡」


「「「「……」」」」


真人は口元にニヤニヤ笑いを浮かべて、ゴロンと寝返りを打ち、部屋の空気は一瞬凍りついた。


「っ〰〰〰!!も、もう!真人ったら…!///」


先代贄様もキーちゃん、ナーちゃんもいる中

そんな寝言を言われ、私は真っ赤になって、手を頬に当てた。


「はぁ…。このどバカはどんな夢を見ているのじゃ!殴って起こしてやろうか?」

「はぁ…。このどアホめが…!寧ろ永遠に寝かしておいて構わぬわ!」


「まぁまぁお前達…。この調子ならじき、目覚めるでしょう。安心ですね?生き神様?」


「は、は…い…。///」


苦笑いを浮かべる先代贄様に、私は俯いてそう答えるのがやっとだった…。




*あとがき*


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m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。


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