第21話 葛城菊子

「忙しい中、すまんな?ここで少し待っとってくれ。」

「菊婆、一人で大丈夫か?俺も中に入ろうか?」


 護衛役を引き受けてくれた、若い衆(と言っても30代半ばじゃが)野木周平くんに家の門の前で言い置くと、彼は儂に心配そうな顔を向けて来おった。


「何じゃ、大丈夫じゃって皆して儂を年寄り扱いして心配しよって……。」


 社でも、生き神様、他のスタッフさん、頼りない孫、真人にまで心配されていた事を思い出し、儂は苦笑したのじゃった。


「いや、そりゃ、菊婆は年の割には元気だけど、もう70近いだろぅ?島の掟(70になったら、皆一律に死ぬ)だってあるし、こういう状況だし、どうしたって心配になるよ。」


 そう言って額に皺を寄せる野木くんは、ついこの間まで学生姿だったような気がするが、いっぱしの大人の顔をするようになった。確か20歳で結婚して、2人目の子供が先日生まれたばかりじゃったろうか?

 真人も、ついこの間まで悪ガキで島民会の椙原爺の鬘を取って、ケツをぶっ叩いておったのに、それが今や、贄様とは。


 子供が大人になるのはあっという間。

 それだけ、自分も年を取っておるという事じゃな……。


 しみじみした気持ちになりながら、儂は頷いた。


「分かった分かった。儂は年寄りじゃ。

 ただ、ちょっと人に見られるとまずいものもある故、家の中には儂だけで入らせてくれんか。何かあったら、すぐ野木くんを呼ぶ事にする。」


「ああ。じゃ、鍵は開けといてな?少しでも様子がおかしかったらすぐ、中に踏み込むからな?」


「ああ。その時は頼む。」


 神妙な顔の野木くんを残して、儂はしばらくぶりに自宅に戻ったのじゃった。


        ✽


 ガサゴソッ。カサッ。


「あったあった……。この書類じゃっ!」


 先代贄様から、以前から風切総合病院について100%は信用してはいけないと言われておったので、念の為、真人の生殖機能についての検査は別の医療機関でも受けていたのじゃった。


 重要書類入った引き出しを探り、生殖機能について問題なしと証明された書類を手にして、儂は安堵の息を漏らした。


 息子夫婦と孫を海の事故で失いー。


 社の責任者として、心身を捧げお仕えして来た先代生き神様、心様を失いー。


 心様亡き後、懸命に役目を果たそうとされる当代の生き神様、灯様と、贄様となり、かの方をお慕いし、お守りする事に生き甲斐を見出すようになった孫の真人。


 社の責任者として、たった一人の肉親として、かの人らの愛を 命をかけて守らなければと決意を新たにしておると……。


「ああ、それがあなたの探していた書類ですか?」


「!?」


 背後で声が響き、振り返ると、先程島民会の椙原爺と共に冬馬くん達の後見役として話し合いの場にいた女、上倉希が不敵な笑みを浮かべていた。


「お主、なぜ家にっ!」

 ガッ!

 肩に掴みかかり、投げ飛ばそうとしたところ……。


「ああ、乱暴な事しないで下さいよ」

 トンッ!

 ガクン……!


「っ……!!」


 上倉に腕に軽く触れられただけで、急に体に力が入らなくなり、儂はその場に崩れ落ちた。


「(野木くっ……。くっ!こ、声もっ…。)」


 外の野木くんに知らせようと大声を出そうとするが、声帯もやられたのか、掠れたような声しか出せぬ。

 愕然とする儂に、上倉はニヤリと笑った。


「ふふっ。外の人には知らせない方がいいですよ?彼、2児の父ですよね?まだあなたの道連れで亡くなるには早いと思いますけど……」


「(っ……!!お前っ?)」


「病院は情報が集まりやすいですから、よそ者といえど、島の人間の事は大体分かりますよ?


 まぁ、息子夫婦と孫の一人を海の事故で死に追いやり、残ったたった一人の孫も投げ飛ばして、数日間気絶させるようなあなたに、他の人を心配するような情があるのか怪しいものですが……。」


「(お、お前、な、なぜっ…!)」


 何故家族の過去や、社で起こった事まで知っておるのかと、儂が目を見開くと……。


「社の責任者として、職務に忠実な葛城菊子さん?あなたにはここで死んで貰います。島の掟に従って……!」


「!!||||||||」


 上倉は、禍々しい空気を放つ黒いお札をこちらに向け、醜悪な笑みを浮かべ近付いて来おった。


 そのお札には、赤い字でこう書かれておった。


『時間 今すぐ 死因 心臓発作』と……。


「(や、やってみるがいい……!)」


 儂はぶるぶる震える手を、始祖様の御札が入っている懐に当てた。


 狙われる可能性がある事は、以前から先代贄様より、聞き及んでいた事。だからこそ、かの方はこの御札を儂に託して下さったのじゃろう。


 向こうが術を発動させた瞬間に、「返れ!」と強く念じれば、術は全て相手に返る筈。


 もし、間に合わなかったとしても、相討ちにでもなれれば……!


 決死の覚悟で上倉を睨みつけると、奴は儂の懐辺りを見て、目を丸くし、愉快そうな声を上げた。


「へえ!強力な切り札があるんですね?もしかして、始祖の生き神級の霊力が宿っているとか?


 どうやら、術を跳ね返すタイプらしいですが、確かにそれを受けたら確実に私、死にますね?オーバーキルもいいところですよ。

 私なんかにそんな大層なものを使って頂いて光栄の限りです。」


「っ………?!」


 不利な状況にも関わらず、興奮気味に捲し立て、ペコリとお辞儀までする上倉に強烈な違和感を感じて顔を顰めておると……。


「では、最後に、私も言いたい事を言わせてもらいます。あなたは、私を不審者みたいに言いましたが、結構な正攻法でここに入っているんですよ?ホラね?」


「??!」


 上倉は錆び付いたキーホルダーのついた鍵を儂に突き出しよった。


 随分黒くなっておるが、元はピンクか?この、リボンの形に見覚えのあるような……。


『菊婆ちゃん、まこちゃん、このキーホルダー大切にするねっ!』


 ……!!


 瞬間、愛らしいおかっぱ姿の小さな女の子の姿が蘇り、はじけるように目の前の女を見ると、口元に小さいホクロがあるのを認められた。


 あの子も確か口元にホクロが…。


「(ま、まことっ…!ま、まさか、お前がっっ……!)」


「ふふっ。菊婆ちゃんは、2度も私を殺すの?」


 愕然とする儂に、目の前の相手は幼子のような無邪気な笑顔を浮かべたのじゃった……。










✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


《先代贄視点》


船内の衛星電話で最も信用のおけるスタッフに連絡を取ると、彼女はひどく狼狽したような声を上げた。


『せ、先代贄様っ……?』


「ああ、私だが、菊婆はそこにいるかっ?」


急き立てるように聞くと、一瞬の沈黙の後……。


『ひっく。そ、それがっ……、き、菊婆様がっ……!う、ううっ…』


後は嗚咽で何も言えない彼女の様子に私は全てを悟った。


「遅かったか……!」


私は、深い悔恨の念を抱き、頭を抱えたのだった……。




*あとがき*


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m(_ _)m


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