第7話 双子の精霊

「お前よもや、逃げるつもりだったんじゃなかろうなぁ…?」


「…!!」


俺の左腕を捕らえた、白い髪、白い瞳の童子は、剣呑に左目をすがめて、詰問してきた。


「さっき、あのボートに乗っている者に手を振っていたよな?さては、示し合わせて逃げる手筈を整えていたのではあるまいなぁ…?」


「…!!!」


俺の右腕を捕らえた、赤い髪、赤い瞳の童子が右目をすがめて詰め寄ってきた。


まるで人外の者のような雰囲気を纏う二人の童子に迫られ、恐ろしくてならないし、内心ギクリとしたが、ここはなんとか誤魔化すしかない。


「い、いや、まさかっ!!違うよ!!」


俺は手をブンブン振って否定した。


ブルルッ。ブロロロロ…!


見れば、海に浮かんでいたボートは、もうその場になく、沖の方へ走り去って行くところだった。

黒いパーカーの人物の後ろ姿が小さく見えた。


「むっ。逃げたか…?なぁ、あやつ…!」

「ああ。気配の読み取れぬ怪しい奴だ。」


童子たちは、何やらヒソヒソ話し合っている。


あの人は、冬馬の知り合いで俺を助けようとしてくれてたんだろうか?

意思の疎通も出来ないまま、童子達に捕まってしまった為、その判別も出来なかった。


「俺はただ、カッコイイボートだなと思って手を振っていただけだよ。さよ~なら~!!」


出来るだけアホ面をしてボートの方へ叫ぶと、童子達は呆れたような顔になった。


「「はあっ?!お前は、子供かっ…!」」


「急に海を見たくなったと、学校を飛び出したと菊婆から聞いて、心配した生き神様から、遣わされて来たが、コイツ、本当に17才か?!」

「背も低いし、知能も低そうだし、疑わしいのぅ…。」


二人の童子は、俺を不審そうに見てきたので、俺は引き攣った笑いを浮かべた。


「いや、正真正銘、17才だよ。菊婆の孫なんだから、間違えるワケないだろ?

それから、背は、まだ成長途中だから💢」


「「……」」


そう主張する俺に、二人は何故か俺に憐れみの視線を向けて来た。

何だよっ!!


そこへ、今日出掛けに乗ってきた車が、走って来て、俺達の近くですぐ停まり、中から菊婆が飛び出して来た。


「お前っ!!真人っ!!冬馬くんから聞いたぞっ?急に海を見たくなったと行って、学校を飛び出して行くなんてどういうつもりじゃっ!!」


菊婆は、怒り心頭の様子で俺を問い詰めて来た。


「い、いやぁ~。もう、この海が見れなくなるかと思ったら、寂しくてさ…。」


俺は、菊婆に、苦笑いしながら言い訳をした。

「お前は、子供かっ…!行くなら行くで儂に一言言わんかいっ!!」


「あはは…。ゴメンゴメン…。」


いや、切羽詰まっていたとはいえ、冬馬よ。急に海見たくなったからって、その理由はどうなの?俺、アホ丸出しじゃん?


今までの俺の行いのせいか、そんな突飛な行動もやりかねないと菊婆に納得されちゃってる感じだし…。


「菊婆も、来たことだし、私達は先に戻るか?ナー。」

「そうだな。キー。」


童子達は顔を見合わせて、そう言うと、俺からスッと離れると…。


「!!」


空にフワッと浮かび上がった。


「き、君達は、い、一体…?!」


「私達は、生き神様の下僕にして双子の精霊。私はキー。」


白い髪、白目の童子が言った。


「私はナー。」


赤い髪、赤目の童子が言った。


「精霊…?キーと、ナー…?」


「真人…??誰と喋っておるんじゃ?」


「え!何言ってんだよ?そこに、着物姿の子供が浮いてるじゃん?見えねーのかよ?」


「子供…?儂には何も見えんが…??」


不思議そうにしている菊婆に、驚いて、精霊

達が浮いている辺りを指差したが、菊婆は、

その辺りを見遣って、首を傾げるばかりだった。


「菊婆には、私達の姿は見えん。私達が見えるのは、生き神様と、白羽の矢が立った者だけだ。」


白い童子(確か…キーだったか?)は、空高く舞い上がりながら俺にそう告げた。


「お前。逃げられるなどとは思うなよ?私達は、お前がどこへいようと、気を感じて追って行けるのだからな…?」


赤い童子(確か、ナー)も、同じ高さに舞い上がりながら、俺に告げた。


「「ではな。真人。また、社の奥の屋敷で会おう。」」


二人の童子は、そう言うと同時に、フッと姿を消した。


「!!!」


精霊なんて…、映画やアニメの中だけの存在と思っていたのに…。


目の前に現れ、その不思議な力を目の当たりにしてしまうと、その存在を信じざるを得なかった。


そして、そんな不思議な力を持つ精霊を下僕にしている、生き神は、どんな恐ろしい奴なのだろうか…。


そんな奴から、なんの力もないただのガキの俺が逃げ切れる筈もなかったんだ…。

手を尽くしてくれた冬馬には、申し訳ないが、全部無駄な事になっちまった…。


俺はガックリと肩を落とした。


必死に走ったせいで、冷えた汗で服が背中に張り付いて気持ち悪い。


何だか全てがひどく惨めに思えた。


「真人…??」


「いや、菊婆、何でもねーよ。見間違えだったみたいだ。もう、思い残す事はねーよ。行くんだろ?社の奥のお屋敷にさ…。」


不審そうに問い掛けてくる菊婆に、望みを捨てた疲れた顔でそう言うしかなかった…。


         *

         *

         *


あれから、菊婆に連れられ、俺は社の奥の

大きなお屋敷に入った。


「贄の葛城真人様。ようこそ、いらっしゃいました。お待ちしておりました。真人様のお世話をさせて頂きます使用人の保坂です。こちらは、掃除等担当の富田、食事担当の刈谷ですどうぞよろしくお願いします。」

「「真人様。どうぞよろしくお願いします。」」

「あ、は、はい。よろしくお願いします…。」

玄関口で年配の使用人の女性数人に、にこやかに迎えてもらった。


使用人は、島育ちの俺でも知らない顔ばかりだった。島の外部から入って来た人達なのだろうか。


「じゃあ、真人。またに明日来るからな。」


菊婆は、そう言い置くと、俺を残してさっさと帰ってしまった。


「真人様のお部屋にご案内します。荷物をこちらにどうぞ。」

「あ、ありがとうございます…。」


荷物をカートで運んでもらい、保坂さんという40代位の女性の案内されるまま、お屋敷の中に入って行った。


初めて入る屋敷の中はだだっ広く、迷路のような作りになっており、一階にある共同の広いキッチンとダイニング、大浴場以外は同じような部屋ばかりで迷ってしまいそうだった。

俺は3階の一番奥の部屋に通された。


「ここが、真人様のお部屋でございます。」


「わぁっ。ホテルみてー…!」


家で割り当てられていた俺の部屋の3倍はあろうかという広い部屋の中は、大きなベッドと、ソファー、アンティークな机、などの家具が揃えられており、俺は思わず歓声を上げた。


「部屋にはトイレとシャワー室がついておりますが、大浴場をお使いになられたい時は、こちらまでご連絡下さい。

なお、一日3回7時、12時、18時に部屋食をお持ちしますが、他に飲料やお菓子など、御所望の場合は、こちらまで電話でお申し付け下さいませ。」


保坂さんは、部屋の中の、電話を指差して、にっこりと笑った。


なんと、トイレとシャワー付き。まさにホテルじゃん!しかも、3食部屋食つき。おやつも要求すれば持って来てくれんの?最高かよ?


一瞬今までの全てを忘れてテンションが上がりかけてしまった俺だった。


「では、18:00にお夕食をお待ちますので、それまで、ゆっくりとおくつろぎ下さい。失礼致します。」


保坂さんは丁寧にお辞儀をすると、部屋を出て行った。


小さい頃、何度か海岸近くにある島のホテルに菊婆と泊まった事はあったが、それもこんな高級そうな内装の部屋ではなかった。


「うっわ。スッゲー!フッカフカ!!」


俺はベッドの上にダイブをすると、バウンバウン跳ねて、フトンの柔らかさを堪能していたが…。


すぐに、自分の境遇を思い出した。


「贄になるまでの…束の間の楽園か…。」


仰向けに寝転がり、天井のおしゃれな照明

に目を向けながら独りごちた。


驚くほどの高待遇だが、これは儀式まで俺をここに引き留める為の甘い罠なのではないだろうか。


ホテルのようないい部屋だが、ここには、テレビも、スマホもゲーム機もない。


外部と連絡をとれるのは、部屋に備え付けられた、スタッフに繋がる電話のみ…。

ほぼ、軟禁状態である事は間違いない。


逃げようものなら、多分あの精霊達が地の果てまで追いかけてくるだろう。


7日後には、祭りの儀式で、生き神様に怪しい術をかけられ、心神耗弱状態のまま、生気を吸われ続けるだけの人形となる。自分が誰かもわからないまま、ひからびていき、やがてその短い生涯を閉じる。


「はあっ…。グスっ。俺の人生、本当に何だったんだろうな…。」


溢れてくる涙を腕で拭った。


「くっそー!どうせわけ分からなくなって死ぬなら、その前にやりたい事を思い切りやってからにしよう…!」


俺は起き上がると、手帳を取り出し、メモ部分に書込み始めた。


【やりたかった事その1】


ぐうたら、食っちゃ寝の生活をする。


「ん?あれ?今の境遇、正にそうじゃね?」


→すぐ達成される予定


【やりたかった事その2】


可愛い女の子とイチャコラする。


「はぁ…。これは達成されそうにねーな…。」


→残念ながら無理


俺はため息をついた。

そして、自分の荷物を紐解くと、中から

厳選した俺のお宝本数冊を取り出した。


「はぁ…。藍川瑞希ちゃん…♡♡こんな子とイチャコラしたかったなぁ…!」


大胆な白い水着を身に着け、太陽の下でダイナマイトボディーを曝している最近人気急上昇のグラビアアイドルの写真を見て、癒やされていると…。


「ほうほう…。アイドルの雑誌か?」

「なかなか、グラマーな身体付きの娘だな。」


「うわぁっっ?!」


両隣から、雑誌を覗き込まれ、悲鳴を上げた。


またしても、突然出現した双子の精霊は、俺を冷ややかな目で見ていた。


「お、お前ら、いつの間に…!?プライバシーの侵害だぞ…!!」


俺が、必死に講義すると、白い方の精霊は

呆れたように、鼻を鳴らした。


「ハッ。来たくて来たわけではない。お前が海など行きやがるから、何か思い詰めているのではないかと生き神様が心配されて、我々が様子を見に来たというに…。」


赤い方の精霊も、鼻に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。


「ったく。この男、ここに来て、エロ雑誌を見始めるとは、どれだけ呑気なんだ?心配して損したわ!」


「うぐっ。」


どうやら、俺が自殺するのではないかと、心配して様子を見に来たらしい。


まぁ、生き神にとっては、儀式で生気を吸い取る前に自殺されたらそりゃ困るだろうよ。


やはり、ここでは、行動が逐一観察されていると思って警戒した方がいいな。


精霊達がもうあと10分遅かったら、恥ずかしい光景を見られるところだったかもしれない。危ねえ、危ねえ!おちおち一人○もできねーぜ。


俺が冷や汗をかいていると、精霊達はガサゴソと俺のカバンからお宝雑誌を探り始めた。


「うわっ。人のカバンに何してんだよ?!」 


「『プレイ○ーイ』だとぉ?儀式の前にこんなものを読むとはなんとふしだらな…!」

「『巨乳、爆乳大集合!!たわわ100人の饗宴』なんちゅう、アホなタイトル。お前の脳みそには何が詰まっとるんだ!」


「や、やめろぉ!タイトルを読み上げるなぁっ!!それ、俺の宝物なんだ!!返してくれぇ!!」


「うるさいぞっ?」


バチッ!!

「いてっ!!」


俺は真っ赤になって必死に雑誌を引っ張ると、ナーの目が妖しく赤く光った瞬間、静電気のような衝撃が走り、俺は手を離してしまった。


双子の精霊は俺のお宝集を手に、スッと天井高くまで舞い上がった。


「祭りの儀式も近いというのに、こんなもので精力を削ってはいかん!」

「そうだ!こんなものは、没収だ!」


双子の精霊に冷たく言い放たれるものの、俺は諦められなかった。


「お願いだ!キー!ナー!それを返してくれ!!それは、俺の心の拠り所なんだ!

取り上げられたら、俺は自ら死を選ぶかもしれないぞ?それでも、いいのか…!?生き神様は儀式までは俺を生かしておく必要があるんじゃないのか?」


精霊の名を呼んで、俺は強く訴えかけた。


「うぐっ…!」

「むぐぐっ…!」


精霊のキーとナーは、俺の言葉に怯み、眉を顰めてお互いに顔を見合わせた。


「どうする、ナー?」

「うーん。そうしたら、キー。一冊ぐらいは残しといてやるか…?」


そして、雑誌をパラパラめくりながら、何やらボショボショと二人で協議し始めた。


「んー。この娘は…ちょっと…似ているかもな…。」

「うん。髪を下ろすとどことなくな…。イメージトレーニングにはなるか…。」


そして、ベッドに一冊の雑誌を放ると、

キーと、ナーは俺に言い置いた。


「それだけ残しておいてやる!けど、調子に乗るなよ!!下手なマネしたら、死んだ方がマシだと思うような制裁を加えてやるからな!」

「!!」


キーが白銀の目をカッと見開いて俺を威し

ナーも牙を剥いて俺に言い渡した。


「あと、儀式の前日は禁欲しておけよ。もし、儀式で無様を晒す事になったら、私がお前を焼き殺してやるからな!!」

「!!」


「「では、さらばだ。真人どすけべよ…。」」


そう言うと、双子の精霊は、部屋からフッと姿を消した。


「こ、怖かったぁ…。」


後から恐怖がやって来て、俺はへなへなとその場に座り込んだ…。


でも、なんでこれだけ返してくれたんだ?


ベッドの上に残された、藍川瑞希ちゃんの写真集を見て、俺は首を傾げたのだった。




*あとがき*


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m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。















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