第6話 風切冬馬

「ま、真人ぉ…。これで、本当に最後なのかよ…?」


翌日、学校に荷物を取りに教室に入ると、半泣きのトシが迎えてくれた。ちなみに茜は学校を欠席していた。


「俺も状況についていけないんだが、多分そうらしいな…。」


昨日、茜の家を訪問した後、菊婆にせき立てられ、慌ただしく必要最低限の荷物をまとめさせられた俺は寝不足であり、目に隈のできたげっそりした顔でそう答えた。


「これからは社の奥のお屋敷に軟禁状態にされるってさ。スマホも取り上げられて、連絡もとれなくなる。今生の別れって奴だな。」


「そんなぁ…。今まで、お前がいるおかげで、バカなのも、厨二病なのも目立たずにすんでいたのに、これから俺はどうしたらいいんだよ…?」


途方に暮れたような表情のトシは、目に涙を浮かべていた。


「それじゃ、俺が飛び抜けてバカで厨二病だから、お前が目立たずにすんでいたみたいな言い方じゃねーか!俺とつるんでいる時点でお前も、周りからは、同レベルに見られてんだよ!

バカめ!分かったか、こんにゃろ!」

「イテテ…!真人、痛いって!」


最後まで、余計な事を言う幼馴染みの頬を俺は思い切りつねってやった。


「まっ、トシ。お前、いい奴だし、フツメンだけど俺よりはカッコイイんだから、いい人生送れよ?学校卒業したら、桐生青果店の店長になるんだろ?許婚と仲良くな…。」


「ううっ…。真人のくせに、まともな事言うなよ…!調子狂うだろがっ…。」


17年間生きてきても、こんな風に別れをまともに惜しんでくれるのはコイツぐらいかもしれないな。


昨日茜も泣いてはくれたが、今のそのままの俺を想っていてくれているワケではなく、どちらかというと、自分の立場が辛くなることへの涙だった気がする。


滂沱の涙を流しているトシを見て、俺も込み上げてくるものがあったが、鼻を擦ってやり過ごした。


「グスッ。真人、これで、最後になんかしねーぞ?俺には伝七郎がいるんだからなっ。」

「あ。」


トシに鼻をすすりながらそう言われ、俺は思わず声を上げた。


         *

         *


「皆、葛城くんは、生き神様の贄としての重要な役割を果たす為、皆より一足早く、この学校を卒業する事になりました。

社で立派にお務めを果たされる事を皆も祈ってあげて下さいね。」


「真人…。元気でな?」

「真人くん、体、大事にしてね…。」


先生も、クラスの男子も、(昨日揉めたにも関わらず)女子も、しんみりした雰囲気で俺を送り出してくれた。


「お、おう…。皆も元気で…。」


色々あったが、穏やかな空気のまま、学校ここを去ることになりそうだと思ったのも束の間…。


「真人。最後にちょっと連れションでも付き合えよ。」


険しい表情の風切冬馬が、俺に誘いかけてきた。


「お、おう…?い、いいぜ…?」


な、何コイツ、爽やかなイケメンキャラに似合わぬダークな表情してんの?


まさか、昨日の事がまだ腹に据えかねて、

最後に一発ぶん殴る気じゃねーだろうな?


内心ビビリながら、冬馬に連れられトイレへと向かった。

         

         *

         *


「お、お、俺ぁ、言っとくけどなぁ!これでも菊婆から、柔道の手ほどき受けてんだからなぁ!!下手な事は考えない方がいいぜっ…?」


トイレに入ると俺は精一杯背伸びをして、冬馬を威嚇するように、睨んだ。


菊婆から手ほどきを受けたのは、嘘ではないが、才能も根性もない俺は、今だに受け身しかできねえんだけどな…。 


「そ、そうか…。だから、何だ??」


冬馬は戸惑ったように首を傾げた。


「い、いや?な、何でもないけど…?」


どうやら、殴るつもりはないらしいと分かってホッと胸を撫で下ろした。


「そんな事より、真人。お前このまま、生き神様の贄なんかになって本当にいいのかよ!?」


冬馬は真剣な表情で俺に詰め寄って来た。


「え?い、いや俺だって、良くはねーけど、しょうがないじゃん?皆の見てる前で白羽の矢が当たっちまったんだから…!」


「社の奥へ行ったら、監禁されて、強制的に

儀式に参加させられる事になる。そうなったら、もう終わりだぞ!?」


いつものクールな印象とは打って変わって、必死の様子で訴えてくる冬馬に、俺は面食らいつつ、問い返した。


「どういう事だよ?冬馬は何か知っているのか?」


「あ、ああ…。ウチ、親が、病院の院長やってるだろう?毎年、生き神様の贄の健診にも回診に行っているんだが…、贄になった男は

五体こそ満足にあるものの、目は虚ろで、ものもろくに言えず、まるでヤク中患者のような状態だったそうだ。」


「!!」


冬馬に恐ろしい事実を知らされ、俺は鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。


「薬の成分は、検出されなかったが、生き神という奴に、何か怪しい術をかけられて心神耗弱状態になっている事は、間違いない。

俺は多分、その儀式とやらで、怪しい術をかけられるのだと思う。

何せ、贄の生気を吸って、何百年も生き長らえるているような奴だからな…。」


冬馬の言う事を信じられない思いで、聞き返した。


「生き神は、本当に何百年も生きていて、しかも人の生気を吸い取るっていうのか?菊婆からは、贄は生気を吸い取られたり、体を傷つけられる事はないと聞いたぞ?」


「菊婆も、社側の人間だからな。真人にはそう言うしかなかっただろう…。」


冬馬は伝えるのが辛いというように、目を伏せた。


「菊婆が嘘をついているというのか?」


「肉親を疑えというのは、酷な話だが…、孫が一生社に軟禁状態になろうとしているのに、助けようともしない時点で、信用はできないと考えた方がいいと思う。」


「…!!」


俺は痛いところを突かれて、顔を歪めた。


「真人…!俺はお前を助けたい…!手助けしてやるから、今すぐ…!!」


俺は正気とも思えない、冬馬の提案に目を剥いた。


「!!?島を出るってどうやって??

しきたりの事を忘れたのかよ?!

島を出ようとした者は、死ぬんだぜ?

大体、下で菊婆が車で待っている。逃げられっこねーよっ!!」


「大丈夫だ。真人。」


「!!!」


冬馬は、ブレザーを脱ぐとズボンとYシャツの間に、ロープを隠し持っているを見せ、ニヤリと笑った。


「二階から一階まで、十分な長さがある。

これで、窓から逃げるんだ。」


「と、冬馬…。お前…。」


「“島を出てはならない”というのは、ただの迷信だ。島から抜け出そうとした人達がたまたま事故にあったのを大げさに伝えられているだけだ。現に、親父も、祖父さんも、島を出て、医大に通って、この島に戻って来ている。」


「た、確かに…。」


そう言えば、医者になるには、この島を出て、本州の医大に通わないといけなかったんだ。そのしきたりに穴があることの何よりの証拠だった。


「さぁ。真人、迷ってる暇はない。ここから降りて、裏門から逃げろ!!早く!!」


冬馬は、手早く、ロープを近くの柱にくくりつけて、窓から垂らした。


「ま、待て、冬馬…。」


ここまでしてくれても、まだ冬馬の言う事を信じられない自分がいた。


「なんだ?まだ、何か疑問があるのか?誰か来ない内に早くしないと…。」


焦りを見せ始めた冬馬に、俺は、眉を顰めて質問した。


「なんで、俺なんかの為にここまでしてくれる?俺とお前は、そんなに仲良くなかったろ?むしろ、俺はお前の事嫌いだったし、お前も、そんな俺を好きではなかった筈だ。


俺の事、たばかっているんじゃないだろうな?」


俺の問いに、冬馬は真剣な眼差しで答えた。


「そうだな。確かに、ここ何年も、お前とは仲がいいとは言えない状況だった。

それでもな、真人。子供時代、何でも器用にこなし、友達の人望も厚いお前は俺の憧れで目標だった…。

俺は今までお前の背中を追いかけて勉強でも運動でも頑張って来た。

そんな奴が、贄として犠牲になるのを黙って見てられると思うか…?」


「冬馬…!!」


冬馬の瞳に宿る理不尽に対する怒りを、俺は

痛いほどに感じたのだった。


          *

          *


「ハァッ…、ハァッ…、ハァッ…。」


俺は大きく息を切らして、裏門から、船付き場まで徒歩20分程の道を走りに走った。


爽やかなマリンブルーの海が見えて来たが、その美しい景色に見惚れる余裕もなく、

ただ、冬馬の言葉を頼りに走り続けた。


『裏門から出たら、船着き場に向かってくれ。知り合いが、モーターボートに乗って待機している。』


「ハァッ…、ハァッ…、ハァッ…。」


『その知り合いが、本州K県に、連れて行ってくれる。向こうでは、父が医大時代お世話になった友人が待機しているから、

後の事はその人に世話をしてもらってくれ。』


「ハッ…、ハッ…。」


『頑張れよ。真人…!!』


「!!!」


船着き場に、モーターボートが一隻停まっているのを見て、俺は、冬馬の言葉が間違っていない事を確信し、安堵のため息を漏らした。


モーターボートには、黒いパーカーを着た人影が、乗り込んでいて、こちらに気付いた様子だったので、俺は大きくその人物に手を振った。


「オーイ!オーイ!」


俺がモーターボートの近くに走り寄ろうとすると…。


「お前、ここで、何をしている…?」


!!?


何者かに後ろから甲高く鋭い声をかけられ、俺は背筋がゾクッとした。


「社に入るめでたい日に、海で水遊びでもするつもりだったのか…?」


また、別方向からも、声がした。


俺が震えながら振り向くと、着物を着たおかっぱ髪の二人の童子が俺を左右両方向からはさみ撃ちにするように、そこに居た。


顔の造作も格好も瓜二つの童子のうち、左の童子は、白い髪に、白い目、右の童子は、赤い目に赤い髪で、共に怪しい雰囲気を纏っていた。


「あ…。あ…。」


近くに誰もいなかった筈なのに、

突然そこへ現れた不可解さと、童子達の纏う異質な空気に俺は慄き後退った。


そんな俺を見て、見下げたようにフッと笑うと、童子達は歩くというより、瞬間移動をするように、すっと前へ進み、それぞれの童子が俺の片腕ずつ掴んで来た。


「うわぁっっ!!!」


「「つーかーまーえーたっ!!」」


童子達は、蛇のような牙と赤く長い舌を出し、ニィッと俺に笑いかけたのだった。





*あとがき*


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