第3話 鍾乳洞の道

「真人、私のお願いを聞いてくれてありがとう。あんなに嫌がっていたのに、ゴリ押ししたみたいになっちゃってごめんなさいね。

無理…してない?」


人一人しか通れないような狭い洞窟の通路を俺と生き神様である四条灯は歩み進めていた。

通路の壁には鍾乳石の結晶が紫色にキラキラと輝き、幻想的な世界に迷いこんでしまったようだった。


先を行く四条灯に、不安げにこちらを振り返りながら問われ、俺は気の利いた返しもできず…。


「無理は…してないよ…。」


としか答えられなかった。


つい先程、四条灯も、俺もお互いの人生を大きく左右する選択をしたばかり。


四条灯は、怪しい奴に唆されるまま、四条灯の使役する精霊達を封じ、罵詈雑言を浴びせ、儀式を台無しにした俺を許し、再度贄として、儀式に協力する様俺に頼んで来た。


そして、俺は、躊躇いながらも四条灯に請われるままに、その要求を受け入れてしまった。


儀式の内容は、男女として体を重ねる事。


島の皆の為に自分の命を犠牲にして生き神様の役割を果たそうとする四条灯に対して、

我が身可愛さに、贄の役割を放棄して、島から逃げようとした薄汚い俺。


そんな俺にはとてもこの子に触れる資格などないと思ったし、他に候補者がいるなら、よっぽど俺より立派な奴だろうそいつに

贄の役割を譲るべきだろうとも思った。


けど…。

この子の真剣な頼みを断るなんて出来なかった。2度も手を跳ね除ける事ができなかった。

贖罪として俺にできる事があるなら何でもしてあげたいと思った。


いや、違う。それもあるけど、表向きの建前の理由。


俺はこの子の温かい手を離したくなかった。

他の候補者の男にこの子を渡したくなかった。


この期に及んで俺は、そんな自己中心的な理由でこの子の手を取ってしまったんだ。


この子に、キスをされた瞬間から…、

いや、この子の顔を見てしまった瞬間から…、俺はこの子に魅入られ、囚われてしまった。


罪悪感と、自己嫌悪、それを上回る独占欲が葛藤し、複雑な表情の俺を本当は気が進まないと受け取ったらしい四条灯は自信がなさそうにポソポソと呟いた。


「まぁ、儀式とはいえ、真人が抵抗があるのは分かるわ。

本当なら、好きな人同士でする行為ですものね。ましてや、真人には、許嫁がいたわけだから、彼女への想いや、罪悪感もあるだろうし…。」


ああ、茜の事か…。ごめん。今まで奴への想いや罪悪感なんてかけらも抱いていなかったぜ。

一応曲がりなりにも許嫁だったのだし別れ際に泣いてもくれたのだが、俺は薄情だなとその点のみ申し訳ないと思った。


「私が相手では嫌じゃないかしらって、キーちゃん、ナーちゃんに相談した事もあって、

二人共、何故か口を揃えてそれだけはないって言ってくれたんだけど…、こういうのはやっぱり好みがあるわよね?」


ごめんなさい。あんな態度を取っておいて、今更、好みドンピシャとか言えません…。


「あの…。もし気が進まなかったら、儀式の間だけ私を許嫁さんと思ってもらえれば…。」


ごめんなさい。茜だと思ったら、勃つものも勃たなくなります…!


「それでも、もし、どうしても嫌だったら、今からなら、まだ引き返せる…わよ?儀式の間に着くまでに振り向いた時に、真人がいなかったら…、私…ちゃんと諦めるから…。」


申し訳無さに終始無言の俺に、不安になったのか、四条灯が言葉を言葉を発する度に着物の背中が段々小さく、どんどん肩を落として行くのを見かねて、俺は後ろから彼女の手を握った。


「…!!ま、真人…?」


四条灯がこちらを振り返り、紫色を帯びた大きな目をパチパチと瞬かせている。


「色々複雑だけど、君が嫌なわけじゃないし、今更引き返そうなんて、思ってないよ。不安なら、手握ってるからさ…。」


「あ、ありがとう…。真人…!」


照れくさい気持ちでそう告げると、四条灯は、ぱあっと花が咲き誇るような笑顔を浮かべた。


うわぁ…。可愛いなぁ…!!


その笑顔のあまりの尊さに息を飲んでいると、四条灯がふふっと頬を染めて笑いながら言った。


「真人って人は、しゅんとしてる人を元気にする力があるみたいね?

私、今すごく元気をもらったし、心が温かくなったわ。

先代の贄様も、真人の事を気に入って、すごく元気が出たみたいだし。」


「ええ?先代の贄の神山明人が?いや、あの人、最初から存在感バリバリで精力的だったじゃん?大体俺、儀式台無しにして、殴られてるし、気に入られてるわけないじゃん?」


思ってもいないことを言われ、驚いて勢いよく突っ込んでしまったが、彼女は、ふるふると首を横に振った。


「殴ったのは申し訳なかったけど、

あれは立場上、仕方なくした事で、真人を憎んでいるからではないわ。


先代の生き神様が亡くなられてから、私ももちろん悲しかったけれど、先代の贄様の悲しみようといったら、尋常ではなかった。

一時期は食物も碌に食べれず衰弱してしまって…、生き神様の後を追うように亡くなってしまうかと思った程だった。」


「そ、そんなに…?」


あの、堂々たる態度の神山明人が先代の生き神様が亡くなってそんな状態になっていたとは、信じ難いが、

それが本当なら、神山明人は、先代の生き神様である四条灯の母親を余程愛していたのだろうか…。


四条灯に惹かれつつある自分が、遥か先の未来で、神山明人の心情を理解できる時が来るのだろうか…。


それを思うと俺の胸はザワついた。


「ええ。でも、私の生き神としての初儀式を見送るまでは死ねないとおっしゃって、それだけで気力を保っているご様子だったわ。


それが、真人が現れてからはあんなにいきいきと闊達になられて…!


きっと、真人の事を余程気に入って、生きる希望を見出したんじゃないかしら?」


「いやー、ないでしょ?

娘に暴言を浴びせて、儀式を台無しにするような奴が贄になっちゃったから、俺がしっかりして娘を守ってやらねばって思って、シャッキリしたんじゃないの?」


自分で言ってて情けないが、神山明人が俺を気に入って、元気になったという説よりはあり得る気がした。


「そんな事はないと思うわ。

先代の贄様は、生物学上の父ではあるけれど、普通の親子のような近しい存在ではなかったもの。どちらかというと、次代生き神の教育係で先生のような存在かしら?


いつも感情を込めずに淡々と教えて頂いていたわ。だから、私の為に怒るって事はないと思うけど…。」


「そ、そうなんだ…。」


学校へ行けない生き神である、四条灯に勉強を教えていたのが、神山明人だったのだろうか。

あの超然とした雰囲気の神山明人を父として親しく接するのも憚られるのも気持ちはわかる気がする…。


でも、俺を殴った神山明人からは確かに怒りの感情が読み取れたのに…。


「先代の贄様が愛していらっしゃるのは、先代の生き神様ただお一人。あの方にとっては、私はただその命を継ぐものに過ぎないわ。」


割り切ったようにそう言う彼女に俺は胸が痛んだ。


この子は、生き神としてではなく、この子自身に愛を注いでくれる相手が誰か一人でもいたんだろうか…?


例えば先代の生き神はどうだったのだろうか…?


「あの…、君のおか…。!!」


質問をしようとした時、狭い通路が、急に広くなり、四条灯が立ち止まった。


「着いたわ。真人。儀式の間よ?」


通路の先には、10畳ほどの広い部屋のような空間が広がっていた。


壁には更に大きい鍾乳石の結晶が結出している。


その空間の真ん中には、床から少し高めのところに、ダブルベッドサイズの寝床が用意されている。

近くの小さな棚には、ティッシュやら、ローションのようなビンやら、置かれているのが生々しい。


「て、天然のラブホ…?!///」


「??」


儀式の内容をまざまざと感じさせられる空間に、慄いている俺を四条灯はキョトンとしながらも、微笑み見詰めて来る。


俺、今から、この超絶可愛い女の子と、そ、そういう事…するんだよ…な…。


ゴクッと生唾を飲み、体に熱いものがたぎりそうになった時…。


俺は壁の上の方に取り付けられている機器類を見つけてしまい、一気に萎えた。


「先生、質問です。…?」


「ああ…。この島の地質のデータを取る関係で、ここでの儀式の映像も研究員に送られる事になっているのよ?私達の視界からは入りにくい場所にあるから、あまり気にしないでね?」


四条灯に極上スマイルで驚愕の事実を伝えられ、俺は血の涙を流して叫んだ。


「気にするよぉっっ!!!!」


初めてがまさかの公開セッ○ス!??


嘘だろっっ??







*あとがき*


読んで頂きまして、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m


今後ともどうかよろしくお願いします。

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